アイヌ博物館。
暮らしの中のすべてに「神」が存在するアイヌの世界。
ここでは等身大のジオラマを中心に紹介。
神に祈りをささげるアイヌの人たち。
杯を持ち、幣(へら=さじ)を浸し、神に祈る。そして酒を飲む。
幣(へら)は人間の言葉を神にわかる言葉に変換してくれる道具だったのだそうだ。
冬、狩りをするアイヌの人たち。
罠をしかけて置いたのだろう。 獲物は・・・
冬眠から目覚めた熊。
漁をするアイヌの人たち。
川の神に祈った彼らは、遡上するサケを採る。
アツシ(樹皮衣)を作るための生地を折るアイヌの女性。 今回の一番の目的だ。
もっと近くでじっくりと手に取って見たかったが 「手を触れないでください」 には勝てない。
悔しいがこれ以上は近づけない。
誰もいなくなったのを見計らって、もう少し近くで見たいと地面に手をついたら
手のひらに砂がべったりついてしまった。 こういうところはご丁寧に砂で復元しなくてもアスファルトでいいのに! と思った。(笑)
会場をまんべんなく見せてもらい、集合時間が近づいてきたので、残りの施設を慌ただしく見てきた。
せめてもう1時間あればゆっくりとみて来れるのに。
いつもこんな感じでさびしい限り。
「屋根葺きに使う 『生ヨシ』 を干していた。 本物って初めて見た。
気が付けば、奥にあるチセでもヨシを干している。 さらに家の中では干し終えたヨシをまとめる作業が行われていた。
みんなこうやって時間をかけて、手作業でまめに進めてきたわけだ。
夕暮れが近くなり、あたりが暗くなってきた。
湖に空が写りこみ、きれい。
クマさんの 「あ・うんの像」 って初めて見たかも。 (笑)
ほとんど最初から最後までお互い離れていた同僚と合流。
午後4時前。 集合場所である入口付近。 まだ誰も来ていない。
みんな熱心に見てるんだね、と言いながら、そこで待つことにした。
10分経過。
誰も来ない。 変だと思った。
それほど広い場所ではない。 私たち以外の6人の、一人として姿を見ないとはおかしくないか?
でも集合時間は4時。場所はここ。
決められた以上、動くべきではないよねぇ。。 もう少し待ってみよう。。
さらに5分。 M氏から携帯に電話。
「どこにいるぅ?」
「集合場所でずっと待ってるんですけど誰も来ないんです。」
「もうみんな駐車場にいるぞ」
「は?」
急いで会場を出、駐車場へ向かう。
入口にあった土産物屋さん、ゆっくり見たかったのに。
散々待たせたらしいのでそれもできず。 う~ん残念。
きっと欲しいと思うものがあったと思う。
駐車場で今かと待つ、同乗者のM氏とO氏。
「すみませ~ん!!」と、急いで車のカギを開け、さて、今夜の寝床へ向かう。
天気は上々。 暑くもなく寒くもなく。
ちょうどよい旅。
撮影の作業さえなければなぁ・・・ (^_^;)
白老アイヌ博物館は、博物館としての建物と並び、ステージとなるアイヌの家が数棟並んでいる。
左手には湖が広がり、なかなか素敵なロケーションだ。
さて、コタンコルクルの像の足元に立ってみた。
こうしてみると16メートルはでかいね。(笑)
足元には小さな流れが作られており、よく見るとお賽銭がここにも沈んでいた。
足元は人が通れるくらいの空間ができている。
「くぐったら何かいい事あるかしら」 と、K奥様とくぐってみた。
・・・ クモの巣がひっかかった。 (T_T)
受け付けを終えた皆が口々に、「好きなところを回りたい」ということから、集合時間を午後4時と決め、各自勝手に回ることになった。
そうこうしていると、放送が流れ、イベントが始まるので見る人は一番大きなチセ(アイヌの家)に集まってくださいと。
見ればアイヌ衣装を身に着けた数人が、手招きをしている。
思わず
「1時間に一回ですか?」
と大声で聞けば 「そうです!急いでください。」
そりゃ大変。 まもなく閉館時間になる。 見逃せば次回はいつになるやら。 慌てて走った。
チセの中は囲炉裏を中心に少し大きなステージとなっていて、土間で観客がステージを囲むように見るようになっている。
すぐにイベントが始まった。
最初に女性の挨拶があり、
アイヌの狩りの踊り、
子守唄
天井の梁から木の枝を引っかけ、板をひもで下げた揺り籠に子供を乗せ母が歌い続けるのだ。
鳥のさえずりのような、優しい響きの歌。
次いで、恋人へ思いを綴った楽器の演奏。
ムックリ(口琴)の演奏。
手の動きが早すぎて写真に収められない。設定を変える時間がなかった。
さすがプロ。いい音してた。
最後は皆で輪になって踊る。 時折男性が獣のような声を上げる。
一通り終わった後には、男性がアイヌの暮らしについて説明をしてくれる。
昔と違って今はアイヌも、会場となっている『チセ』での寝泊りはすることなく、
携帯を持ち、暖かい家に帰って美味しいご飯を食べ、ベッドで寝るそうだ。
話がわかりやすくて楽しかった。(笑)
イベントが終了し、『チセ』を出たみんなはそれぞれに見学を始める。
私はすぐに博物館へと足を運ぶ。
夜 ・・・
突然 ・・・
突然、浴室の電球が切れた。
真っ暗。
慌てて娘に声をかけたが、つい今しがたまで台所で焼きそばを作っていた娘から返事がない。
え~~~~!!
我が家は浴室と部屋は隣どうしで、浴室の戸を開けると台所。
そっと扉を開けたがやはり誰もいない。
しかし流しの明かりがついており、しかたなく浴室のドアを開け放したまま、
シャワーカーテンを閉めた状態で入浴を続ける。
先日の民宿での夜の露天風呂を思い出した。
これはこれで風流かも。 ← さっきの慌てようはどこへやら。
浴室の電球はそろそろ寿命がきていたものを、まだ使えるからと再利用していたものだ。
寿命まっとう。 ご苦労様でした。m(_ _)m
空港を後にして走り出す。
ipadで地図を表示させ、おかげで迷うことなく目的地へと進んでいける。
苫小牧市内を通過し右折。 30分ほど走っただろうか。白老の町へ入る。
海沿いの道路を進み、信号から街中へ。
目的の 白老アイヌ記念館はすぐに見つかった。
駐車場へ車を入れ、ビデオとカメラを取り出して皆の後を追う。
K旦那さんがみんなのチケットを取りまとめて買ってくれ、それぞれに渡してくれる。 その間に施設内の看板を皆で見る。
入るとすぐに大きなアイヌの像がある。
足元には小さな滝と賽銭箱。 看板には次の文章が。
コタンコルクルの像 --
この像は和人入植よりはるか昔、白老コタンの礎を築いた先駆者の偉業を偲び、これを永久に讃えるために建立したものです。
右手に捧げているイナウ(御幣)はこの地がますます発展し、またこの地を訪れて下さる多くの方々の旅の安全と幸せをお祈りしております。
像の高さ 16メートル(奈良の大仏と同じ)
像の幅 7メートル(一番広いところ)
材料 FRP(強化プラスチック)
机回りの場を少し広くしたくて、少し配置換えをした。
別々に置いてあった電話機を同じところに配置したのだが、足場が悪かったため、昔使っていたCDスタンドを持ち出した。シルバーのアルミ2段棚を載せ電話機を2台重ねる。
そんなこんなをやっているうち、ちゃっかり箱入り(枠入りか?)娘となったミコト。
フラッシュをたいたので赤目ちゃん。
携帯からスマホに変えたはいいが、文字入力のキーが画面上小さく、指先でポチポチやっても隣のキーにあたったりで結構不便。
ネットで安いタッチペンを探したが、果たしてスマホでちゃんと使えるのか自信が持てず購入足踏み。
2週間ほど前、北見へ行った折に100〇ボルトへ行ってペンを買おうと、コーナーで売っていたのを手にしてレジへと向かいかけた。
だがちょっと気になり、auのカウンターに立っていたお姉さんに「これ、スマホで使えますよね」と聞いたら「いえ、、たぶん使えません。」
・・・ 使えないものを売るなっつぅの。
これはDS(ゲーム機)用でスマホには使えないという。 結局、北見では手に入らず、我慢のおばさんだった。
ところが昨日、紋別M社へ打ち合わせに行った際、先輩さんから「スマホ持っているならこれあげる」と
きゃ~♪ タッチペンじゃないですか~!!
ありがとうございます~! (*^^*)
キャップを外し、伸ばしたところ。
(手が逆ですが)こうしてぽちぽち入力に使います。
話をしているうちに 「4,800円で買った」とポロリ。
そんな高いものを・・ 頂きます。m(_ _)m
大事に使います~。ありがとうございました。
江別市 開拓記念館で「アイヌのくらし」を見学。
さすがにここは建物の規模が違う。
黄色い矢印で示したのが 人の大きさ だ。
展示物もたくさんあり、何度来ても楽しめる。
正午を過ぎ、次の場所 千歳空港 へ向かい、空港内で食事をとる予定だったが、開拓記念館で食事をして行こうということになったらしい。
みんな次へ移動するつもりで館外へ出ていたのだが、館内でお弁当を買うU学芸員とM氏の姿が見え、その後、中2階にあるロビーで買ったお弁当を戴くことになる。
その頃、先に遠軽のアツシ織の作業の際に何度か一緒に作業を進めてくれたS女史が飛び出してきた。
今回 開拓記念館のあるイベントの手伝いでちょうどU学芸員の手伝いをするために来ていたという。 一緒に食事をした。
鶏の炊き込みご飯。 卵焼き、煮物、焼き魚、ひじき、枝豆。
もともと開拓記念館の2階にレストランがあったのだが、赤字経営が続きレストランはなくなったそうだ。
U学芸員に 「赤字覚悟で食堂出してくれる人、いませんか」 と相談された。 (笑)
1時前、U学芸員とS女史は「1時から作業があるので」と退席。
午後1時
館前にて記念撮影。
え? がんぼは 集合写真に写らなくてもいいのかって?
がんぼは後から黒丸枠内で参加します。(笑)
(修学旅行で欠席した子とか、楕円形で写真スミっこに追加された写真、よくあったよね。)
午後2時
千歳空港。
行ったことがあるのは
昭和52年(1977年)34年前だ。 (^_^;) 高校生の時、吹奏楽全国大会へ行くために東京まで。
その後、飛行機に乗ったのは、昭和62年(1987年)24年前。
危篤状態に陥った義父の見舞いのためだったが、当時は女満別空港から直行便が出ており、それに乗った。帰路、娘が飛行機内でトイレのバキューム音に驚き泣き始め、遠軽までの列車内移動6時間近く泣き通しだった記憶しかない。
つまり、これから行こうとしている『新千歳空港』は平成4年(1992年)に完成・供用開始した新しい空港で、私はまだ行ったことがないのだ。
今回は、アツシ織でお世話になっている旭川のK先生の木彫りの作品などが千歳空港の売店に置いてある (15万で値段つけたら売れてしまって、面倒だから25万の値を付けて置いてあるとか。安い値を付けて売れたら困るから25万の値を付けたと?? なんだそりゃ) ので、それを見たい。 ついでに少し見学して、お昼ご飯を食べて、という予定だった。
また、皆が新しくなった千歳空港を見たことがないからという理由で今回スケジュール内に組まれたらしい。
話を聞けば、空港内では迷子になってしまうほどみやげもの売店・施設が充実しているらしいのだ。
まぁ、お昼ご飯は先ほど開拓記念館で食べて来たので、見学だけに時間を費やすことになりそうだ。
写真は千歳空港へまもなくというルート上にあった。 サッカーボールを載せたような灯台のような建造物。
近づくと「気象庁」という文字があった。 観測用のアンテナなのだろうか。
空港前に着き、駐車場へ入るラインの最後尾についたが、すごい車の数。
駐車場はAからCまであり、現在A駐車場へ入るラインにおり、駐車場への入り口まで20台くらいの車がいる。みんな左ウインカーをつけている。
正面にある電光掲示板が見えた。 A駐車場 満車。 ついで少し向こう側にある B駐車の掲示板が 満車 に変わった。
5分経過。 何台か車が駐車場から出てくるが、入ろうとする車の列~がんぼ車が止まっているラインの流れはほとんど移動がない。
さらに数分後。 なた何台か出て行ったが、電光掲示板には変化がない。
前方でウロウロしていた20代中ばとみられる男性が助手席側の窓をコンコンと 「あけてください」ジェスチャーできた。
「この先にC駐車場があります。そちらはまだ空いておりますのでどうぞ。」と、C駐車場とは別らしい、何とかいう駐車場の乗ったチラシを渡されながら話をされた。
