愛する犬と暮らす

この子たちに出逢えてよかった。

シェラは復活したもののルイがピンチに…

2011-12-03 17:08:17 | シェラとルイの日々
☆シェラ、楽になってよかったね
 暑くもない陽気なのにまるで真夏のように呼吸が荒くなっていたシェラだったが、薬を変えてからすっかり息苦しさが影をひそめた。
 とはいえ、一昨日あたりまでは寝ているときは大いびきをかいていた。ぼくのベッドのすぐわきへやってきて大いびきをかかれると、「うるさいぞ、あっちへ行け」といいたくなる。先週までのステロイドがそうさせているというより、新しい薬のせいではないだろうか。起きれば楽そうにしている。


 オシッコが近くなるといわれていたが、それほどではなかったようだ。後半のほうは、夜中の散歩もなくなった。夜明け前に連れ出されるよりはというので深夜に引っ張り出していたのだが、ぐっすり寝ているのを起こしてまでは可哀相なので放っておいたらちゃんと朝の散歩まで騒がないでいてくれた。
 
 それよりも、のべつ幕なし腹を空かせて食べ物を要求していた副作用のほうが深刻だった。ステロイドをやめると嘘のように、これもなくなった。責め立てられる家人も辛かったろうが、太ってしまい、また足を痛めるのが怖かった。「やれやれ」というところである。

☆ルイの様子がおかし!
 昨日は、今年最初の忘年会だった。はじまって小一時間、ケータイに家人からメールがきた。ルイの様子がおかしいという。外へ出て電話をすると、まったく元気がなくなっていて、散歩のときも歩こうとしなかったという。忘年会を中座して帰宅した。

 たしかにおかしい。ぼくが帰っても暗い目を向けるだけでうずくまったまま動こうとしない。明らかに怯えている。抱き上げようとすると鋭く吠(な)いた。どうも上半身に痛みがあるみたいだ。うずくまる姿を見ると下半身、とりわけ足のようでもある。
 夜間動物病院へ連れてくのも方法だが、ぼくは酒を飲んでいて運転できないのでしばらく様子を見ることにした。

 
 12時過ぎ、ケージの中で身体を動かそうとしてまた短く吠いた。家人を急かせて夜間動物病院へ向かった。やさしいお医者さんと看護師さんが対応してくれた。
 この年齢のころは異物を呑んでしまい、それが胃や腸を通過するときに痛むことがある。それではないだろうかとのことだった。エコーでお腹をのぞいてくれた。便がたくさんたまっている。
 
 安静にして、朝、かかりつけの病院へいくようにとのことだった。そちらへは電子メールで様子を送っておいてくれるという。なるほど、そういう時代になったのかと感心した。
 夜間診療だからその分の費用だけで1万円近くかかるが、それでも安心できる夜間動物病院のシステムである。
 
 朝、ようやくウンコが出た。オシッコはちゃんと出ている。大事をとって朝食を抜き、いつもお世話になっている病院へいく。レントゲンを撮ってもらって骨に異常はないものの、こちらの院長の見立ては上半身のどこかを、たとえば打撲などで痛めているらしいというものだった。
 床へ下ろして観ていると、犬がよくやるプルプルが途中で止まってしまう。これは痛みがあるからだという。なるほど、そういえばと思い当たることもある。
 
 痛み止めの注射をしてもらい、家に戻るとすっかり元気になっている。先生から指示されたとおり、1時間ばかりして餌を与える。もうすっかり元のルイに戻って暴れモノになっていた。しかし、さすがに疲れが出たのか、そのあとはぐっすり眠っている。
 シェラもまたいびきをかかずに熟睡中である。ルイの検便の検査も異常なかったという。何はともあれ、よかった、よかった。


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2 コメント

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でも、めいちゃんは幸せでした (Hiro)
2011-12-07 00:46:11
にゃろななりん&Mさん、やさしさと思いやりあふれるコメントをいただき、ありがとうございました。レスがすっかり遅くなりました。ご容赦ください。
今夜は仕事で帰りが遅くなり、家に戻ってからいただいたコメントに気づきました。何度も読み返し、にゃろななりん&Mさんのめいちゃんへの愛情いっぱいの想いに涙があふれました。読ませていただいたのが外でなくてよかったと思っています。いい歳をした男がパソコンの前で涙してしまうところでしたから。

不慮の死を遂げてしまっためいちゃんですが、にゃろななりん&Mさんとの2年半がどれだけ幸せいっぱいだったかよくわかります。それがまた涙を誘います。こちらは感動の涙です。コメントを読み返す度に「めいちゃん、幸せになれてよかったね」と繰り返し呟いていました。

ほんとうに「犬ごとき」じゃないのですよね。大切な大切な相棒ですからね。ぼくの本音をいえば子供よりも可愛い存在です。
シェラやむぎと出逢う前、わが家には3匹の猫がいました。一匹はせがれの母親代わりになり、次のダダという雌猫はぼくの恋人代わり、そして、ぼくが連れ帰ったチョビタという雄猫は女房に張り付いていました。その子がわずか三歳足らずでクルマにはねられて死んでしまったのです。女房は嘆き悲しみ、母親から、「猫でそんなに悲しんでいて、わたしが死んだらどうするつもりなの?」とたしなめられたほどです。あとになって、女房はぼくに、「(その2年前に死んだ)パパのときよりも悲しかった」と打ち明けたほどでした。犬や猫を喪う哀しみはそれなりに別の辛さがあります。

女房は、いまだにむぎの写真を見ることができずにいます。ぼくが見ているのをうっかりのぞいてしまうと「むぎちゃん、会いたいわ」と涙ぐんでしまいます。
ぼくたちはもういい年なので二度と犬は飼うまいと決めていたのに、やっぱり、むぎのことが忘れられなくてルイを迎えてしまったのはブログに書いたとおりです。犬を亡くした哀しみ犬でしか拭えないのでしょうね。
にゃろななりん&Mさんがりんちゃんを迎えたお気持ちはわかりすぎるくらいわかります。わが家もおかげさまでルイに振り回されているうちに悲しみを薄めることができました。むろん、にゃろななりん&Mさんがいまもめいちゃんへの哀惜を胸に秘めておられるのと同様、わたしたちもむぎを忘れてはいません。

にゃろななりん&Mさんが、めいちゃんを思い出し、つらい想いに耐えながらコメントを書いてくださったことに心から感謝しております。ありがとうございました。
にゃろななりん&Mさんが、ななちゃん、にゃろくん、そして、りんちゃんとの生活を大切になさっていかれるように、ぼくたちもルイを迎えてシェラとの生活を大事にしていくつもりです。

会ったことはないけれど、ぼくもまためいちゃんという可愛いコーギーの女の子がいたことを忘れません。可哀想な境遇だったけど、晩年は幸せに出逢えて、きっと、寂しげだった目もうれしさに輝いていたことが想像できます。

毒まんじゅうはまさに事故でしたね。以前、住んでいた近所の犬は、飼主と歩いているときに前方不注意のクルマにはねられて死に、ぼくの名古屋市在住の友人のところのボーダーコリーは、(おそらく)除草剤の草を食べて数時間後に亡くなっています。田舎であろうと、都会のど真ん中であろうと、犬も人間もいつ事故に遭遇するかわからない。めいちゃんも不運でしたが、ご実家で過ごした日々は、きっとほかのコーギーが経験できなかった楽しい毎日が送れたはずです。
わが家のむぎも、ふだんは弱虫で、引っ込み思案だったのに、キャンプへ行くとコーギーらしく生き生きとして自立していました。めいちゃんは、自然の中で心からの幸せを満喫していたことでしょう。コーギーの本能を思う存分発揮できたことでしょう。

こうしてコメントをいただくたびに、しみじみブログを続けていてよかったと思います。
あらためてもう一度、心からのお礼を申し上げます。
ありがとうございました。
返信する
はじめまして。 (にゃろななりん&M)
2011-12-05 21:10:34
初めてメールします。

ブログを初めて拝見したのは今年の9月でした。
実家に預けていたコーギーのめいちゃんが実家からいなくなったと聞いて、そのあと2週間くらいして見つかり10月に迎えに行く予定にしている頃に偶然拝見しました。めいちゃんが行方不明になり見つかり迎えに帰るまで、なぜか胸騒ぎがあって毎日めいちゃんの無事を電話で確認してました。
その頃に同じコーギーのむぎちゃんが亡くなった記事を読んで毎日不安で、でもすぐに帰れない距離(車で高速で帰っても5時間かかります。)でもあるし、仕事で疲れてた頃なので10月の連休に帰ろうと思ってました。

迎えに行く1週間前の9月28日めいちゃんは亡くなってしまいました。
私の実家の山の畑で(人里離れた山の上)預かってもらっていたので、タヌキを駆除するための毒まんじゅうを食べてしまって4日間苦しんで亡くなりました。
毒まんじゅうは実家の畑からは離れていて、いつもは行かない場所にあったので父も食べる心配はしていなかったようですが、その日に限って行ってしまったようです。(誰が毒まんじゅうを置いたのかは分からないのですが、田舎ではよくあることのようです。)
めいちゃんが毒まんじゅうを食べたことも電話で聞いていて、毒を吐いてお水も飲んでいる。毎日少しずつ良くなって父が山に行けば迎えに出てきていたりと聞いていたので良くなるものと思っていたのですが、突然亡くなってしまいました。
田舎のことなので良い動物病院もなく、あったとしても(たぶん多臓器不全で亡くなったと思うのですが、なすすべもなかっただろうと思います。
急に大きな声を3回ほどあげて息が途絶えたそうで、すぐ後に「今、死んだ。」と父から電話があったことを昨日のように思い出します。少しの慰めといえば、亡くなった時に父に看取られたということです。
おかしなもので、亡くなったと聞いても翌朝になればもしかしたら生き返っているかもと思ったり。。。

それからずっと後悔ばかりで、もっと早く迎えに行けば良かった。なぜブログを読んで胸騒ぎがしたのに無理をしてでも帰らなかったのだろう。そうすればめいちゃんは亡くならなかったし、看病をした父も悲しい思いをしなかった。そもそも実家に預けなければよかったなど毎日気がおかしくなるくらいつらかったです。
自分がおかしくなりそうだったので、その2週間後にコーギーの赤ちゃんを新たに迎えました。
りんちゃんといいます。6月25日生まれで5カ月過ぎた頃です。
わが家には柴犬のななちゃん(8歳)猫のにゃろくん(11歳)がいます。それでもどうにかなりそうなくらいつらくて、でもりんちゃんに振り回されていくうちに何とか乗り越えてこれました。
めいちゃんの代わりにはならないけど、でも日に日にりんちゃんへの愛情が増してます。

亡くなっためいちゃんとの出会いは2年半前で、ペットショップで繁殖犬をしていて6歳になりもう繁殖ができない年になっていたので「ただでもらってください。」とペットショップの片隅にいました。最初見たときはやせていて薄汚れていて、とてもかわいいとは思えませんでいた。
でもその時のめいちゃんの目がとてもさみしい目をしていて、それが忘れられなくて、柴のななちゃんもいたので2匹は飼えないとわかりつつもらってました。

来たときの体重は、6.8kgしかなく散歩もしたこともなく狭いゲージのなかかで6年半過ごしていて、おやつも食べたことも食事も満足にもらえず、リードをすると怖がって歩くこともできず。。。
無理やり繁殖させられ、子供を何匹も生んでいるのにいつまでも子供のままのめいちゃんでした。
トイレのしつけもできていないので、わが家に来てからは、仕事から帰ってきたら毎日家の中の掃除から始まりました。
ゲージに入れておくと便を踏みつけて大変なことになるので入れてませんでした。
散歩もノーリードでしなくては歩かないので、人のいない夜遅くに毎日してました。
それでも、嫌だとは思わず今までの境遇を思うと、どんなことでもしてあげようと思ってました。
散歩のときに私の後を一生懸命ついてきた姿を今でも思い出します。

ブログを読むとこのことを思い出し悲しくなるので、読むのをやめようと思うのですが気になって開けてしまいます。
なんで犬ごときでこんなにつらいのだろうと自分でも不思議ですが、犬ごときではないですよね。
生あるものは必ず死が来る。その悲しみを生きている限り乗り越えていかなければいけない。宿命ですよね。めいちゃんとの出会いは私にとって必然で、何か大切なことを教えてくれている。そう思えます。

長々書いてしまいました。
どうかむぎちゃんを殺してしまったと思わないでください。
精一杯一緒に生きた日々は本物だと思います。
そのためにもシェラちゃんとルイちゃんとの生活を後悔の無いように、私もななちゃんやにゃろ君、りんちゃんとの生活を大切にしたいと思います。

自分にとって大切な人との生活が後悔の無いように、一日一日を大事に生きる、いつかは別れが来るのだから、別れのさみしさよりも一緒に生きる生活を大切に生きたい。めいちゃんの死から教えてもらように思います。

偉そうなことばかり書いてすみません。

どうしてもこのことを伝えたくてメールしました。
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