「あれ? ムギがいない」
地震の揺れがおさまってあたりを見るとムギの姿がない。シェラはかすかな揺れがはじまると、ゆっくり立ち上がり廊下から寝室へ入っていった。その寝室にもムギの姿はなかった。玄関の扉の前にもいない。およそ、ムギが隠れそうな場所をのぞいたが、忽然と消えてしまった。
「まさか……」と思いつつ浴室をのぞくと、怯えた顔のムギと目が合った。いつ、そこに逃げ込んだのだろう。
今朝、午前7時12分、福島浜通りを震源とするマグニチュード6の地震が発生した。テレビから警報音が鳴り、画面には福島、茨城では強い揺れに注意するようにとの文字が映った。
やがて天井から吊っている電灯が揺れだした。身体にはあまり感じない程度の揺れである。あとで確認するとぼくが住んでいる町田市は震度2だった。
11日の東北地方太平洋沖地震以来、ムギは怯えたままでいる。ぼくか家人のそばにいるか、シェラの近くで寝ているかだった。以前は、ソファーの裏側など巣穴のようなお気に入りの空間に入り込んで寝ていたのに、あの地震からこの方、そうした場所に近づかなくなった。
ふだん、ひとりでは決して入らない浴室へなぜ逃げ込んだのかには理由がある。11日の本震のとき、家人とともに浴室へ逃げていた。
地震がきたら風呂場へ逃げろ――かつてそんな“常識”が語られた時代があった。風呂場はあのスペースの四隅に柱があるから丈夫なのだ、と。伝統的な日本家屋ならともかく、このマンションの場合はユニット・バスと呼ばれるプラスチックの一体型の箱であり、強度についてはどこまで信頼できるかわからない。
だが、リビングなどでのテレビが飛んできたり、サイドボードが倒れてくる危険からは身を守ることができる。まさか、ムギがそこまで考えて浴室に逃げたわけではないが、先々週に家人と逃げ込んだのを憶えていて身を潜めたのは容易に想像がつく。
わが家のわんこながらその学習能力をほめてやりたい。たまたま浴室の扉が開いていたから入り込んだのだが……。これがシェラとなると自分でドアノブを操作して解錠し、ドアを開けて入っていく。
雷や花火を怖がっていたころは始終、浴室に逃げ込んでいた。そのときの痕跡が浴室のノブにいくつもの傷となって残っている。
雷にビビり、ぼくの部屋へ逃げ込んできたのはいいが、出たり入ったりとうるさいのでドアを閉めてしまったら、自分で開けて出ていこうとしたのが下の写真である。
押してドアを開けることはできても、引く知恵はなかった。引く知恵がないだけに、浴室のドア・レバーは傷だらけにされてしまったわけだ。
いずれにせよ、「怖い!」という本能的な危機意識がそうした行動になるのだろう。
だが、今朝のムギは、いったい、いつ浴室に逃げ込んだのだろう。何日か前にも、地震がくるという警報が鳴ったときには、浴室ではなく、玄関の扉の前で怯えていた。その素早さを見ると、地震の予兆を感知する動物的な特殊能力が備わっているように思えてならない。
シェラも雷に関しては予知能力が備わっているかのような反応を示したが、これは遠雷を犬本来のすぐれた聴覚でとらえていると解釈してきた。ムギの地震予知も、きっとなんらかの説明がつくのだろうが、容易には思いつかない。
昨日の朝までは、出勤で出かけるぼくについてこようとしたムギだったが、今朝は呼んでも出てこなかった。「おお、きっと今日はもう地震はないぞ」と思ったら、会社へ着く前に大きな余震があった。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます