過ごしやすい、気持ちのいい季節になった。
仕事の帰り、港を臨む公園のベンチに座って、季節を感じながら電車を待つ。
現在の南極観測船「しらせ」が停泊している。
どうして前の観測船と同じ船名にしたのかなあと思う。
私たちが子供の頃、日本初の南極観測船は「宗谷」であった。
2代目は「ふじ」、3代目、4代目が「しらせ」である。と思う。
映画を見に行くと、最初のスクリーンではニュースが放映され「宗谷」の活躍が映し出された。
まだ、宇宙を見るなどは漫画の世界であったような気がする。
つまり、南極観測は人類の冒険であり、世界的な観測活動だったと思うのです。
みんなわくわくしながら見聞きしていたように思う。
そんな冒険を感じさせてくれた船の4代目が目の前にある、と思うと何だかすごい気持ちになり、この船は何日かけて南極へ行くのだろう、航海の間、どんなことをして、どんなものを食べて・・・・・と、想像は尽きない。
子供の頃からの冒険心を伝え続ける船は、以外と少ないのではないだろうか?
樺太犬のタロとジロを描いた南極物語、今でも人々を感動させている。
そんなことを考えて海を見ていたら、南極観測船は、時代とともに夢に向かった日本の象徴のような気がした。
仕事の帰り、港を臨む公園のベンチに座って、季節を感じながら電車を待つ。
現在の南極観測船「しらせ」が停泊している。
どうして前の観測船と同じ船名にしたのかなあと思う。
私たちが子供の頃、日本初の南極観測船は「宗谷」であった。
2代目は「ふじ」、3代目、4代目が「しらせ」である。と思う。
映画を見に行くと、最初のスクリーンではニュースが放映され「宗谷」の活躍が映し出された。
まだ、宇宙を見るなどは漫画の世界であったような気がする。
つまり、南極観測は人類の冒険であり、世界的な観測活動だったと思うのです。
みんなわくわくしながら見聞きしていたように思う。
そんな冒険を感じさせてくれた船の4代目が目の前にある、と思うと何だかすごい気持ちになり、この船は何日かけて南極へ行くのだろう、航海の間、どんなことをして、どんなものを食べて・・・・・と、想像は尽きない。
子供の頃からの冒険心を伝え続ける船は、以外と少ないのではないだろうか?
樺太犬のタロとジロを描いた南極物語、今でも人々を感動させている。
そんなことを考えて海を見ていたら、南極観測船は、時代とともに夢に向かった日本の象徴のような気がした。