歴程日誌 ー創造的無と統合的経験ー

Process Diary
Creative Nothingness & Integrative Experience

バロックオペラ「Mulier fortis (勇敢な婦人ー-細川ガラシャ)」の公演の案内

2023-11-07 | 日誌 Diary

バロックオペラ「Mulier fortis (勇敢な婦人ー-細川ガラシャ)」の公演の案内

1698年にウイーンで神聖ローマ帝国皇帝レオポルド一世とその家族の前で上演されたバロックオペラ「勇敢な婦人(細川ガラシャ)(Mulier fortis)」の楽譜の校訂版をもとに11月17日午後7時より上野の奏楽堂にてコンサート形式で蘇演します。私も公演実行委員の一人として「台本にみられるガラシャ像」の解説を担当しましたので、公演に先立つ座談会に出席します。

東西宗教研究に寄稿した拙稿 細川ガラシャ考を参考資料としてご覧下さい。

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永井隆博士を主人公とする英国のDVD映画

2020-11-01 | 日誌 Diary
NHKの朝の連続ドラマでは、永井隆博士をモデルとする医師が登場しましたが、英国では、NHKよりさきに永井博士を主人公とした映画が制作されました。「長崎の鐘」の英訳を読んだ映画監督 Ian&Dominic Higgins が、永井隆を主人公とする映画制作を思い立って、クラウド・ファンディングで一般の人々から資金を調達し、長い歳月を準備期間にあてたのちに完成したものです。英米の一般の映画館で上映されたかどうか分かりませんが、2013年にYoutubeに、予告編 https://www.youtube.com/watch?v=E7OyOCPo2Eg
が公開されました。まだその時点ではこの映画の全編をみることはできなかったようですが、2015年、イグナチオ・プレス
から、"All that remains"というタイトルでDVDが販売されていましたので、私もそれを購入できました。

https://www.ignatius.com/All-That-Remains-P9.aspx

 登場人物は全員英語を話していますから、日本の視聴者にはなじみにくいかもしれませんが、長崎という地名も、また禁教時代に多くの殉教者を出した浦上の天主堂に、原爆が投下されたと言う事実さえ知らない英米の多くの人々に、この映画を観て貰うことは意義があると思いました。

 DVDのパンフレットによると、映画監督の「長崎の鐘」を読んで「これは現在では忘れ去られた物語のヒーローであるにもかかわらず、永井はガンジーやマルティン・ルーサー・キングと並ぶ二十世紀の偉人である」と確信したと述べています。
 また共同制作者のDominic Higginsは、永井を主人公とする映画は、できうる限り歴史的な事実を尊重しつつ、科学者として、また軍医として、次に白血病にもかかわらず被爆者の手当に奔走した医師として、さらに(多くの殉教者を輩出した長崎の)キリスト者として描いたと言っていました。
 NHKの連続ドラマでは、永井隆の言葉「どん底に大地あり」を手がかりにしていましたが、この映画の題名"All that remains"は、「(被爆によって何もかもが失われた後)唯一残るものは何か」を主題としています。DVDのカヴァーには、浦上の原子野(atomic wilderness)を前に佇む永井博士のシルエットと「平和を」と書いた彼の揮毫と千羽鶴が描かれていました。
 
 この映画の制作者の声を記録した
https://www.youtube.com/watch?v=RQkasPIYaVI
もご覧ください。

All That Remains Promo

Promo for our new film, "All That Remains" -- the story of atomic bomb...

youtube#video

 

 

All That Remains - Extended preview

An extended preview of our third feature project. "All That Remains" t...

youtube#video

 

 

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International Webinar on "Fratelli Tutti" -Pope Francis-

2020-10-31 | 日誌 Diary
インド・バンガロールから Fr. Kurian Kachappilly CMIが主催する『フランシス教皇の回覧書簡「すべての同胞へ (Fratelli Tutti)』についての国際WEBセミナーが昨日、日本時間で夜9時半から開催されました。宗教と宗派の別を問わず、すべての兄弟姉妹に向けて、開かれたセミナーでした。Youtube にその記録が配信されています。
 Prof. John Cobb Jr. がクレアモントから参加、 What if We followed Pope Fransis?"というテーマで講演し、貧富の格差、南北の格差を拡大する金融資本のGlobalismとそれに対する反動として自国第一を掲げるnationalism が席巻している世界のなかで、地球全体を配慮することが蔑ろにされている現状に鑑みて、「普遍の信仰の立場」から提言されたフランシス教皇の二つのEncyclical letters に従うことは、あらゆる人にとって「我々の家を大切にする」ために大きな意義を持つと述べられました。カブ先生は今年2月に95歳になられましたが、その矍鑠たる話しぶりに、私も大いに勇気づけられた次第です。
 

DVK International Webinar on "Fratelli Tutti" - Prof. Emeritus Dr. John Cobb, Jr.

Friday Webinar Series 2020 “Fratelli Tutti” Oct 30/Nov 06/Nov 13/ and ...

youtube#video

 

 

 次にベルギーから、Prof. Dr. Ellen Van Stichel が"Fratelli Tutti A continuation of Pope Fransis ' A Continuation of Pope Fransis ' Renewal of Catholic Social Teaching" と題して、ルーバン大学神学部で社会哲学を教えている彼女の立場から講演しました。
 また、Prof.Dr. Sebastian Payyappilly の”Fratelli tutti:A Law of the Universal Co-existence and Pro-Existence" という講演は、人間と自然と社会の共生(Co-existence)と配慮(Pro-existence)をめざす点で、私自身の年来の主張とも共通するところが多く、その明快なわかりやすい講演は大いに参考になりました。

 

DVK International Webinar on "Fratelli Tutti" - Prof. Dr. Joy Philip Kakkanattu, CMI

Friday Webinar Series 2020 “Fratelli Tutti” Oct 30/Nov 06/Nov 13/ and ...

youtube#video

 

 

 
 
 
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Eulogy dedicated to Prof. Tokiyuki Nobuhara 延原時行先生を追悼して

2020-10-25 | 日誌 Diary
            To all friends of Tokiyuki Nobuhara-sensei
 
  I send the sad news informing Tokiyuki Nobuhara-sensei's passing away.
When I visited Toki last year at the Rehabilitation Center in Kobe, he seemed rather well in spite of the aftereffects of cerebral infarction, but afterwards, he suffered from a complication of kidney trouble, and had to go to the Hirono Takahara Hospital in Kobe.
 Unfortunately it became difficult even for his family to see him in the hospital during the COVID-19 Disaster. His condition became gradually critical, and passed away in the hospital on October 23 (at the age of 83). The family funeral was held on October 25.
Nobuhara-sensei graduated from the faculty of theology, Doshisha University, and after dedicating himself to the frontier missionary at Itami, went to Claremont to study process theology. He was influenced by Katumi Takizawa who advocated The-anthropology of Immanuel(GOD-WITH-US) aiming at integrating Karl Barth and the Kyoto Buddhistic philosophy, especially Kitaro Nishida. Takizawa was one of the pioneers of the Buddhist-Christian dialogue in Japan.
I met Nobuhara-sensei for the first time at Claremont in 1984, when I was invited by Prof.John Cobb to attend the meeting of "Whitehead Relativity    Group".
 Nobuhara-sensei also invited me to the forum of Interreligious dialogue between "Process theology and the Kyoto School of Buddhist philosophy" which he presided in AAR.
Although Nobuhara-sensei is a protestant while I am a catholic, we share the standpoint of "Non-denominational Christianity" . I appreciate his "Theology of Fraternity and friendship in Jesus" and his practice to preach the Gospel in the world.
 
I would like to pray for him according to the lay-led liturgy of Christianity which he has advocated in his book "the horizon of dialogical theology"(written in Japanese only)
 
-Let us praise the name of the Lord-
 
〇 May the heart of Christ Jesus be ours!
◎ God, who is rich in mercy, because of the great love he had for us, even when we are dead in our transgressions, brought us to life with Christ, raised us up with him, and seated us with him in the heavens in Christ Jesus, that in the ages to come he might show the immensurable riches of his grace in his kindness to us in Christ Jesus. For by grace you have been saved through faith, and this is not from you; it is the gift of God. (Ephesians 2:4-8)
〇 Having among yourselves the same attitude that is also yours in Christ Jesus、Who, though he was in the form of God, did not regard equality with God something to be grasped. Rather, he emptied himself, taking the form of a slave, coming in human likeness; and found human in appearance, he humbled himself, becoming obedient to death, even death on a cross. Because of this, God greatly exalted him and bestowed on him the name that is above every name. (2:5-11)
◎. Christ Jesus!
〇. Immanuel (GOD-WITH-US)!
〇. Amen.
 Among many books written by Nobuhara-sensei, I would like to introduce
”Peace on Earth as in Heaven" (平安ありて平和なる)
This book was written in 1976, when Barack Obama visited Hiroshima as the U.S.A. president for the first time. Obama entered Hiroshima Peace Memorial Musuem, and after dedicating flowers to the A-bomb vivtims, embraced Shigeaki Mori, a survivor of Atomic Bomb Disaster.
Nobuhara-sensei was moved by Obama's speech at Hiroshima, and wrote his book, "Peace on earth as in heaven".
 
神戸のリハビリセンターにて 延原先生、佐々木順子様、そして私
 
昨年、私が神戸にお見舞いに行きましたときは、まだお元気で脳梗塞の後遺症の克服のためのリハビリに専念しておられた延原時行先生は、その後、腎臓病の併発で苦しまれ、神戸の広野高原病院に急遽入院されたということは伺っておりました。
 その後、コロナ禍のためご家族の面会もかなわない状況で、先生の病状は次第に悪化し、神戸の広野高原病院にて10月23日に帰天されました。(享年83)
 本日25日、家族葬で告別式がおこなわれたとのこと、義妹の佐々木順子様より連絡を頂きました。長期にわたる介護生活、ご家族のご心労、いかかばかりであったかと思います。 
 ここで、延原先生ご自身が提唱された、「在家キリスト教称名」を唱えて、故人を偲びたいと存じます。
 
ー主の御名を讃えてー
 
○キリスト・イエスの心を私たちの心としましょう
◎憐れみ豊な神は、私たちをこの上なく愛してくださり、その愛によって、罪のために死んでいた私たちをキリストと共に生かし、キリスト・イエスによって共に復活させ、共に天の王座に着かせてくださいました。こうして神は、キリスト・イエスにおいて私たちにお示しになった慈しみにより、その限りなく豊な恵みを来たるべき世に現そうとされたのです。事実、あなた方は、恵みにより、信仰によって救われました。このことは自らの力によるのではなく、神の賜物です(エペソ2:4-8)
〇キリストは神の身分でありながら、神と等しいものであることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、しもべの身分になり、人間と同じ者になられました。人間の姿で現れ、ヘリ下って、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした。このため、神はキリストを高く上げ、あらゆる名にまさる名をお与えになりました。(ピリピ2:5-11)
◎イエスース・クリストス
〇インマヌエール(主は我らと共にいます)
◎アーメン
 
先生は同志社大学の神学部を出られ、開拓伝道に専念された後、滝沢克己に師事したのちに米国でプロセス神学を学ばれたかたです。カトリックの伝統に親しんできた私とは考えの違いもありましたが、一切の疑似宗教的イデオロギーを越えた根源的な経験を重んじ、それを哲学的省察と統合したうえで「無者のキリスト者」の立場から、「無の場所に於いて」「世俗の中の福音伝道」を考えるところは共通でした。   
 
 先生のご経歴、お仕事についてはいずれ詳しく述べさせて頂きますが、ここでは、先生の主著のひとつである
『平安ありて平和なるーホワイトヘッドの平和論、西田哲学、わが短歌神学日記』(考古堂 2017/2/20)を紹介します。
 
 
延原時行先生のこの著書は、2016年5月27日 米国の現職大統領として初めて広島を訪問し、平和記念資料館を見学した後に、原爆死没者慰霊碑に献花したバラク・オバマ氏が、被爆者の森重明さんを抱きしめている写真を表紙としています。それから4年5ヶ月経過した現在は、オバマ元大統領の「核兵器廃絶」の願い、「広島と長崎が核戦争の夜明けとして知られる未来ではなく、私たち自身の道義的な目覚めとなる未来」の実現への呼びかけが、ICANの運動として受け継がれ、核廃絶条約の批准に向けて実を結びつつあります。
 4年前のこの出来事をいま思い出しつつ、先生の志されたお仕事を後にのこされたものが受け継ぐことの大切さと、その今日的な意義を考えています。
 
オバマ氏や 平安ありて平和なる
人類(ひと)コア矛盾懺悔友抱く 
 
延原先生の短歌は、その「神学的な志」をのべるもので、
ただの花鳥諷詠ではありませんが、たんなる観照ではなく
南原繁の『形相』所収の短歌と同じく、政治的な行為と
不可分の情意的内容をうちに潜めています。 
 
 
 
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講演記録の動画リスト

2020-10-14 | 日誌 Diary

これまでに公開した私の講演記録の動画の数が増えましたのでを
Youtubeでリストにしました。

(1)Nothingness and Creativity-Towards an Integral Philosophy of Creative Transformation-
International Whitehead Conference (2017/9/2)  recorded by Center for Process Studies 
ポルトガルで開催された国際ホワイトヘッド学会での基調講演

(2)無の場所の創造性ーCreativity in the Place of Nothingness
上智大学文学部哲学科  最終講義(2017/3/19)  上智大学 Open Course Ware による収録

(3)Coincidentia Oppositorum と愛ー西田幾多郎講演集(岩波文庫)の刊行に寄せて
 (2020/9/25 公開)

(4)「敬天愛人」の意味とその由来ー上智大学公開講座「日本の宗教と思想」から
(2020/10/3 公開)

(5)『聖ベネディクトの戒律』と道元禅師の『永平大清規』
「聖グレゴリオの家(宗教音楽研究所)」での講演(2019/10/16)から
(2020/10/1 公開)

「聖グレゴリオの家(宗教音楽研究所)」での講演(2020/2/27)から

(6)(音楽付)細川ガラシャの時代の典礼音楽 その1-1
(7)(音楽付)細川ガラシャの時代の典礼音楽 その1-2
(8)(音楽付)細川ガラシャの時代の典礼音楽 その1-3

今後もこのリストに講演の記録を追加する予定です。

以下の Youtube のリストをご覧ください。

講演記録(田中裕)

 

YouTube

 

 

 

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上智大学公開講座輪講〔感情の哲学〕予告

2019-10-28 | 日誌 Diary
上智大学公開講座輪講〔感情の哲学〕予告
11月11日から始まる輪講〔感情の哲学〕(佐藤直子先生企画〕には私も参加します。
日本思想のユニークな特徴のひとつに「情意の世界(表現的一般者/行為的一般者)」において「もののあはれ」を感じて、そこから相互主体的な芸術製作/形而上的な宗教性の表現に向かうことが挙げられます。そのような日本の伝統文化と世界宗教との関係を思索の課題として、「情意における<創造的空>」というテーマでお話ししたいと思っています。
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上智大学 公開講座のお知らせ

2019-09-14 | 日誌 Diary
日本の宗教と思想-鎖国・開国・敗戦を越えて
開催期 2019年秋期
曜日・時間 指定木曜日 19:10~20:40
開催日 10/3から  11/21 (8回)講師 田中 裕
 
第一部「鎖国を越えて」は、「キリシタン時代」に日本文化を尊重し「適応主義」をとったイエズス会宣教師たちと日本人キリスト者達の共同作業の足跡を辿ります。キリスト教と茶道との深い結びつきを、日比屋了慶一家とザビエルとの出会からはじめ、禅的行道を茶の湯で表現した千利休の「佗茶」をキリスト教の霊性と統合した高山右近を通じてキリスト教に触れた利休の弟子達を論じます。また右近と同じく国外追放の難民となりながらも、単身でエルサレムに巡礼しローマで司祭の資格を得ながらも、鎖国の日本に戻り殉教したペトロ・岐部を論じます。
 第二部「開国を越えて」は、西郷南州の西欧文明の批判とその座右の銘「敬天愛人」の思想的ルーツを辿り、中村敬宇の儒教的キリスト教の源流となった中江藤樹の思想を取り上げます。さらに文明開化と西洋帝国主義の模倣を批判した内村鑑三の無教会主義運動の意味をカトリックの立場から考察します。
 第三部「敗戦を越えて」では、京都学派の思想、とくに西田幾多郎の宗教哲学、田辺元の「懺悔道と菩薩道」をキリスト教の観点から論じます。
 
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京都大学西田田辺記念講演 「懺悔道と菩薩道」

2019-05-19 | 日誌 Diary
        レジュメ
 
(1) 無教会のキリスト者である量義治は、『宗教哲学としてのカント哲学』のなかで、「啓示に接して理性が死即生を経験し、新生の理性として生まれ変わる」ことを強調することによって、「単なる理性の限界内における宗教」というカントの理性批判の立場をさらに徹底させた宗教哲学の可能性を示している。そのような哲学は、宗教を批判する批判的理性の立場そのものの批判をも含むであろう。
(2) この宗教哲学は、「恩寵は自然を破棄せずに完成させる」というトミズムの自然神学の「存在の類比」とも、バルトの啓示実証主義の「信仰の類比」とも異なる思索の場を開く。その立場は、「恩寵は自然を破棄することによって、かえって完成させる」という定式に要約することができよう。
(3) 田辺元の「懺悔道としての哲学」を、私は、自然の光としての理性の「自力」を破棄することによって、かえって完成させる「絶対他力」の宗教哲学として理解している。この哲学は、もともとは、自己と自己の帰属する民族と文化の「自己同一性の危機」―敗戦時の日本の「歴史的現実」―への田辺の哲学的応答であった。田辺自身は親鸞の浄土真宗、とくに『教行信証』の言葉に導かれていたが、それは、仏教だけに限定されたものではなく、田辺が後に書いたように『キリスト教の辯證」へと展開されるべき契機を含むものであった。民族の自己同一が問われる亡国の危機こそは、まさにユダヤ教の預言者的精神と、ユダヤ教を世界宗教へと刷新したキリスト教の起源であった事を思えば、田辺の直面した歴史的現実が、キリスト教と関わるのは当然である。
(4) 「懺悔道」は、哲学に即して言えば、カント的な「単なる理性の限界内の宗教」を支える理性の立場をも批判する「絶対批判」に基づくものであるが、宗教に即して言えば、絶対他力の恩寵に生かされる人間存在の根源的な転換としての懺悔(メタノイア)と人間の理性を越える恩寵(メタノエーシス)を主題としている。信心もまた自己に由来するものではなく恩寵の賜物であるという考え方は、メタノエティークとしての「懺悔道」とキリストの福音との間の深き内的な照応を示している。
(5) 本稿では、「懺悔道」と「菩薩行」を基軸とする戦後の田邊元の宗教哲学を、彼が使った「行道」と云う言葉を鍵として考察する。ただし、本尊や堂塔の周りを念仏して回り歩く礼拝儀式としての「行道」ではなく、田辺の言う意味での「懺悔の道」を行ずることとして理解する。そして、そのような宗教的な行を、本願他力を信ずる親鸞の「念仏行」だけに限定せずに、田辺がそうしたように、禅と念仏の区別、自力と他力の区別よりも根源的な意味で使い、道元の『正法眼蔵』における修證一等の辨道や「仏を行ずる」修道論をも含めた超宗派的な意味で、「懺悔道」と「菩薩行」とは何かを問題とする。
(6) 筆者は、まず『宝鏡記』を手引きとして、道元が嗣法した如浄の座禅が衆生済度を願う菩薩行としての座禅であったことを確認し、道元と如浄の遺偈の双方にある「活陷黄泉」の語に注目し、それを一切衆生の罪を己の身に引受けて、他者の救済のために「黄泉に下る菩薩」のことばとして理解できることを示す。
(7) 次に、「阿闍世王の救済の物語」を、親鸞が『教行信証』で重視した理由を考察する。「阿闍世の為に涅槃に入らず」という『涅槃経』の釈尊の言葉に着目して、そこから五逆と誹謗正法の重罪を犯してしまった極悪人にも救いはあるかという問題をとりあげ、弥陀の本願にある「唯除五逆誹謗正法」という言葉の意味を考察する。本稿では、これを、「五逆と誹謗正法をおかした罪人だけは救いの対象から除外する」という救済の例外規定として読むのではなく、「端的に五逆と誹謗正法の罪を除く」と読むことの妥当性を検討するが、それは、「罪人」ではなく「罪そのものを滅ぼす」と解釈するほうが、摂取不捨の弥陀の本願に相応しいからである。
(8) 最後に、キリスト教における信心業として知られる「十字架の道行き」が、「キリストに倣う」行道であることを示す。「使徒信条」のなかの「黄泉に下るキリスト」を論じたバルタザールの「過越の神秘」、ラッティンガ―の教義学(終末論)などを手引きとして、Transdescendence (下への超越)がTranscendence(上への超越)に外ならないこと、最も神から隔てられた(黄泉の)暗黒を照らす光としての「まことの菩薩」としてのキリストが罪悪深重なる被造物の救済の門を開いたと解釈できることを示す。それによって筆者は、「絶対無の菩薩行」を大乗仏教だけに限定する田辺元のキリスト教理解と批判に答えたい。
 
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2019年度春の公開講座のお知らせ

2019-04-06 | 日誌 Diary
2019年度は東京の四谷キャンパスで春の公開講座を八回実施しますが、そのほかに、大阪サテライトキャンパスに出張して、次のテーマで公開講座を一日(二回)だけ特別に行います。
主題:日本の心とキリスト教
─鎖国(キリシタン時代)と開国(明治維新)の時代を超えて
開講日:2019年5月18日(土)
第一講義13:00~14:30 第二講義15:00~16:30
 
第一講義:「鎖国」を越えて:ペトロ岐部とシドッチ―「行人(homo viator)」の心
 概要:禁教令後の難民であったキリスト者、ペテロ岐部の旅とその精神の軌跡を辿ります。インドのゴアからエルサレムまでの陸路巡礼の旅を敢行した岐部は、ローマで司祭の資格を得、リスボン経由で海路祖国日本に帰還し、潜伏キリシタン支援の旅の途上、東北で捕縛され、江戸で殉教しました。また、ローマの教区司祭シドッチは、教皇密使として来日するも、屋久島で捕縛され、長崎経由で遠路江戸のキリシタン屋敷に監禁され、身の回りの世話をしていた転びキリシタンの末裔、長助・はる夫婦を信仰に復帰させたため咎められ、両名と共に殉教しました。彼を尋問した新井白石との間でかわされた東西の文明間対話のもつ歴史的意義を考えます。
 
第二講義:「開国」を越えて:「敬天愛人」の意味と由来 
 概要:『西郷南州遺訓』にある「敬天愛人」という言葉の意味、その背後にある歴史的な文脈を尋ねます。西郷と同時代人であった中村正直の思想、新井白石や幕末の儒者佐藤一斎、内村鑑三が「代表的日本人」の一人として挙げた「近江聖人」中江藤樹の「敬愛」思想などを参照します。キリシタン時代にもあった日本の武士道の精神とキリスト教思想との出逢い、西洋諸国による「開国」とそれに伴う物質文明を越える精神の帰趨を考察します。
 
大阪サテライトキャンパスのご案内
http://www.sophia-osaka.jp/lecture/index.html
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2019年度の上智大学公開講座(コミカレ)の講義案内

2019-03-21 | 日誌 Diary
2019年度の上智大学公開講座(コミカレ)の講義案内です。
「日本の宗教と思想」というタイトルで、今年も継続します。
毎年新しい内容を盛り込みますが、今年は日本発の普遍的な世界思想の系譜を辿ります。
この講義では、はじめに明治維新の頃の日本哲学の背景にある儒教、大乗仏教、および神道の諸思想の伝統を参照します。そして、この日本の伝統的な諸思想によって教育された世代の哲学者達が、明治の「文明開化」の時代に解禁されたキリスト教に対して、どのように応答したか、どのようにして自己の属する伝統を刷新して、普遍的な「世界思想」を志向したか、その統合に向かう哲学的思索の努力を回顧します。 さらに、同時代の内村鑑三に始まる「無教会」のキリスト信仰、岩下荘一に始まる「カトリックの信仰」にも触れつつ、明治維新から昭和の敗戦にいたるまでの日本のキリスト者の困難に満ちた足跡をたどります。最後に、敗戦直前の西田幾多郎の宗教哲学と、敗戦後の田辺元の宗教哲学を取り上げます。とくに田辺元の「懺悔道」と「無即愛」の「菩薩道」を、キリスト教の立場から考察します。
 
 
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ザビエルとペトロ岐部—旅する人間のこころ

2019-03-04 | 日誌 Diary
ヨーロッパ科学芸術アカデミーのシンポジウムで『ザビエルとペトロ岐部—旅する人間のこころ』と題して講演しました。
 
『純一なる愛の働き』actus puri amoris として伝承されたザビエルの祈りがあります。「旅する人間」であったザビエルと岐部のこころに触れる祈りとして引用します。
 
「ああ、神よ、私はあなたを愛します!私を救けてくださるから、愛するのではありません、あなたを愛しないものを永遠の劫火に罰するから、愛するのでもありません。私の主、イエスよ、あなたは、私が受けなければならない罰の全てを、十字架の上で受けて下さいました。釘付けにされ、槍で貫かれ、多くの辱めを受け、限りない痛み、汗、悩み、そして死までも、私のため、罪人なる私のために、忍んでくださいました。どうして、私が、あなたを愛しないわけがありましょうか。ああ、至愛なるイエスよ、永遠にあなたを愛します、それは、あなたが天国に私を救ってくださるからではありません、永遠に罰せられるからでもありません、何か報いを希望するからでもありません。ただ、あなたが私を愛してくださったように、私もあなたを永遠に愛するのです。それは、あなただけが私の王であり、私の神であるからです」

3/7 追加
ザビエルの祈り 原文

Actus Puri Amoris

O Deus amo te!
Nec amo te ut salves me,
Aut quia non amantes te
Aeterno punis igne;
Tu, mi Iesu, totum me
Amplexus es in cruce.
Tulisti clavos, lanceam,
Innumeros dolores,
Sudores et angores
Ac mortem, et haec pro me,
Ac mortem, et haec pro me,
Ac pro me peccatore!
Cur igitur non amem te,
O Iesu amantissime,
Non ut in caelo salves me,
Aut ne in aeternum damnes,
Nec praemii ullius spe,
Sed sicut tu amasti me;
Sic amo et amabo te,
Solum quia Rex meus es,
Et splum quia Deus es!
Amen.

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「聖グレゴリオの家」での講演のお知らせ

2019-02-20 | 日誌 Diary
 03月07日(木)10:15ー教会音楽科本科特別講義
(一般聴講可)「東西の典礼音楽交流」 講師:田中 裕
 
講演要旨は
1 四天王寺の「篝の舞」(音声資料あり)
2 孔子の音楽論
3 グレゴリオ聖歌と「隠れキリシタン」のオラショ
4 (迫害の中にある)「隠れたるキリスト者」ーマタイ福音書のキリスト者の祈り
5(異邦人の中にある)「隠れたるキリスト者」ー使徒行伝、アテネでのパウロの異邦人への伝道とギリシャ人達
6 ウイーンで1698年に上演された「細川ガラシア」を主人公とするキリスト教的受難劇 (音声資料あり)
7 宣教師の書翰が伝えるガラシアの最期
8 細川ガラシアの読んだ「キリストに倣いて」と「アヴェ・マリア」の祈り
9 ホイベルス原作、チマッティ神父作曲の「細川ガラシア」ー日本文化の土壌に根ざし日本語で上演された最初のオペラ(音声資料あり)
 
2/26-3/4 までヨーロッパ科学芸術アカデミーの年次大会に出席のため出張し、帰国後、音声資料を準備します。
http://st-gregorio.or.jp/
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夢の如き真實―五十嵐一君の思い出

2018-07-19 | 日誌 Diary

夢の如き真實―五十嵐一君の思い出 

田中 裕

 五十嵐一君と初めて会ったのは、本郷の理学部数学科への進学が決まったあとの駒場の教養課程二年生の秋学期、英語の授業の時であったと記憶している。五〇年以上前のことというと、すべてが夢のようでもあるが、反面、昨日の出来事よりも遙かに強いリアリティをもって思い出されるような気もする。短期記憶のあやしくなった老人の繰り言と思って聴いて頂きたい。

 あれは、グレハム・グリーンの短編小説を学生が順番に読むという演習であっただろうか、五十嵐君の番が来たときに、彼は、開口一番、担当の教師にむかって、「先日のシェークスピア学会ではお世話になりました」と言った。大学二年生の時にすでに日本シェークスピア協会の会員だった五十嵐君は、同じ研究者仲間としてその英語教師に挨拶したのだろう。大学院生ではなく学部生、それも理科一類の教養課程の学生が、単なる趣味でシェークスピアを読むというのではなく、学術的な場でシェークスピアについての研究活動を専門家と共にしていたというのは、にわかには信じがたいことのようにも思われようが、それが若き日の五十嵐君だったので、今回想してみるといかにも五十嵐君が言いそうな言葉であった。

 当時の駒場の教養課程は、旧制一高の面影をまだ十分に残していて、およそ実用とは縁のない古典のテキストが演習で使われていた。五十嵐君と同じく理科一類から数学科へ進学した私の場合でも、一年生の時に「ハムレット」、二年生の時に「ジュリアス・シーザー」および「十二夜」を講読する英語演習をとったのを覚えている。ジョン・ギールグッドを初めとする名優達の演ずるシェークスピア劇をテープレコーダーで聴かせながら、語学演習を指導する先生達ご自身も楽しみながら授業―というより雑談―をしていた。

 五十嵐君には、当時から、どこか「専門家を超えるアマチュア」という趣があった。大泉学園にあった彼の家の書斎には、古今東西の文藝や哲学の古典―それは翻訳ではなくほとんどが原書-がおいてあったにもかかわらず、彼は他人の学説を受け売りするディレッタントとはほど遠い存在だった。自由闊達なプラトン的対話術を身につけ、常に聴くものを楽しませながら古典の世界へと我々を啓発してくれたものである。

 本郷の理学部数学科に進学してまもなく、大学がバリケードで封鎖され、安田講堂に立てこもった「全共闘」の諸君が機動隊に排除された「学園紛争」の時代となった。数学科でも同級生のN君が機動隊に逮捕されたので、それを気遣って拘置所まで、仲間と一緒に衣類や日用品の差し入れに行った記憶がある。拘置所から戻ったN君―サルトルを引用した安田講堂での彼のアジ演説は今でもよく覚えている―を囲んで数学科の同級生が一席設けたことがあった。その席で五十嵐君は「ソクラテスはなぜ脱獄しなかったか」という話をしたのである。「中核」や「革マル」のイデオロギー的言説とはほど遠いソクラテスの話を五十嵐君がなぜしたのか、当時の私にはよくわからなかったが、いまにして思えば、要するに、「自分の持ち場を離れず、中途半端な妥協をするな」ということが言いたかったのかもしれない。学園紛争が終焉に向かい始めた時に現れてきた様々な妥協的・偽善的な動きに反発していた五十嵐君は、「衣の下に鎧を隠す」ような「民青」のやり方を嫌い、表裏のない「全共闘」のほうに共感していた。ノンポリであるが故に政治的な過激派以上にラジカル(根源的)たらんとするのが五十嵐君の立ち位置だったのだろう。

 学園紛争の時代の五十嵐君の話は、シェークスピアよりもソクラテス、プラトン、アリストテレスのギリシャ哲学であり、ホメ-ロスの叙事詩の世界が中心となっていた。彼は、翻訳や近代語訳を介さずに、所々ギリシャ語原文を引用しつつ、自分自身の言葉で独特のホメ-ロス解釈、プラトン解釈を語ってくれたものである。

 卒業が近くなった頃、五十嵐君と私、そしてのちに筑波大学で数学教授となられた木村達夫君の三人で、数学科の伊藤清三先生―ルベーグ積分についての先生の書かれた教科書は今でも使われている-のご自宅でご馳走になったことがあった。そのとき、木村君が披露したベートーベンの「月光ソナタ」のピアノ演奏とともに、五十嵐君のホメ-ロス、とくに「イーリアス」の冒頭部分のギリシャ語による朗唱がきわだって記憶に残っている。木村君が合気道の達人であることは知っていたが、まさかピアノが弾けるとは思っていなかったので、その文武両道ぶりに驚いたわけだが、五十嵐君の「イーリアス」の朗唱もそれにおとらず素晴らしく、まるで平家物語を物語る琵琶法師の物語を聴いているかのような感があった。Klyde Pharr のHomeric Greekを入手して、遅ればせながら私がギリシャ語の学習を始めるようになったのは、全く五十嵐君の影響であった。

 ギリシャ語の詩の世界の音韻の美しさもさることながら、プラトンの美学についての五十嵐君の独特の解釈にも大いに惹かれた。プラトンはソクラテスを主人公とする作品を書くことによって、「善のイデア」に向かう自己自身の人生を作品化したのだというのだ。その考え方にもとづいて、「神の友」となったプラトンについて五十嵐君は情熱を込めて語ってくれた。それはプラトン解釈という次元を超えて、各人が作者にして主人公に外ならない自己自身の人生を主題として書く文藝制作の作法(エクリチュール)の機微に触れるものだと思ったものである。

 五十嵐君も私も、『国家』の有名な「洞窟の譬喩」や、詩人追放論をどう解釈すべきかという問題に関心があった。ミメーシス(創作的模倣)の達人でもあったプラトンがなぜ詩人のミメーシスを批判したのか?国家のイデア論では、常識人が現実だと思っている世界は、真実在の「影」ないし「模造」である。詩人追放論では、詩人は、そのような感性的な現実の模倣をこととし、「模造」の「模造」を語るが故に、真実から二重に遠ざかるがゆえに追放されるべきだとプラトンが非難しているように見える。しかし、五十嵐君は、そういうのは皮相な解釈だと言っていたように記憶している。「影の影」であっても、下手な詩人の通俗的な仕方ではなく、イデアそのものを影現させ、読者に如実にそれを直観させる新しい語り方、あるいは書き方をプラトンが発見したと言うことだったのだろう。

 五十嵐君がなぜ数学科に進学されたのか、ご本人から聞いたことはなかったが、私の場合は非常に単純で、小林秀雄と岡潔の対談『人間の建設』を通じて、数学に関心を持ったからであった。リーマン全集、芭蕉の俳諧、道元禅師の正法眼蔵、そして浄土宗の改革者であった山崎弁栄の「無辺光」を座右の書としていた岡潔に、私は惹かれた。岡の「数学」は、単なる理性を超えた人間の心(情緒ないし霊性的自覚)に根ざしており、それがそのまま文藝と芸術と宗教の世界に通底していたことが一番の魅力だったからである。

 理学部数学科を卒業後、五十嵐君は本郷の文学研究科の大学院で美学を専攻され、私のほうは、当時駒場に新設されたばかりの科学史・科学基礎論の大学院で、「科学哲学」を専攻したので、直接的な交流の機会はすくなくなった。ただし、駒場の伊東俊太郎先生の「ティマイオス」演習には、五十嵐君も参加されたので、このプラトンの後期対話篇を共に読むことができた。語学に天賦の才をもっていた五十嵐君とはちがって、「ティマイオス」のギリシャ語は私には難解であったが、数学科出身の我々にとってこの対話篇は、大いに知的想像力を刺激するものであった。五十嵐君も私も、数学を独自の記号言語を駆使して書かれた一種の詩と考える点で共通していた。当時の英米哲学で流行していた論理実証主義や分析哲学の論理は、数学科出身の我々から見ればせいぜい初等数学のレベルであり、そんなものには魅力は感じなかったのである。分析的論理ではなく想像力こそ数学の生命であり、それも事実を再生する二次的な想像力ではなく、新たなる作品を制作する原初的な想像力が数学という営みを支えており、それはプラトンの「ティマイオス」のようなコスモロジーに直結するのである。

 私がホワイトヘッドとプラトンの研究に没頭しはじめた頃、五十嵐君はギリシャ語やラテン語の世界だけではあきたらなくなり、日本の哲学者達が無意識のうちに前提している西欧中心的な価値観を相対化するためだったのか、次第にイスラム研究に傾倒するようになった。 

 大学院修了後、五十嵐君は井筒俊彦先生の推挽でイラン王立アカデミーに留学され、医学・哲学からイスラムの神秘思想に至るまで幅広い学際的研究を継続された。イランで革命が勃発し王制が倒れた後で帰国したが、イスラム革命についての一般向けの啓蒙書を書く傍ら、イブン・スィーナーの『医事典範』の翻訳書、『知の連鎖―イスラムとギリシャの饗宴」「イスラーム・ルネッサンス」などを立て続けに出版し、私のもとにも贈ってくれた。それらの書物は、伊東俊太郎先生のアラビア科学史研究、井筒俊彦先生のイスラム神秘主義研究、井上忠先生のパルメニデス研究などの影響もたしかに認められたが、そういったあらゆる要素が統合されて、まさに五十嵐君でなければ書けない独創的な知的刺激に充ち満ちた本となっていた。

 五十嵐君から頂いた本の中で、私が最も好きな本は『神秘主義のエクリチュール』である。「桃李歌壇」という和歌と連歌の結社をWEB上に創設した私もまた、彼と同じように道元の著作と良寛の和歌や漢詩に関心を持っていたからである。

 道元の『典座教訓』に収録されている阿育王山の老典座との対話、良寛と貞心尼の相聞歌についての五十嵐君の解釈は、イスラム神秘主義の文献を参照しつつ、文字とは何か、修行とは何か、についての宗教の違いを超えた本物の神秘主義の著作のエクリチュール(文体、書法のエッセンス)を論じていた。

 五十嵐君は、日常性を離れた特殊な少数の人にしか体験できない場所に神秘主義を見いだすのではなく、万人が経験しているはずの日常性のただなかにこそ本物の神秘があるといっているように思う。

 学術の蘊奥を極めることは神秘主義とは無関係であり、宗教的エリートにのみ許された秘密の奥義の伝授などは「徧界曾て隠さず」と喝破した老典座の境涯とは無縁であり、「文字とは何か」と問われるならば、「一二三四五」のごとき幼児の初心に立ち返る学道にこそ凡てであるという簡明にして肺腑をえぐるような言葉がそこにあった。そこで、『神秘主義のエクリチュール』で引用されている良寛の歌を五十嵐君に捧げて、この思い出の結びとしたい。

