歴程日誌 ー創造的無と統合的経験ー

Process Diary
Creative Nothingness & Integrative Experience

詩編を祈る-詩編は聖書に於ける祈りのシンフォニー

2024-06-20 | 「聖書と典礼」の研究 Bible and Liturgy

詩編を祈る-詩編は聖書に於ける祈りのシンフォニー

 

教皇フランシスコは、6月19日(水)、バチカンの聖ペトロ広場で、水曜日恒例の一般謁見を行われた。
 この日、教皇は「聖霊と花嫁。聖霊は神の民をわたしたちの希望イエスとの出会いへと導く」を主題とするカテケーシスで、

「聖霊は花嫁に祈ることを教える。詩編、聖書における祈りのシンフォニー」をテーマに話された。
 教皇のカテケーシスの要旨は次のとおり。

**********
 来たる2025年の聖年の準備において、わたしは2024年を「大きな祈りのシンフォニー」とするように招いた。今日のカテケーシスを通し、教会がすでにもっている祈りの交響曲を思い出そう。聖霊によって編まれたこのシンフォニー、それは「詩編」の書である。
 それぞれの交響曲には様々な「動き」があるように、詩編には様々な種類の祈りがある。それらは、個人の、あるいは民の合唱の形をとった、賛美、感謝、嘆願、嘆き、語り、叡智に満ちた考察などである。
 詩編は新約聖書において特別な位置を占めている。実際、新約聖書と詩編を一緒に掲載したものがかつてあり、今も存在する。全詩編が、また各詩編の全体が、キリスト者によって繰り返し唱えられたわけではない。従って現代の人々にはなおさらである。今日の人々は、ある歴史的状況やある種の宗教的メンタリティーを、もう自分たちのものではないと考えている。しかし、それは彼らが詩編からインスピレーションを受けていないことを意味しない。古い掟の多くの部分のように、啓示のある期間・段階において、人々は詩編と結ばれていると言える。
 わたしたちに最も受け入れられている詩編は、かつてイエスや、マリア、使徒たち、またすべての時代のキリスト者たちが祈っていたものである。わたしたちがこれらの詩編を唱えるとき、神は諸聖人の交わりという偉大な「オーケストラ」によってそれを聴かれる。「ヘブライ人への手紙」によれば、イエスは「御覧ください。わたしは来ました[…]神よ、御心を行うために」という詩編の一節を胸に世に来られ(参照 ヘブライ10,7、詩編40,9)、「ルカ福音書」によれば、「父よ、わたしの霊を御手にゆだねます」という詩編の言葉と共にこの世を去られた(参照 ルカ23,46、詩編31,6)。
 新約聖書において詩編が使われたことに、教父たちや全教会も倣った。それによって、詩編はミサと教会の祈りにおいて定着した要素となった。
 しかし、わたしたちは過去の遺産だけで生きてはいけない。詩編を「わたしたちの」祈りとする必要がある。ある意味、詩編は、それを祈りながら自分のものとし、わたしたち自身が「詩編作者」となるために書かれたといえる。
 もし、自分の心に語りかける詩編が、あるいはその一節があるならば、それを一日の中で繰り返し、祈るのは素晴らしいことである。詩編は「オールシーズン」の祈りである。あらゆる気持ちや必要が、詩編の言葉を祈りに変える。他の祈りと異なり、詩編は繰り返すことで効力を失わず、むしろそれを強める。なぜなら、それは神の霊から来るものであり、信仰をもって読むたびに神に「刺激を与える」ものだからである。
 わたしたちが良心の呵責や罪に苦しめられているならば、ダビデと共にこう繰り返そう。「神よ、わたしを憐れんでください。御慈しみをもって。深い御憐みをもって」(詩編51,3)。また、わたしたちが神との強い絆を表したいときは、こう言おう。「神よ、あなたはわたしの神。わたしはあなたを捜し求め、わたしの魂はあなたを渇き求めます。あなたを待って、わたしのからだは、乾ききった大地のように衰え、水のない地のように渇き果てています」(詩編63,2)。そして、恐れや不安に襲われたときは、この素晴らしい言葉がわたしたちを救いに来てくれる。「主は羊飼い、[…]死の陰の谷を行くときも、わたしは災いを恐れない」(詩編23,1.4)。
 詩編は、わたしたちの祈りが、「わたしにください、わたしたちにください」という単なる要求の繰り返しにならないように助けてくれる。「日ごとの糧」を願う前に、「み名が聖とされますように。み国が来ますように。みこころが天に行われるとおり地にも行われますように」と言う「主の祈り」から学ぼう。詩編は、賛美、祝福、感謝の祈りといったように、自分だけを中心にすることのない祈りに心を開かせてくれる。そして、賛歌の中に被造物を関わらせることで、わたしたちに全被造物の声を代弁させてくれる。
 聖霊は、花嫁である教会に、神なる花婿に祈るための言葉を贈ってくださった。さらに、聖霊は、それを今日の教会に響かせるように、また、聖年を準備するこの年を祈りのシンフォニーとするように助けてくださる。

