歴程日誌 ー創造的無と統合的経験ー

Process Diary
Creative Nothingness & Integrative Experience

李白の「静夜思」について

2009-04-26 | 美学 Aesthetics

私の手元に、中華書店で購入した「唐詩一百首」(北京語言学院 陽殿武 張恵先 王志武編著)があるが、そこにある唐詩のテキストの内、李白の「静夜思」についてはかねがね疑問に思っていた。

床前明月光, 疑是地上霜。挙頭望明月, 低頭思故郷。  (現代中国の標準表記に従う)
これは、清代の「唐詩三百首」のテキストに従うものであり、中国大陸ではこちらが一般的なものとなり、李白の詩の英訳もこれに従っているものが多いのである。しかし、日本では、それよりも古い「唐詩選」以来の詩形

低 挙 疑 牀
頭 頭 是 前
思 望 地 看 (唐詩の伝統的な縦書き表記に従う)
故 山 上 月
郷 月 霜 光

が人口に膾炙している。どちらが李白の原作であろうか。

私自身は、「明月」を二回繰り返すような冗漫な詩形はあり得ないという印象を持っていた。五言絶句という短い詩形に、かかる反復を許すのはおかしいのである。

月光を「看て」それを地上の霜かと「疑う」。そしてこれは明月の美しさを愛でる詩ではなく、「望郷の詩」なのである。月の光は、窓を通して山の端から、斜めに差し込んでくるのであり、その光に導かれて山の彼方にある故郷を思うのである。だから「山月」でなければならない。これに対して、「明月」を二回繰り返す詩形では、「望郷の想い」が伝わってこない。

従って、現代の中国人が受容している李白の詩のテキストは、日本で我々が親しんでいるものとくらべて数段、「詩として劣る」ものであると言わねばならない。なぜこのような悲惨なる改竄が行われてきたのであろうか。

ところが、先日、偶々「中國評論通訊社」のサイト に、"床前明月光"非李白原句 明清兩代做修改 という記事を発見し、我が意を得た思いがした。李白のこの詩の原型は、やはり日本に伝承されたものが本来のものであり、現代中国で採用しているものは改竄されたものだという意見が掲載されていたのである。考証の細部については、いろいろと反対意見もあるかも知れないが、すくなくとも清代以降に流通するようになったテキストを無批判的に受容したことは問題とされるべきであったろう。

2002年に北京で開催された国際会議に行ったときにも痛感したことであるが、共産主義の支配と文化大革命で古典の伝統から切断された現代中国は、かつての自国の文明のルネッサンス(文藝復興)を求める時代になっているのでは無かろうか。ちょうど西欧が古典ギリシャの文明を、アラビヤ語からの重訳を通じて再発見したように、古典時代の中国の遺産が、現代中国にではなく韓国や日本にその古形が、ありしままに保存されている場合があるということに留意しなければなるまい。それは唐詩のようなものだけではなく仏典などについてはなおさら言えるのである。中国には仏典の原典であるサンスクリット語の原テキストが散逸して殆ど残っていないが、法隆寺には般若心経のサンスクリット語のテキストが保存されていたことなど、政治闘争にあけくれた中国では失われたものが日本に残っている例は結構あるのである。

それとともに現代中国で一般化している漢詩の表記についても苦言を呈したい。簡体字を使うことが伝統との断絶をもたらすことは言うまでもないが、更に加えて、中国大陸では、唐詩のような伝統的な詩を表記するのにも、横書きで、句読点( 。)や( , )そして疑問符(?)などを標準的に使っているのである。これも奇妙な話である。とくに(?)のようなローマ字文化圏の記号を使うことなど、古典時代の中国ではあり得ないことであり、こういう無神経なことを平気で行って不思議にも思わないと言う精神こそ、私などにとっては(?)である。
Comment
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ヴァガヴァッド・ギーターを読む

2009-04-25 |  宗教 Religion
[霊魂の不死より無我に徹すべし聖者の歌を非戦に転ず]

 講談社学術文庫から出版されたヴァガヴァッド・ギーターの新訳を読んだ。学術的な散文訳とも言うべき岩波文庫の上村勝彦訳と比較すると、哲学的叙事詩の雰囲気を良く伝える名訳である。この「聖なるものの歌」は、「ニーチェのツァラストラかく語りき」の独文がそうであるように、簡潔にして力強く、そして何よりも音楽的でなければならない。その点では、鎧訳は群を抜いていると思った。学術的な観点から見ても、詳細な索引があり、解説があるのも有り難い。この新訳を契機として、あらためてこの「聖なるものの歌」に惹かれたのである。全体を通じての白眉とも言うべき第2章を、鎧訳を手引きとしつつ読んでみた。ギーターは現代のヒンズー教徒の間でも読み継がれている古典である。

ヴァガヴァッド・ギーターは、インドの国民的叙事詩「マハーバーラタ」の第6巻にあるクリシュナ神と勇者アルジュナの歌う問答体の歌である。日本で言えば、平家物語のような叙事詩的な歌謡といえばわかりやすいだろうか。戦闘を前にして弱気になった戦士アルジュナを勇気づけるために語られたクリシュナ神の教えが、古代インドの宗教思想を背景として、韻律を以て歌われている。いかにもインド的と思うのは、叙事詩の中に哲学的な思索が統合されている点である、すなわち、梵我一如というヴェーダンタの哲学を根本的に特徴づける教えが含まれている点である。たとえば次のような一節がある。

2-16 有ならざる(肉体)に実在無く、有(霊魂)に実在ならざることなし。すべてこの両者の辺際は、真理を観ずる人々により看破せられたり。(鎧訳)

ちなみに原文と英訳(swami Prabhupada) は次の通りである。(サンスクリットのフォント"SuzSktR"が必要)
nAsato vidyate bhAvo nAbhAvo vidyate sataH ubhayor api dRSTo'ntas tu anayos tattva-darSibhiH


Those who are seers of the truth have concluded that of the nonexistent there is no endurance, and of the existent there is no cessation. This seers have concluded by studying the nature of the both.

肉体は真に存在するものではなく、霊魂こそが実在である、といってしまうと単純な霊肉二元論のように響くが、ここは、英訳のように Endurance(存続)しないと訳すのがよいだろう。「あるものはあり、ないものはない」というような単純な同語反復を述べているわけではあるまい。肉体が非有であっても、非有は非有としての存在性をもっているからである。いいかえれば、肉体が仮象であっても、仮象は仮象としての実在性を分有するといって良い。

肉体に生・病・老・死が避けられないということを、誰しもが経験によって知っているある。その意味で、肉体は真実の意味で「有る」とはいえぬものである。しかし、それが真実の意味で「有る」といえないということは、何処から言えるのであろうか。我々は、肉体の可死性をいうときに既に、不生不滅なるものの「有」を知っているのではないか。不生不滅なるものが何であるかはいまだ知らなくとも、それが「有る」ということが言えなければ、肉体がそのようないみでは「有らぬものである」ということを認識できないのではないか。さすれば、肉体の生・病・老・死をあるがままに認識するものは、すでに不生不滅なる何ものかの「有」を認識しているのである。

かかる不生不滅なるものとは、一体何であるのか? ギーターの詩人は、次の節でそれについて以下のように語る。

2-17 願わくは、この一切にあまねく充満彌綸せるもの、そを滅ぶこと無しと知り給わんことを。 この不易なるものの滅びを、何人も為すあたわざれば。
avinAsti tu tad viddhi yena sarvam idaM tatam vinASam avyayasyAsya na kaScit kartum arhati

「一切」の言語はsarvam であるが、これを全世界ととる場合と、この身体ととる場合とで翻訳が二つに分かれる。日本語訳は鎧訳も上村訳も「全世界」ととっているが、英訳では「この身体の全体」ととっている。全世界という意味でとるならばブラフマン(梵)の意味であり、この身体にあまねく充満しているものととれば「アートマン(自己)」であろう。アートマン即ブラフマンであるから、アートマンは、そこにおいてブラフマンが顕現する場である。

2-18 常住にして不滅、無量無辺なる霊魂の、これなる肉体は、限りあるといわる。されば戦うがよし-バラタの御子よ。

不生不滅なるものを霊魂であると素朴に言ってしまうのも哲学的にはもの足りない。「聖なるものの歌」では、まだ「不生不滅の霊魂」が実体化されて表象されている。これは哲学ではなくて叙事詩のもつ限界と言うべきか。

それはともかくとして、ギータの詩人がここで、アルジュナに「戦え」と言っていることについては納得できぬという意見を、私は、アメリカのある友人から聞いたことがある。つまり、これでは、霊魂不死という宗教的教義が、戦争や殺人を肯定する思想に転化しているというのだ。彼が言うには、戦争の無益さを実感したアルジュナのほうが人間的であり、そのヒューマニズムを捨てて、不生不滅の霊魂という、それ自身、論議の余地のある疑わしい宗教的教義のもとに人殺しを奨励するとは許し難いというのである。

たしかに、霊魂が不死であるという教えは、信仰に属する事柄であって、科学的認識には属さない。だから、他者に対してその帰結としての生き方(宗教的な生)を強要するだけの客観的確実性はない。だから、アルジュナが自らの主体性において、アートマンの不死を信じて行為したとすれば、それは一つの首尾一貫した生き方を示したことになろうが、そう言う生き方を万人に強制されたのではたまったものでは無かろう。

「戦え」という勧告は、私にとっては必然性を持たぬものだ。私ならば、一切戦わぬ、という生き方をむしろ選ぶ。しかしながら、世俗から自由となる超越論的な立場に立ちつつも、この世に於ける責務を引き受け、自分自身の持ち場を離れずに、果敢に行為するという生き方は私は正しいと考える。

また、無我を説く仏教と、梵我一如を説くヴェーダンタの哲学の違いも此処に関係するのではないか。仏教では「不殺生」こそが第一の戒律である。梵我一如を素朴に不生不滅の霊魂に結びつけるのではなく、無我説によってそういう自我の実体化を絶対否定したのが仏教である。したがって戦場に於ける名誉などというものはかなぐり捨てて、さっさと戦場から立ち去り、みずからいかなる汚名を着せられようとも頓着しないという態度を薦めることのほうが、戦場で名誉ある戦士として行為せよというよりも遙かに仏教徒らしいと思う。もっとも戦前の禅の老師達の中には、武士道に心酔するものも多く、学徒動員された弟子に対して、立派にお国のために死んでこいと、檄を飛ばした愛国者も多かったのであったが。
Comment
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

般若心経をサンスクリット語で聴く

2009-04-09 |  宗教 Religion
[空性の智は悲となりぬ梵の歌]

 般若心経といえば、日本の寺院では宗派を問わず大切にしていて、誰でもどこかで玄奘の漢訳を日本式に音読みしたものを聴いたことがあるはずである。これは中国でもチベットでも重要視された大乗仏教の初期のテキストであり、原文はサンスクリット語。龍樹の時代にこのテキストがどのように読まれたのかは、おおいに興味があった。「経」はやはり「論」とはちがって読誦するものであろうから。
 しかし、過日、このサンスクリット語の般若心経の歌を聴くことが出来た。寺院での読誦ではなく、現代人の作曲による歌曲であったが、それでも、サンスクリット語の歌詞は伝承されたテキストにほぼ従っており、なかなか印象的であった。もっとも、最初の内は、それが女性のボーカルであったことに驚いたのであったが、もともと般若=プラジュニャーの「心」は、密教では人格化されて女性神として表象されるケースもあったから、或る意味では、女性のほう歌い手としては向いているのかも知れない。とくに最後のマントラの部分の歌唱は秀逸であると思った。この経の語手(歌手)は、このマントラの部分に関する限りは、玄奘訳の「観自在菩薩」であるよりも、羅汁訳の「観世音菩薩」のほうが相応しいような気もした。何故かと云えば、菩薩行というのは、他者を慈悲によって救済する「女性的」な働きであり、それは厳しい求道者であり、旧仏教の絶対否定を行った「観自在菩薩」の智慧の「男性的」働きと相補的な関係にあるものだからだ。 

 智慧と慈悲という大乗仏教の根幹が般若心経に含まれているわけだが、結果にとらわれぬ純一なる慈悲と実践行を導き出すものが、空の智慧である。それにしても、この経典の前半部分の絶対否定のラジカルなところは他に類を見ない。中村元訳によると

「シャーリプトラよ、この世において、全ての存在するものには実体が無いという特性がある。生じたということも無く、滅したということも無く、汚れたものでも無く、汚れを離れたものでも無く、減るということも、増すということも無い。それゆえに、シャーリプトラよ、実体が無いという立場においては、物質的現象も無く、感覚も無く、表象も無く、意志も無く、知識も無い。眼も無く、耳も無く、鼻も無く、舌も無く、身体も無く、心も無く、形も無く、声も無く、香も無く、味も無く、触れられる対象も無く、心の対象も無い。眼の領域から意識の領域に到るまで悉く無いのである。(覚りも無ければ)迷いも無く、(覚りの無くなることも無ければ)迷いが無くなることもない。こうして、ついに、老いも死も無く、老いと死がなくなることも無いということに到るのである。苦しみも、苦しみの原因も、苦しみを制することも、苦しみを制する道も無い。知ることも無く、得るところも無い。」

