世間的にはどうか知らんが,我が家では,梅雨が明けると なぜか決まってチョウバエの季節になる。主たる発生場所は仕事場の洗面所で,毎年,まさに梅雨明けとともに,律儀にも御苦労にもやって来る。別にブンブンうるさく飛び回るわけではなく,壁面にじっと止まっていることが多いので,また,今のところそれほど大量発生するということもないようなので,積極的な駆除は特におこなっていない。春先のツバメの到来,秋のサシバの渡り,とでも思えばよいだろうか。ジャン・フェラJean Ferratの歌にもあるように,いわゆる季節の風物誌,そんな感じ。
Pourtant que la montagne est belle
Comment peut-on s'imaginer
En voyant un vol d'hirondelles
Que l'automne vient d'arriver ?
今も山は美しい
燕の群れを眺め
もうそこに秋が来たのを
告げる山は
(古賀力・訳)
ところで,我が国にはチョウバエ科に属する昆虫が約70種ほど生息しているようだが(ホントか? 要再検討でないか?),拙宅を定期訪問するチョウバエは オオケチョウバエTelmatoscopus albipunctatus である。発生源については あらかた見当はついているのだけれども,本気で駆除しようとすると それこそ金銭的あるいは労力的にかなりの負担が予想されるため,取りあえずは共存している。よっぽどウルサイときには,つい キンチョールなんぞを噴霧しちゃいますけどね。
チョウバエ科の昆虫というのは,面白いことに,オオケチョウバエやホシチョウバエのように下水溝とか汚水溜めなどの極めて有機汚濁の進んだ水域に住む仲間(「便所バエ」なんて呼ばれることもある)と,それとは全く逆に,水質清澄な河川の渓流域などに住むナガレチョウバエやヒラタチョウバエのような仲間がいる。近似種だというのに,生息環境がどうしてこうも両極端なのか。カインとアベルか。あるいはオザーイチローとノダヨシコか(で,どっちが便所バエ?)
実は最近,ずっと昔に採集して保管したままになっている古い生物標本の山を整理,というか基本的に廃棄処分にすべく選別作業をしていたのであるが,その折りに,茨城県久慈川水系で採集したナガレチョウバエPericoma sp. PA の標本が出てきて,あまりの懐かしさに思わず涙ぐんでしまったのだ(ウソですけど)。採集年月日は1979年7月27日(おお,ちょうど33年前デハナイカ!),採集場所は久慈川・貝沼橋上流,とある。
標本をシミジミと眺めながら,当時のことがあれこれ思い出されてきた。そうだ,名瀑・袋田の滝にほど近い久慈川中流域に「鰐ヶ淵」という大きな大きな淵があって,その淵の上流側に一直線の長い長い早瀬が続いていた。その付近に設定された調査地点において春・夏・秋・冬の各季節に河川の底生動物(=水生昆虫を主体とする水生無脊椎動物)の採取をおこなった。ナガレチョウバエはその時の採集物なのだ。その頃の私は水生生物に関しては動物プランクトンの分類が主たる専門分野であり,水生昆虫類については分析スキルが心許なかったため,伝を頼って某国立研究所の著名な某先生に一部サンプルの再同定(ダブルチェック)をお願いすることにした。当時は我が国における水生昆虫類の知見が未だ乏しかったこともあり,国内文献資料はそこそこに外国文献をやたらと提示・引用され,加えて,その些かペダンチックな物言いに未熟な若輩者は少々当惑したことを覚えている。その先生も既に故人となられて久しい(その節は大変お世話になりました!)
そうだ,調査地点近くの川沿いの高水敷には貝沼スケート場という屋外の天然スケート場があり,冬場はその山間の地に多くの客が訪れて大層にぎわっていた。私自身,何を隠そう少年期には「スケート少年」であったため,そこで子供らが楽しそうに滑っているのを羨ましく横目で眺めながら,凍るような川の中で黙々と調査作業に精を出していたものだ。 そして,鰐ヶ淵のほとりには「花の湯ガーデン」という一寸風変わりなドライブイン宿があった。何度か昼食に立ち寄ったが,宿泊料金が少々高かったので当方の低予算と折り合わず,宿泊したのは夏場にたった一度だけだった。その夏の夕べ,古風なガーデンテラスのようなところに案内されてジンギスカン料理がふるまわれた。すぐ目の前には鰐ヶ淵の巨大な水面が広く見渡せた。紺碧の水はあくまで透明かつ静謐で,夕暮れの空のもと,何やら不気味なたたずまいすら感じさせた。水深は10m以上もあるという。その水底には何が潜んでいるだろうか。大ヤマメ,あるいは巨大なコイの主などが棲んでいるのか,それとも,カッパの住処にでもなっているのだろうか。。。 ああ,そんな夏もありました。
何の話だったか。そう,拙宅のチョウバエの話題だった。今から30数年前に北関東のとある河川で採集したナガレチョウバエの標本から,遙か昔の思い出はとめどなく流れ,流れ流れて,時は流れて,人の心も流れてく。。。 (by いきものがかり)
ということで,最後に取って付けたようではあるけれども,チョウバエ君,コンニチワ!