Pope at Audience: The Psalms, 'the prayer of Jesus,' are for all seasons
During his Wednesday General Audience, Pope Francis encourages the faithful to engage in a 'symphony of prayer' by praying the Psalms, as Jesus did.

By Deborah Castellano Lubov
"It is necessary to make the Psalms our prayer, making them ours and praying with them," urged Pope Francis during his Wednesday General Audience in the Vatican.
As the Holy Father continued his catechesis series on the Holy Spirit, this week he reflected in a special way on the Psalms.
The Pope had begun by recalling that in preparation for the 2025 Jubilee, he had proclaimed 2024 a Year of Prayer.

Symphony of prayer
"With today’s catechesis," he therefore explained, "I would like to recall that the Church already possesses a symphony of prayer, whose composer is the Holy Spirit, and it is the Book of Psalms."
The Book of Psalms, like any symphony, he observed, "contains various “movements,” that is, various genres of prayer: praise, thanksgiving, supplication, lamentation, narration, sapiential reflection, and others, both in the personal form and in the choral form of the whole people".
These, he said, "are the songs that the Spirit Himself has placed on the Bride’s lips."
All the Books of the Bible, the Pope reiterated, are inspired by the Holy Spirit, but the Book of Psalms, he added, is especially "full of poetic inspiration" and have had a special place in the New Testament. 
"What most commends the Psalms to our attention is that they were the prayer of Jesus, Mary, the Apostles and all the Christian generations that have preceded us."
When we recite Psalms
When we recite them, the Holy Father explained, "God listens to them with that grandiose “orchestration” that is the community of saints."
He recalled that Jesus, according to the Letter to the Hebrews, entered into the world with a verse from a Psalm in His heart: 'Lo, I have come to do thy will, O God' (cf. Heb 10:7; Ps 40:9), and He left the world, according to the Gospel of Luke, with another verse on His lips: 'Father, into thy hands I commit my spirit' (Lk 23:46, cf. Ps 31:6).
The use of psalms in the New Testament, the Pope added, is certainly followed by that of the Fathers and the entire Church, but has an important role in our world today.
"We cannot only live on the legacy of the past," he argued, saying, "it is necessary to make the Psalms our prayer. It was written that, in a certain sense, we must ourselves become the “scribes” of the Psalms, making them ours and praying with them."
For all seasons
When Psalms, or verses, "speak to our heart," he said, "it is good to repeat them and pray them during the day."
Since they are prayers “for all seasons,” he said, "there is no state of mind or need that does not find in them the best words to be transformed into prayer." Unlike other prayers, the Pope stated, they do not lose their effectiveness by being repeated, but, "on the contrary, they increase it."
This is so, he said, because "they are inspired by God and 'breathe' God, every time they are read with faith."
Always a Psalm to accompany us
The Pope insisted that if we feel oppressed or fearful, or loving and joyful, there is a Psalm that can help accompany us, and enrich our prayer by not reducing it merely to requests.
They help us, he said, open ourselves to a prayer that is less focused on ourselves, and rather on praise, blessing, and thanksgiving.
Pope Francis concluded by praying that the Holy Spirit "make this year of preparation for the Jubilee a symphony of prayer."

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