 これは、龍樹の「中論」と同じく、存在論となった既成仏教(説一切有部)のイデオロギーに対する絶対否定である。西欧哲学が、Onto-theology (存在-神学)の批判ないし脱構築をはじめたのは20世紀以降であるが、大乗仏教は、いうなれば Onto-buddology の批判を2000年前に遂行していたのである。

上の引用文の最後の所は、そこだけを取り出せば、苦集滅道という初期仏教の教えを破壊する者とも捉えられよう。実際に、空や無を唱える仏教徒は、当時の正統派からは、ニヒリストとして批判されたことが、龍樹の書いた論書のそこここに伺われるのである。

 説一切有部の教えは、倶舎論などを読む限り、小乗などと侮ることの出来ない緻密な体系化の試みである。おおよそ言語を以て何事かを説明するためには、なんらかの形で「存在を保つ者」すなわちダルマを立てることが必要である。言語はそのようなダルマを名指すことによって理解しうるものとなるーこれがおそらくは説一切有部の論者が暗黙のうちに前提していた考え方であろう。説くことのできる一切は、「有」としての法=ダルマなのである。

こう考えるならば、説一切有部のダルマ理解が、「三世実有法体恒有(三世(過去・未来・現在)を通じて実在する法の本質は永遠である)」と要約されるのも頷ける。とくに「法体」というところはプラトンのいう永遠的なる存在である「イデア」の考えと通じるところがあるということは多くの西欧の仏教学者によって既に指摘されている。そうすれば、龍樹の批判は、イデア説の批判とも重なる論点を持つであろう。

 もっとも、プラトンのイデアに該当するものは、厳密に言えば、有部の「無為法」であろうし、これに対して、同じく「法」と呼ばれていても、諸行無常によって特徴づけられる「有為法」は、英国経験論で云う諸々の観念(ideas)、すなわち感覚器官によって与えられる原子的なセンスデータおよび反省の観念に対応するだろう。このほかに、実践的な善悪によって価値づけられた「善法」と「不善法」、煩悩にまとわれた「有漏法」と煩悩からの解脱とそのために資する「無漏法」という仏教独自の価値論的な「法」もあるが、とにかく一切の「法」の本質なるものがあり、その本質は永遠であるというところがプラトン的なのである。

 そうしてみると、このようなプラトニズム批判を「空」の場において、実践的かつ直観的に遂行したものが般若心経に要約される初期大乗の立場であり、それをいうなれば絶対否定の「論理の道」によって示したものが「中論」であるということができるだろう。

 中村元によれば、色と空の関係は、玄奘訳では二段に説かれているが、サンスクリット・テキストでは三段に分けて説かれているとのこと。中インド、マガタ国の沙門、法月(Dharma-candra)訳では、「色性是空空性是色。色不異空空不異色。色即是空空即是色。」とあり、唐の沙門智慧輪訳では「色空空性是色。色不異空空不異色。是色即空是空即色」とあるとのことであった。ここは三段に説く方が内容的に興味深い。そのほうが、龍樹「中論」の漢訳「縁起即空、即仮、即中」に依拠した天台智の空・仮・中の三諦説とも繋がりが出てくる。つまり、第一段は「法空」、第二段は「法仮」そして第三段こそが「法中」という「中論」の積極的主張ー帰謬法によって示された破邪即顕正の中道-なのである。この「法中」の立場こそ、法蔵の『心経略疏』にある「色即是空と見て、大智を成じて生死に住せず、空即是色と見て、大悲を成じて涅槃に住せず。」という考えに通ずるものであろう。

 また「行深般若波羅蜜多時」=「智慧の完成を実践していたときに」はサンスクリット語からの直訳では「智慧の完成において行を行じつつあったそのときに」という意味になることも興味をそそられた。道元禅師の「仏法には修證これ一等なり。いまも證上の修なるゆゑに,初心の辧道すなはち本證の全體なり〔正法眼蔵(辧道話)〕を想起したのは私だけであろうか。
Comment
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする