HAVE A NICE DAY!

徒然なるままに特に音楽の話を中心にあーだこーだと書き連ねます。

オアシス at 大阪城ホール

2005年11月18日 | 洋楽
大阪駅から環状線外回りに乗り、大阪城公園前で降りるのは何年ぶりだろう?イエローモンキーのライブ以来だから相当前だ。六時開場なんだけど、5時前には到着してた。すると当日立ち見券が出てたようですでに行列が・・・。とりあえず、腹ごしらえをして、五時半ぐらいにもどるとすでにグッズ販売がされていたし、来た時よりずっと人があふれていて、いよいよだと心が高鳴る。弟子AがTシャツを買うというのでグッズ売り場へ。それからいよいよ場内へ入る。おもしろい事に入り口でペットボトルの蓋だけ回収するとのこと。めんどくさいから、全部飲みほしてゴミ箱へ・・・これもテロ対策かなんかなのだろうか?

とにかく、席のあるコンサートに行くのは久しぶりだ。何年ぶりといっていいだろう。だいたいはライブハウスなので立ち見だからね。もちろんライブ中はずっと立ちっぱなしだけど、ある程度自分の陣地が確保されているのは風通しもよくいいもんだ(笑)

アリーナ席なのでパイプイスではあったけど、前から2つめのブロックの前の方でしかもステージのほぼ正面だったので、顔の表情も見えるかなりいい席だった。

なんでだろう・・・そこにいるファンの思いがすごく感じられた。「待っていた」という気持ち。皆すごくライブ前にうれしそうな幸せそうな顔つきをしていた。若い人もやや年配の方も皆、なにか厳かなものを待つような感じだった。ぎゃーぎゃー騒ぎ立てている雰囲気はあまりなく、大きな波が来るのを海岸で待っているサーファー達のような静けさがライブ前にはあった。

ところがオアシスが出て来ると一気に皆ハイテンションになり、1曲目からもうすでに酔いしれていた。ステージは電飾がキーボードやアンプやドラムなんかにつけられていて、暗くなるとそれが浮き上がる。でも、なんか控えめで微笑ましいかんじだった。こんなにも世界的にトップクラスのロックバンドなのにちっとも派手じゃない。衣装だって、へたするとふつうのおっちゃんの服みたいだし・・・(ただし、ベースのアンディはちょっとスタイリッシュでかっこよかった・・・「アンディ~」という声もよく飛び交っていた)

本編15曲そしてアンコール4曲とトータル19曲もやってくれたわけで(ってもしかして間違っていたらごめんなさい)とてもうれしかったけど、一方で彼らの曲で好きなのはいっぱいあるからもっと聴きたかった気もする(欲張り?笑)アルバム『Don't believe the truth』をひっさげてのツアーだから、それからの選曲が多かったけど、デビューアルバムからも『モーニンググローリー』からも結構やってくれてうれしかった。

そして「ドントルックバック・・・」もアンコールでやってくれましたよ。そして会場は大合唱!感動に感動の波が押し寄せる。
最後の最後はやっぱり「THE WHO」の「マイジェネレーション」のカバー。本当にオアシスはフ-をリスペクトしているんだね。

リアムもご機嫌だったみたいで、2度も彼のタンバリンを会場にプレゼントしてました。うらやましかったな~(笑)ノエルも最後ステージを去る時にほんと何度も振り返って名残惜しそうにしてくれてうれしかったな~。

もっとライブの中身について詳しく書くべきなのかもしれないけど、それはおそらく音楽雑誌にレビューが載るだろうから、それにお任せしてと・・・

ここでは、私が感じたこと・・・やっぱり世界のトップに立つバンドは音に緻密だったということ。サマーソニックの時は近くでやっていたアレグリアとか近辺の事情とかで音をふつうより抑え気味だったので、かなりストレスがあっただろうけど、今度はきっと自分達の気に入った音を調整したんだろうね。すごくいい音の波が耳に流れてきた。曲から曲へ変わる時も展開が早い。でも、乱れない。計算されつくしているんだろうね。ギターチェンジも頻繁に行われ、いつでもいい状態で弾けるようになっている感じだった。

テレビとかでライブを見ている時には感じられなかった、力強さとオーラがそこにはあった。

人によってはもちろん、オアシスなんてと思う人もいるだろう。でも、そう思う人でも一度は彼らの生のステージを見てほしいとそう思った。決してショービジネスとは違う、泥臭いロックステージを。

*****
(番外編)
コブクロ等のアルバムジャケット写真やアーティストのライブ写真を手掛けていらっしゃるカメラマンの反田さんがお仕事でオアシスのステージを撮りに来られているとの情報を頂いたので「でっかい人」(笑)を探しておりましたが、あれだけの人・・・やっと発見した時はライブが始まる直前でしかも声をかけるには離れ過ぎていたので、御挨拶に参上できませんでした。残念・・・でも、仕事中ということでいつもよりも数倍もシビアな表情でいらっしゃって、そこにカメラマンとしてのオーラが出ておりましたよ。で、ライブ終了後は探しましたがもうわからなくなってました。またどこかのライブ会場でお会いできる日を楽しみにしております。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ドキドキ

2005年11月16日 | 洋楽
あ~いよいよ明日に迫ってきました。オアシスライブ。久しぶりの大阪城ホール。なんと私はこのホールで超有名バンドを今までに2度見たことがあるのです。そう、フレディがいたクイーンが日本で最後にライブをしたのがこの城ホール。そこに私は歴史の証人のごとくおりました。生フレディをこの目で見て、この耳で「ボヘミアンラプソディ」「伝説のチャンピオン」を聴いたのですよ!!!(って自慢してどうする・笑)あとは解散前のイエローモンキーでございます(笑)そして明日はオアシス。なんか夢みたい・・・

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ギターが泣いている

2005年11月15日 | 音楽・映画・本
それは私がへたくそだから。もっと上手く弾いてくれよと泣いているわけ。でも、今日は久しぶりにギターに触れた。ある楽譜を見ていて弾きたくなったから・・・

弾きながら思った。シンプルなコードでもつなぎ方ですごく素敵なメロディを織りなしていくんだな~って。そうビートルズがその見本だよね。シンプルだからこそ、混じりけなしの天然度100%。そこにその作り手の本質が表れる。ある意味自分をさらけ出してしまうんだよね。ごてごて飾りつけない分、女の子でいったら化粧をしてない素っピン状態。でも、そこに美しさがあるわけで、そんな歌を私はその楽譜からもらった気がした。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

little by little☆

2005年11月15日 | 洋楽
アルバム『heathenchemistry』に入っているオアシスの曲。これも私の好きな曲の1つ。

True perfection has to be imperfect~♪

「本当に完璧であるためには不完全でなければならない」

そうだよね。完璧を目指す必要はないんだ。少しづつ自分のペースでいけばいい。
不完全な自分の欠けているものを永遠に探し続けていけばいいんだよね。
天命をまっとうする時に最後のかけらを握りしめられたら幸せな人生だったといえるのかもしれない。それともやっぱり永遠に不完全なのかも。
それもいいかとこの曲をまた聴く・・・

たとえば45分の時間を使ってライブをするとしたら、あなたはどのようなライブを考えるだろう。いっぱい曲をやるか、トークをいれるか、それとも間(マ)を大切にするか・・・
完璧を目指すより、実はちょっとほころびを見せる方が観る人を捕らえるのかもしれない。なんかそう教えてもらったような気がする。
つよがりの人がふと見せる弱さが心をせつなくさせるように・・・

どんな風にバンドやミュージシャンの人はステージの絵を心に描くのだろう。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ビリーの日記

2005年11月15日 | JET KELLY
ビリーといえば、いろんなビリーがいます。ビリー・ジョエルにビリー・ジョ-(グリーンディ)、ビリー・マーティン(グッドシャーロット)にビリー・コ-ガン(ex.スマパン)、ビリー・スクワイアにビリー・シーン(ex.MR.Big)などなど(前にも書いた気がしますが・笑)・・・実は私が子どもの頃やっていたイギリスの子ども番組に出ていた、かわいい女の子の名前がビリーで、私はその時はずっと女の子の名前だと思っていました。でも今は、男女問わずビリーという名前は外国人名の中では好きな名前の1つになりました。

さて、ビリーの日記ということで、ここでのビリーはJET KELLYのベースのビリーさん(本名は山口操さん)のこと。彼の日記はすごくシンプルでへたすると1行日記の時もあるんですが、その一行でなんか心に響くことを書いてくれるんですよ。すごいと思います。読むたびに「すばらしい」と感動します。日常のちょっとしたことを心につなぐ技。もちろん、ボーカルの真田さんやドラムの長尾さんも書かれるんですが、すごいのは皆深い言葉を書かれることです。何気なく、さりげなく。時に笑いもあって・・・とにかく、もっと多くの人に知ってほしいバンドがこのJET KELLYです。

是非、JET KELLYで検索を・・・
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

Don't Look Back In Anger

2005年11月14日 | 洋楽
いよいよ迫ってきたオアシスライブ。なんか気持ちが浮き足立ってきたような(笑)サマーソニックの時はちゃんと覚えきってなかったから、間でごまかしたところもあったけど、今度はちゃんといっしょに歌いたいと只今歌詞を覚えようと必死になっている自分が変(笑)。今日も帰宅後なんか寒いからシチューでも作ろうとじゃがいも切りながら「♪~スリッピンサイ・・・~♪」とついつい歌ってしまい、妙なハイテンションとなる。

ソ~・サリー・キャン・ウエイト・シー・ノウズ・イッツ・トゥ-・レイト~♪

なんか盛上がってきた。自分の中でふつふつと・・・
そしてシチューもぐつぐつと煮込まれてきて、あ~いい感じに。

ドント・ルック・バック・イン・アンガ-・アイ・ハード・ユー・セイ~♪

歌いながら、身の回りやあるいは大きく見て世界中にいろんな嫌なことがあるけど、それを怒りに変えてエネルギーを使う人ではなく、それを少しでも温かい気持ちに変えて人に元気を与える人になりたいなと思った。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

老人の顔

2005年11月13日 | Weblog
人に対して意地悪してきた人や根性の悪い人は年老いた時に顔にその品性が表れると私は思っている。ゆえに、そうならないために、いつも心をきれいにしていきたいと思っている。実際、穏やかな顔の老人を見るとホッとするものね。

しわくちゃでもチャーミングなおばあさんになりたいな。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

偏見と個性

2005年11月13日 | 音楽・映画・本
どうやら私は外見からのんびり屋さんでのほほんとしている人で初対面の人にはぬくぬくと育ってきた人のように思われるみたい。ゆえにTさんのような人からは煙たがられるのかもしれない。

でも、それも個性だと思わない?実際はイタリアで銃口を向けられたこともあったし、あやうくタクシーの運転手にタクシーの中でナンパされてどこかへ連れていかれそうになった時もうまく話術で危険を回避したりして、かなり恐ろしい目をくぐり抜けてきている。結構冒険してきているわけだ。でも、それがあまり外に出ないわけで、なんか損をしている気もしないでもない。

日本の社会というのはちょっと周囲と違った感じの人には冷たい。あるいは同調しない自分というものをもっている人にもそうだ。私はそういうのは嫌だな~。

「こういう人もいるんだな」でどうして終われないのだろう。どうして排除したり仲間はずれにしようとするのだろう。

偏見ということでは、なぜか警察官や教師や医者や自衛官なんかが悪く言われる風潮がある。実際に事件を起こす悪いやつもいるけど、それはほんのひとにぎり。そうそう今話題のNHKにしてもJRにしてもすべてが悪いわけではないよね。

ちょっとNHKの受信料について言わせてもらうけど、払えるだけのお金もっているのに支払わないっていう人に言いたい。絶対にNHKを見るなと・・・だって、払っている人のお金で見ているわけだよ。NHKが悪いからって、それはおかしい。払うのが悪いっていう人に言いたい。民放はスポンサーがつくんだよ。ゆえにいくらでもその力で操作できるんだ。知らぬ間に洗脳できちゃうわけ。それではやはり偏る時があるからこそ、国民がお金を出して、運営する放送局があっていいんじゃないのかな?もちろん、悪いことは悪いわけで、そこをしっかり見る側が改善されるように意見を言えばいいと思う。無闇やたらに悪い悪いで済ますのはずるい。そういう人は大河ドラマもメジャーリーグもトップランナーもポップジャムもオンエアバトルも韓国ドラマも映画も見てはいけないと思う。

私は音楽が好きだから、ストリートなんかでライブしてたりするとうれしくなる。でも、最近は警察がうるさくてなかなかストリートもできないとミュージシャンは嘆いている。もちろん、それは残念だけど、本当に警察はいじわるなのか?それは違うと思う。たとえば大阪なら城天だったり、どこかの公園だったり川の土手だったりでするのはいいと思うけど、人通りの多い駅近くや繁華街だとやはり警察が来るのは仕方がないと思う。それはおそらく10年くらい前ならもっとゆるかったと思うけど、なぜ今警察の取り締まりがきついのか・・・それはテロが起きると大変だからだ。

日本はテロに対する警戒が薄い。ロンドンにいる時は「あ、昨日あそこのデパートの社長がテレビでどこそこの体制批判をしてたから、狙われそうだから近づかないでおこう」とかいつも考えていたからね。実際にテロ事件はあったし。

私の知る人でインディーズのライブによく行っている人がいるんだけど、その人のだんなさまは実はポリスマンだ。ゆえに好きなバンドの人に警察官のことを悪く言われると内心穏やかではないだろうなと思う一方で、だんなさまが厳重警備している時に近くのライブハウスではしゃいでいるのも不思議といえば不思議だ。しかし、そのだんなさまは事件に巻き込まれて過去に名前入りで新聞に載ったことがある。命がけだ。その事件後お会いしたその方は顔中が腫れて痛々しかったし、御家族は本当に心配だっただろうと思う。ゆえに偏見だけで悪口をいうのは避けたいな。

多くの職業人はそれぞれの職場で一生懸命働いているんだよね。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

脱皮

2005年11月12日 | Weblog
私は最近の自分を見ていて、過去の自分ってほんとに自分だったのかと思う事がある。いろんな仕事をしたり、いろんな場所にいったり、いろんな生活をしたりして、そのたびになんか違う自分がいたような気がして、「ほんとにあれはあなただったの?」って過去の自分に問いかけたくなる。

大学時代から回顧して、テニスサークルなんかに入って、ゾロゾロと団体でテニスの後に立ち寄ったカフェにいる自分。写真部で副部長で、頻繁に暗室にこもって写真を現像していた自分。アルバイトで近鉄百貨店で紳士服を売っていた自分。家庭教師として比叡山のお坊さんの子どもさんを教えていた自分。そして、彼とデートしていた自分。

会社に入ると秘書をして、それから希望して企画の部署に移動させてもらった自分。会社の野球部のマネージャーをやらされていた自分。洋楽のロックが好きでライブに通った自分。芝居が好きで劇場に足を運んだ自分。映画の試写会によく当って見に行っていた自分。東映に通ってシナリオを勉強していた自分。会社内のちょっとした小グループで心斎橋あたりでおもしろいことをしていた自分。パントマイムをやっていた自分。

イギリスに留学した自分。帰国して教師になった自分。生徒が可愛かった自分。ラグビー部の顧問(実技の指導は男の先生でそのサポートだったけど)だった自分。生徒指導部だった自分。通勤中に知らない人にみぞ打ちをつかれて、倒れこんだ自分。でも、親切な人に助けられて、大丈夫だった自分。生徒を一人亡くした自分。

体調を崩して、教師職を去り、家で通信教育の講師となり、高校生の英語の添削の仕事をしていた自分。やはり生身の人に会いたくて、塾の講師になった自分。そして、経済的理由から今の会社で働くようになった自分。その合間にやっぱり音楽が好きでライブに足を運ぶ自分。映像を撮るのが好きでそれで音楽のPVやライブ映像のDVDを作る自分。

最近の自分はTさんというおばさんに振り回されるだけの無能な人間のような気がして、なんか昔の自分がうらやましく思える。このまま人生を過ごしていくなんてごめんこうむりたい。

何か始めなければ・・・人生の中で何度人は脱皮できるのだろう?

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ホラーの天才☆

2005年11月12日 | 音楽・映画・本
奈良出身のホラー漫画の第一人者といえば、そう楳図かずおさんですよね。この前、TVで久々に彼を見ました。もう70才なんですね。でも、すごく若く見えて、まだ少年っぽさがしぐさや言動に現れて、チャーミングな人だな~って思いました。

彼の漫画は何冊か子どもの頃読んだことがあります。誰でも小学生の頃って恐いものみたさでそういう漫画がクラスで回ることありませんでしたか?私も自分で持つのは恐いけど、クラスメートが貸してくれたので何冊か読むことができたのです。って先生に見つかったら大変でしたけど、休み時間とかに秘かに読んでいた気がします。その影響か、なぜか私は6年生の時にホラー漫画を描く人となって、違うクラスの子からもノートを渡されて、今度は休み時間にせっせと学校もののホラー漫画を描いてました。なんか売れっ子漫画家のようでしたね(笑)変わりもんですね。もちろん、ふつうの漫画も描いてましたけどね。

でも、実際の私はすごい怖がりだったんですよ。不思議ですよね。

楳図かずおさんはホラーは笑いだと言ってましたが、そういえば、彼の作品は恐いけど、笑えるところもあるんですよね。恐さと笑いの共存って考えるとすごいことですよね。

また、彼はホラーとSFの定義はホラーは屋内で起きる不思議な事でSFは屋外で起きる不思議な事だと語ってました。そしてホラーが起きる屋内はある程度広くないと恐くないから、学校とか大きな屋敷が舞台となるそうです。

なるほどな~って、妙に納得した私です。

これは私の考えですが、「恐怖」と「笑い」というのは実は子どもの頃にたくさん感じる方がいいのではないかと思うのです。もちろん「恐怖」といってもお化けの方の恐怖ですよ。リアリティのある恐怖ではありません。そんなものを子どもの頃から体験してしまうとそれはいけません。

「お化け」話というのは実は知らぬうちに人の命の大事さを教えてくれている気がするのです。人をあやめると化けて出るということで、昔の人たちはそんなに簡単に人をあやめなかった気がするし、特に子どもにはそんな恐ろしいことはできなかった気がします。

なのに最近は10代の子でも平気で人をあやめます。きっと彼らはお化けなんて信じていないのでしょう。

「笑い」話というのは心も体も実は鍛えるのをご存知でしたか?無理にでも笑うとそれだけで心の悩みもだんだんと緩和されていくそうですし、喘息の子なんかは笑うことが体を改善していく対策の1つなんですよ。これは実際にお医者さんから聞いたことなんです。だから、小さい子なんかをこちょばして、笑わせるのは実は大事な事だったりするんですよね。

大人でもむっつりしている人やつらそうな人をこちょばしてみたら、案外笑顔を取り戻すかもしれませんよ。まあ、くれぐれも逆に怒らせない程度に・・・そうなるとホラーですから(笑)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする