がんぼのぶらり紀行

北海道オホーツク遠軽で、昭和時代のお茶の間みたいな食堂 やってる おばちゃんです。

パート再び

2022年12月11日 07時37分52秒 | パートのおばちゃん

【覚え】

12月4日(日) ←電話

12月6日(火) 電話→ 午後0時半電話 当日午後3時面接

12月9日(金) 電話→ 午後7時半 勉強会案内

12月13日(火) 午後6時~ 勉強会予定

初めて連絡して既に十日経過。

そして 不明   仕事開始

前回は翌日には動きがあったのだが、今回の放置状態。

人が余っているのか。一日でも早く仕事を覚えたい&始めたいのに。

「希望者が多いのであなたは不要です」いわれるかもしれへんなぁ・・←なぜか関西弁・・


夜パートを退職~4年10カ月の日々

2019年05月31日 08時06分34秒 | パートのおばちゃん

5月28日。これまでなら、水木曜日の休みに入る前日の火曜日。

遠軽でも超有名店の回るお寿司屋さんの夜パートの勤務最終日として終わらせていただいた。

入院中の母を訪ねる日々、息子が手伝ってくれるようになり再開した、今は、”自身の経営する食堂”、隔週の紋別往復とフリーペーパーの仕事と配達、同僚は向こうの世界へ逝ってしまったが、自営で続けて来たパソコン関連の継続してきた作業。

離婚して十六年。子どもら二人との生活を何とか支えようと、最終的には ”四つの草鞋” をこれまで続けてきたが、朝8時に出勤し、夜11時半に帰宅、午前2時に就寝という重労働に 疲れを感じ始めたのも事実。

手にできるお金は半減するが、子供たちも大人になったし、

仕事に対するプチストレスも、複数 重なると重いもの。

物理的な重労働~15㎏の油とか16㎏の寿司酢とか30㎏の米袋とか運搬ありww~と、精神的な重労働~直接ではないが、間接的巻き込まれ型人間関係~とかで いささか嫌気が生じて来たのも一因かな・・

60を前に、自分の負担を少し間引きしてもいいんじゃないかとこの四カ月 考えるようになっていた。

母のこれからの動向も不明で、説明もなく、不安を抱えたまま、いつ呼び出しがかかるか、仕事先を突然休まなければならないか より、いっそ決まりをつけてしまいたいという末の決断だった。

ほぼ洗い場だった前半二年と、シャリ場を担当させていただいた後半三年。

いつも手を抜くことなく妥協することなく、自分なりに満足・納得する仕事をさせていただいてきたつもり。

シャリ場として最終日。

ガス台天井の油滴も、壁の黄ばみ汚れも、ガス炊飯釜の焦げ付きも、フライヤーの底の油かす取りも、床の小さな米粒集めも、棚上の物入れの整理も食材容器の補充も、毎日洗濯するサラシ干しのシワ伸ばしも、最後の最後まで、きっちりと、きれいに仕上げて来た。

お決まりの終礼がかかり、本来であれば休みの社員さんまで出て来てくれ、けっこうな頭数が揃った中、

本日ラスト担当の副店長から「今日で辞められることになりました。一言を」と、遠慮したにも関わらず皆の前で引きずり出されたのだが、開口一番「四年と十ヶ月、働かせていただきました・・」の言葉のあとは、一気に感情が溢れだし涙涙で一言も喋ることができなかった。

同じ職場で働いてきた娘を手招きし、隠れるようにメソメソ泣きじゃくるばかり。

何度も挨拶を練習してきたのに情けない、ちゃんとしろよ! と思っても、声を出すことがとうとうできなかった。(;^ω^)

やっと「ごめんなさい・・」とだけ話し、列に戻ったが、皆「大丈夫。言いたいことは伝わる」と言ってくれた。

皆からの寄せ書きを頂き、プレゼントをふたつも頂き、集合写真まで撮って頂き、感無量。

仕事がまだ途中だったので、改めて皆に向け「ありがとうございました!」と礼を言い、シャリ場に戻ったが、それからも終礼には出席しなかったパートおばちゃんが次から次へと声をかけに来てくれた。

その都度、泣く泣く (;´∀`) ← 完全に涙腺破壊されたww

全てのシャリ場作業を完璧に終えたあと、普段なかなか出ていくことのなかった 客席・ホールを今一度、ゆっくりと歩き、いろいろな場所に目をとどめ、最後の時を過ごしてきた。

たくさんの想い出とたくさんのお給料を、ありがとうございました。

二日後、まるでパートを辞めるのを待っていたかのように、病院から ”転院が決まったので早めに面談に来るよう” 電話連絡があった。


火傷

2018年11月27日 00時05分19秒 | パートのおばちゃん

朝、目が覚めて、痛みで初めて気が付いた。

どうやら昨夜、仕事中に知らぬうちに火傷をしたらしい。

その後、部分的に水ぶくれの前段階が起こり、気を付けているにも関わらず、「普段もっとも頻繁に使う場所」であるらしく、たびたび、ぶつけ。(--;)

太い足に見えますが、(;^ω^) 左手首のすぐ下。

小さな水ぶくれは破れ。

結論としては、まぁ、何ともなさそうなので様子見。

”跡” は残るだろうが、そんなことを気にする年齢でもなくなったことに苦笑い。


初転び

2017年12月03日 23時44分18秒 | パートのおばちゃん

2~3日前の暖気と雨で融けた雪が再び凍り、その上にふわふわな軽い雪がみっちり降り続き、

「ものすごく滑る。骨折が流行ってる(パート先で二人が滑って転び骨折&休職中)から気をつけてね!」と言われたにも関わらず。

「わかった~!」と返事だけは元気よく。

次の瞬間、左足が滑り、立て直そうとした右足も滑り、とっさに身体を支えようとした左手も滑り。

ドサッ という音に、一緒に歩いていた娘が振り返る。

恥かしさもどこへやら。大の字、仰向けでだらしなく横たわる おばさん。

急ぎ態勢を整え、知らぬ顔して車に乗り込み、自宅へ。

左手指を2~3本、下敷きにしたらしくジンジンするが、数分で収まった。

左手に持っていた白衣の入った大き目バッグがクッションの役割をしてくれたようだ。

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帰宅後、持ち帰った荷物を片づけていたが、メガネがないことに気づく。

頭につけていたはずだが、ない。

もしや転んだ拍子に飛ばしたか。

100円だし、ま、いいや。 ・・・・ ・・・・ 場所が場所(駐車場) 踏まれたら可哀想。この降りでは、明日まで待ったら完全に雪に埋もれ、見つけることは不可能。

助けに行かなきゃ!

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再び大雪の中、車に乗り込みパート先駐車場へ舞い戻る。

運悪く、最後の帰宅メンバーと鉢合わせしそうになり、恥かしい(転んでメガネを飛ばしたんで探しに来たなんて言えないw)ので少し離れた場所で彼らがいなくなるのを待つ。

その間にも雪はズンズン降り積もっていく。

10分ほど待って、メンバーはそれぞれ車で駐車場を出、大通りを曲がって見えなくなった。

懐中電灯を手に、転んだ場所へ近づく。

メガネのツルが、「お願い、助けて、ここよ」と両手を差し出すように 雪に埋もれていた。

無事に救出でき、ホッとひと安心。

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歳もとってきたんだしさ。シャカシャカ歩くのをやめて少し落ち着いたら?ww


【DIY】2つを1つに。 スタイラスペン(タッチペン)

2017年09月20日 19時10分13秒 | パートのおばちゃん

スマホの ”文字打ち” の際、指が太いもんで隣の文字キーに触れてしまい、

毎度、ミスを消すのにイライライライラ・・・

タッチペンは持っているが、ボールペンも必要。

だが、あれもこれも持つのはイヤ。

買うつもりで、お店を探し回ったり、ネット検索を繰り返したりの数日。

少数精鋭を迎えたいが、希望するエリートにはなかなか出会えない。

で、いつもの 「作っちまえ」

持っていたメモ帳用の短いボールペン。

親指でカチカチする部分にスポンジ載せ

ここがうれしいw

自宅に余るほど在庫してるアルミホイルを少~しだけ切り取って巻く。

さらにアルミテープで強化。

立派に、「私の欲しいタッチペン」の出来上がり。*\(^o^)/*

自作スマホケースにセットする、自作タッチペン♪

筆記用具としてのボールペン、スマホ入力用タッチペンが一つにまとまった。

スマホの反応? すこぶる良いですよ! (*^^*)

満足。

今回の経費】0円

私の理想に、また一つステージを上がる。(#´艸`)


息子、今日でパート仕事を終える

2017年07月05日 22時02分43秒 | パートのおばちゃん

一年、問題もなくきちんと仕事をしてくれた。

本当にありがとう。

一緒の時間、とても楽しかった。やる気も出たしね。

一週間後には、別の土地へ行ってしまうね。

寂しいけど、健康には気を使って、やる気を常になくさずに、

仕事を楽しんで下さい。

たまに帰って来るのを、母もばあちゃんも心待ちにしてるよ!


熊本県で震度5強の地震

2017年06月20日 23時41分54秒 | パートのおばちゃん

その1時間前、午後10時くらい。

パート先で厨房の掃除をしながら、何となく

「今、大きな地震がもし起こってしまったら、私はこの場を放り出してすぐさま 母の元へ走る!

仕事? 母の無事を確認出来たら、舞い戻る」

と、自分自身で確認してた。

午後11時前、帰宅。

11時半、PCメールに震度情報のメールが。

九州地方で強い揺れ。震源地は大分県南部。

北海道とは遠く離れているが、

何か予感らしいものがあったのだろうか。


大忙し♡

2017年05月21日 01時20分20秒 | パートのおばちゃん

今年はチューリップの咲き具合がよろしいらしい。

食堂のおばちゃんとしてはありがたい忙しさが続く。

ばあちゃんの負担も大きいから、なるべく自分がカバーできるところは動く。

今 頑張らないとね。

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引き続き入る、夜のパートも結構な状況。

土日は、平日よりも働くパートおばちゃんの頭数が増えるが、それを上回る「トンデモなく忙しい」時間がある。

なんせ売上目標、「一日130万円」とかですから。(;^ω^)

さすがに今日は疲れで音を上げたくなった。(^^; < それでも頑張るワタシ

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午後5時からパートに入る私。

いつもならすぐに、どこかしらの「掃除」を始め、午後8時の時点では80%の作業を終える。

だが、今日のように何かしらイベントがあり、来客が多い忙しい日の場合、

午後8時の時点で 「掃除」の進捗状況 0% という時がある。

しかも 5時から8時まで何もしてないわけではなく、注文対処に忙しいから動き続ける。

掃除なんて、やってるヒマがないのだ。

んでもって、同じ持ち場のおばちゃんが、勤務時間を終えて帰る 8時頃から やっと「掃除」にかかることになり、それから午後11時近くまで継続して「動き続ける」のだ。

もちろんその間、注文が入れば掃除は中断。その分 時間がずれ込んでいく。

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それでも。

そんな状態のなか、「終わらせなければならないこと」「片づけなければならないこと」を、

「一つずつ終わらせる」 「決まりをつける」 のが自分の満足感を埋めてくれる。

入っているシフト ~ 私の場合は午後5時から閉店まで ~が、「終わらせなければ(キレイに決まりをつけなければ)帰ってはいけない」時間帯だから、今の自分に合ってる。

これが、朝から夕方までとかシフトで、終了時間が来たら 担当仕事を途中で放り出して(言葉悪くてスマン。やることはやってるのだから決してそんなことはない!)「お先に失礼します~」 と帰れる人たちがウラヤマシイ。

愚痴をこぼしてみるけど、今一度 言えば、

「大量の道具を全てキレイに片づけて、満足する」快感は、やはり閉店後~ラストの醍醐味だわなw 頑張るよ~(#´艸`)

 

身長 150.0 体重 48.1 体脂肪 21


新しいメニューを

2016年02月07日 00時34分45秒 | パートのおばちゃん

帯状疱疹も治りかけて来たじいちゃんだけど、この数日ちょっと元気がない。

へこまれても困るんだけど。(^^;

人間、そう簡単には死にませんから。(笑)

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昨夜、パートから帰って来てから、ばあちゃんが作ってくれた混ぜご飯を食べながら考えた。

ばあちゃんでなければ、できないことがある。

ばあちゃんだからこそ、できることがある。

(私はヘタだから、あかんわ(;^ω^)

提案した。

無理や無茶は言いたくない。 が、毎週1回、売り切れゴメンでやってみたい。

協力してね。

きっと、いい結果が出ると思う。(^^)v

 


内容掲示

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