縁側でちょっと一杯 in 別府

東京から別府に移住してきました。
のんびり温泉に浸かり、美味しい魚で一杯。
夢に見た生活を楽しんでいます。

2つのアメリカ ~ 夢や希望を持てる社会と、持てない社会

2017-10-17 21:04:14 | 海外で今
 自分をショットガンで撃ち殺そうとした人間を許しただけでなく、その犯人の死刑に反対する訴えを起こし、さらに犯人の前科のある薬物依存の娘に支援の手を差し伸べた人間がいる、との話を聞いた(ANAND GIRIDHARADAS(2014),"The True American" このテーマで TED のプレゼンもある)。信じられないが、実話である。

 9.11 同時多発テロの10日後、事件は起きた。男は、テロへの怒りから、テロとはまったく関係のないイスラム教徒とおぼしき男をショットガンで撃った。彼にとってはそれが正義だったのである。3人撃ち、2人が死んだ。唯一辛うじて一命を取り留めたのが、バングラデシュからの移民、レイスデン・ブーヤンであった。

 レイスデンは右目の視力を失い、家も職も失いホームレスとなり、そしてフィアンセは彼のもとを去って行った。彼に残ったのは治療費6万ドルの借金だけ。医療保険に入っていなかったのである。
 両親には国に帰って来るよう言われたが、僕には夢があるからと言って彼はアメリカに留まった。彼はアルバイトをしながらITの勉強を続けた。その努力の甲斐があって次第に仕事のレベルは上がり、ついに彼は一流IT企業に就職、数十万ドルの年収を得るまでになった。夢を、アメリカン・ドリームを実現したのである。

 レイスデンが犯人を許したのは成功を手に入れたからではない。イスラムの慈悲の精神もあったが、それ以上にアメリカの現実を知ったことが大きかった。
 彼はバイトの同僚たちを通じて、アメリカには自分が与えられたような第2のチャンスが与えられない人間がたくさんいることを知った。いや、第2はおろか、最初のチャンスすら与えられない人間が如何に多いかを知ったのである。
 貧しいバイト仲間のほとんどは、皆多くのトラウマを抱えていた。両親など家族のアルコールや薬物への依存、DV、犯罪、家庭崩壊、そして自らが麻薬や犯罪に手を染めることも。満足な教育を受けられず、社会常識すら身に付けることができない。そうした家庭環境や社会では、夢や希望を持って生きることなど到底できない。何をやっても、どんなに頑張っても、何も変わらないとの諦めが体に染み付いてしまう。そして、彼らの子供たちも同じようにそこから抜け出すことはできない。
 悲しいかな、これがもう一つのアメリカの現実だとレイスデンは知った。犯人もこの病んだアメリカの犠牲者の一人に過ぎない、これは彼だけの責任ではないとレイスデンは考えたのである。

 レイスデンを撃った犯人ストローマンは、テキサスの貧しい家庭に育った白人である。彼は、母親には金がなかったからお前を中絶できなかったと言われ、荒れた生活を送っては少年院や刑務所に入り、薬物に依存し、そして思いつきで白人至上主義者になった。もっとも、そんなのは彼の周りではざらだったが。

 ところで、アメリカでは近年中産階級が大きく減少している。1970年代には全体の6割強を占めていたが、足下は半分程度まで減っている。中流から下流へと転落する人が多いのである。特に、かつて石炭や鉄鋼など製造業で栄えていた街や、中西部や南部の小さな街で顕著だという。こうした地域では、もはやアメリカン・ドリームは、文字通り、ただの夢に過ぎない。
 彼らには、その多くは労働者階級の白人やその子供たちであるが、政治家や金持ちにいいようにされている、苦しめられているといった被害者意識がとても強い。トランプが大統領選で勝利できたのは、自分は既存の政治家と違い、彼らの味方だと訴えたからであった。しかし、そのトランプにしても、実際のところ有効な解決策はないようだ。

 夢を持ち、明日を信じて生きていける社会と、夢や希望が持てない、あるいは持っても仕方がない社会とに分断されたアメリカ。これが行き過ぎた資本主義の結果なのかもしれないが、いつの日か皆が理解し合い、一つになる日は来るのだろうか。また、アメリカと程度の差こそあれ、これは経済格差が拡大する我が国の問題でもあるだろう。