ここから、鹿児島の西端の海を
眺めながら進みました。
もうこの海の向こうは中国です。
場所的には上海に近いようです。
そんな海を眺めながら
いちき串木野市まで移動していきます。
2005年に串木野市と市来町が
合併してできた市です。
ひらがなで7文字の市は
日本で二番目に長い市名となるそうです。
一番目は8文字。
それはどこなのか一度調べてみてください。
この辺りにはどこも寄ることもなく、
ただ単に犬が「わしはここに来たで」
と電柱にマーキングするように
通過していったわれら3人だったのでした。
ここから車は南九州西回り自動車道という
有料道路へと入っていきます。
途中こんな岩だらけの山の景色なんかを
眺めながら進んでいきます。
そして次に目指すのは「えびの高原」です。
では、問題です。
こんなに山の中にあるのになぜ
「えびの高原」なんでしょう。
河原に火山のせいで巨大に生息した
海老がいるから?
そ、そんな大エビの世界ではないですねえ。
起源をたどっていくと、
いろいろある節の中で、
この高原の大量のススキが山を
葡萄(えび)色に染めるから
というのが一般的だそうです。
えびの市は宮崎県の市なんですが、
山の中の市なのに「えびの市」という
理由をつけたのはなぜなのか
わかっていただいたでしょうか。
西郷どんの旅ですが、
最後には宮崎県へと行く我らでした。
霧島から上がっていけばいいのですが、
実はdoironは高校の頃に旅した
宿方面から上がっていきたかったのです。
えびのの駅から歩こうとして
宿のおっちゃんに拾ってもらった
あの方面の道を上がってみたかったのです。
あの時に泊まった温泉は白鳥温泉だったのですが、
上湯だったのか下湯だったのか
よく覚えていません。
明かりはランプで撮っていました。
フーンといいつつ触ったランプの
上蓋が暑くて、ちょろっとやけどを
したのを覚えています。
でも露天風呂はとても気持ちよかったですねえ。
車で迎えに来てくれたおっちゃんと
いっぱい話をしました。
あの時はたぶん40歳台くらいの
おっちゃんだったから、
いまはもう生きていても90歳近い年代です。
もう生きてないかなあって感じですね。
車で走っていると、おおそうです、
道の左側に温泉宿がありました、
あの時は下湯だったのかなあ。
還暦過ぎてまたここに自分の運転で来るとは
想像もしていなかったですねえ。
そんな思い出をかみしめながら
山頂を目指していきます。
あの時泊まったバンガローなんて
今はないのかなあて思って調べてみたら、
今もあるようです。
これがバンガロー。
う~ん、もう少しログハウス風だったような
気がします。
ここにはキャンプ場もあって、
「蚊が少ないので気持ちよくテントがはれます」
と書いてありますが、
写真を見たら野生のシカだらけじゃないですか。
ああ、でもたぶん今もここで
キャンプやバンガローを楽しむ
人たちもいるんですねえ。
駐車場に車をとめて、
その辺を散歩してみましょう。
この辺りはミヤマキリシマという
ツツジの産地なんですが、
それが何と今が最盛の季節でした。
こんな感じのつつじです。
うひゃーきれいですねえ。
これはしっかり写真を撮っておきましょう。
ここからは、最近噴火した
新燃岳の噴煙も見ることができますし、
手前の韓国岳横の噴火口も見えています。
「え~あの火山の煙は飛んでこないのかあ」
とT本さんは不安だったでしょうねえ。
でもレンタカーだし、
もう泥だらけで返しても
きれいに整備してくれますよ
と言っておきました。
で、問題はその山の斜面です。
立ち入り禁止の山の斜面に、
ミヤマキリシマの大群落が
咲いていましたよ。
火山が紫色に!
すごい景色です。
続く