それは、

君にかくあひ見ることのうれしさもまださめやらぬ夢かとぞ思ふ

という貞心尼の歌に対する良寛の返歌

夢の世にかつまどろみて夢をまた語るも夢もそれがまにまに

である。

 五十嵐君は同書の中で、この歌を

沫雪の中に立ちたる三千世界(みちあふち) またその中に沫雪ぞ降る

という良寛の歌と対比させて論じた歌人上田三四二氏の解釈を長文に亘って引用している。

 上田氏の解釈については、五十嵐君はその精緻さに感嘆しつつも、それは「超高級形而上学」の解釈になっているといって批判を加えている。この箇所は『神秘主義のエクリチュール』のなかでも特に興味深いところであるが、空間及び時間の中に無限包摂の「入れ籠構造」を見る上田氏に対して、五十嵐君は、主客の相互溶融、相互浸透という直接経験を重視されたようである。それは、「三千世界」を「一念三千」を説く天台宗の教学などと関係づけずに、「みちあふち」という「やわらかい」訓読を重視する読み方に関係している。五十嵐君に由れば「みち」は「道」であり「あふち」は「お家」である。要は、仏教的解釈よりも、「道」と「家」とそれを見る「私」が雪の中で相互溶解し相互浸透する直接経験の事実を重んじたのだろう。ここで「沫雪」を上田氏とは違って「牡丹雪」ではなく「粉雪」だと指摘しているところも面白かった。

 「蓮の露」の相聞歌については、五十嵐君自身は、「(貞心尼のひたむきな情熱を前にして)いささか良寛が照れているのが良い」という以上には言わなかったが、「夢の中で夢を語る」ことは、今、五十嵐君の思い出を語る私自身の心境に何か合致する者があることを感じている。

 私も、五十嵐君と同様に、上田三四二氏の歌の釈義には多くの点で共感するけれども、良寛が「夢の中に夢を見る」という場合、「夢の中の夢、その夢の中の夢、・・・・・」というような「入れ籠構造」は無いと思う。

 道元の『正法眼蔵』に「夢中説夢」という巻があるが、そこでは、われわれが堅固な実在だと思っている世界が、じつは夢の如きはかなき虚仮の世界であり、真の仏法の世界は、虚仮の世界の住人から見ると逆に「夢」のごとく見えるという趣旨の言葉がある。

 プラトンの「洞窟の譬喩」の如く、顛倒世界においては、真実在を説くものは役に立たない夢想家と見なされるが、道元は、むしろ「夢の中で夢を説く」ことの意義を理解しなければ、仏道はわからないと明言している。おそらく、影の影、夢の夢を如実に語るという詩人の行為のなかに、真実在の影現を見ることができるという読み方をするならば、良寛の返歌も、「夢の中で夢を語る」ことの大切さをさりげなく示した歌と言って良いであろう。

ー追記ー

 「五十嵐一 追悼集ー未来への知の連鎖に向けて」(五十嵐一追悼集編集局編 非売品)が2018年7月9日に 出版されました。本日、追悼編集局の伊東庄一さんより追悼集を送っていただきました。上記の文章は、この追悼集に私が寄稿したものです。

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特別セミナー『文明と経営』第二回(東京地区)の御案内

2018-07-14 | 日誌 Diary
特別セミナー『文明と経営』第二回(東京地区)の御案内
数理経済学会方法論部会・日本ホワイトヘッド・プロセス学会共催
日時: 2018年 7月15日(日)13:30ー
テーマ:文明と経営―その研究の方向/「哲学スル」とはどういうことか
会場: 明治学院大学 白金キャンパス 3号館 3101教室
プログラム:
13:30-14:30 講演 『文明と経営―その研究の方向』
講演者 村田晴夫 先生 (桃山学院大学前学長)
14:30-14:40 休憩
14:40-16:15  全体討論(予定討論を含む)
「哲学スル」とはどういうことか
(予定討論者: 長久領壱、鈴木 岳、福井康太、守永直幹、塩谷 賢、村田康常、司会: 浦井 憲)
16:30-18:00 懇親会 明治学院大学白金キャンパス内パレットゾーン懇親会(予定)
 
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
日本ホワイトヘッド・プロセス学会の前会長の村田晴夫先生を囲むセミナーです。ホワイトヘッド哲学と経営・行政学との関連をテーマとする参考文献を二点紹介します。
 
(1)「経営思想研究への討究ー学問の新しい形」村田晴夫・吉原正彦編(文眞堂、2010)
(2) Integrative Process-Follettian Thinking from Ontology to Administration
by Margaret Stout, Jeannine M. Love
(Process Century Press, 2015 )
 
 
 
 
 
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第11回目の国際ホワイトヘッド会議ーポルトガル・アゾレス島にて

2017-07-24 | 日誌 Diary

7月25日よりポルトガルのアゾレス島で第11回目の国際ホワイトヘッド学会が開催されます。基調講演を依頼されたので、少し早めに出発し、リスボン経由でアゾレス島に着いたところです。会場の下見に行ったところ、会議の主催者であるマリア・テレサ・テイクセラ先生より、彼女の翻訳したホワイトヘッドのProcess and Reality のポルトガル語訳をいただきましたので、アップします。今回の国際会議のテーマはNature in Process です。私は基調講演の他に初日のプレナリー・セッシオンのパネリストも依頼されましたが、このパネルの主題は ローマ教皇フランシスが一昨年に出した回勅 「ラウダート・シーともに暮らす家を大切に」における統合的エコロジーの問題です。エコロジーの様々な次元、単に生態学的なレベルだけでなく、人間、社会そして宗教のすべての次元を統合し、「他者のために他者とともに生きること」の意味を問うわけですから、私としては上智大学で宮本久雄神父とともに行ってきた共生学の理念が漸くローマ教皇の回勅でも取り上げられたという感慨を持っています。そして、ホワイトヘッドのProcess and Reality のコスモロジーは西田幾多郎と田辺元に由来する京都学派の哲学とともにアゾレス島での国際会議においても重要な意味を持つものとして再評価されるでしょう。

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