このままこのラインにいても恐らく駐車場には入れまい。 そのC駐車場へ進むことにした。
左手には「国内線」の建物、そしてラインを外れて走り出した正面には「国際線」の建物。
運転中で写真を撮れなかったが、この場所だけでも相当大きい。
隣に同僚が「数年前に売店で迷子になった」という。 これだけの大きさなら納得がいく。
C駐車場をめざし走り出したが、いくら行っても駐車場らしいものはない。 延々道路が続く。
「??」
5分ほど走ったろうか。 空港には関係なさそうな距離まで来た頃、数十台の車が止まっている場所が見えてきた。 見れば「C駐車場」 ここから空港まで歩けば、たぶん20分以上かかるだろう。
「どうします?」
「やめよう」
状況を考えると、ここへ車を止め、歩いて空港へ行き、目的のものを見て・・・とすると
予定を1時間以上オーバーすることは明白。そこまで時間の余裕はない。
結局 「新千歳空港見学」 は見送りとなった。 そうそう来れるところではないので残念ではあるが。
憧れの 「エアポート」 は夢を未来へ持って行ってくれた。
↑
書き方ひとつで変わるもんだなぁ(笑)
要するに 見ることができなかった、先延ばしになっただけじゃん。(笑)
午前6時前
同僚が湧別川の写真を撮影後、自宅へ来てくれる。
荷物は昨日のうちに積み終えているので身の回りの荷物だけ持って乗ればよい。
急ぎ湧別川情報を更新し、M氏宅へと迎えに向かう。
M氏宅前に車を止めチャイムを鳴らすとM氏が出てきたが、あら、はずかし、タイツ姿。(笑)
「まだ早いもの」 これから身支度だ。
M奥様が荷造りなど手伝ってくれたが歩くのがやっとという状態。
話を聞けば腰と足が痛んでまともに歩けないという。
結局楽しみにしていた今回の旅行は見送りになってしまった。
う~ん、残念。 みんなによろしくとのM奥様からの伝言を持って、M氏と3人車上の人となる。
午前7時半
白滝にてO氏と合流したのち、白滝から高規格道路に乗り、道の駅しらたきにてもう1台の車と合流。 ここからは連れだって走ることとなる。
今回の参加者はM奥様が欠席となってしまったため8名での旅行となった。
がんぼ車には、がんぼ、同僚、M氏、O氏の4名。
そしてもう1台。
K氏夫妻の車に、W奥様、I奥様が同乗。M奥様はこの車で来るはずだった。
午前9時50分
高規格道路。無料期間は旭川比布まで。そこから先は有料となる。
途中、音江パーキングエリアにてトイレタイム。
普段ならもう少し先へ走って砂川サービスエリア(売店や食堂がある)なのだが、
今回はタイムスケジュールが詰まっている。
余分な時間は取れないため砂川まで行く必要もなく、最低限『用事が足せればよい』のだ。
せっかくなのでここでも一枚。 同じような写真となってしまうが、まぁそんなもんだ。(笑)
午前11時10分
最初の目的地、江別市 開拓記念館へ到着。
ここでは特別展示「アイヌのくらし」を見学。
今回の旅行の目的は、アツシ織に関すること。
樹皮から糸にするために細く裂く。
裂いた樹皮を拠って織物につかう糸にする。
その糸で織られた織物はどんなものがあるのか。
糸も、織物も、昔から伝えられてきた本物はどのようなものなのか。
それを自分の目で確認し、今後の作業に生かすための見学旅行。
だから決して遊びではない。 遊び気分ではない。 絶対に。。。。 実は遊びたいのがホンネ。(笑)
でも写真を撮ったり同僚とビデオを回したり、
やはりドップリと楽しむことはできないのだ。
同じ展示物を 「見る」 行為でも、カメラのファインダーを通してみるのと裸眼で見るのとでは対象物の見方は全く違ってくる。
写真を撮りまくって、帰ってからゆっくり見直す としてもやはりさびしい。
自分の目でしっかり見たうえで写真を撮ってくるのなら満足だが、
それだけの時間も残念ながらない。
そして今回のもう一つの大きな仕事。
私は運転手。 長時間だろうと長距離だろうと運転する自信はある。
M氏から一度は「俺の車で行くか?」と申し出を受けたが、お断りした。
(燃費の悪さは棚上げにして)長距離運転なら尚の事、自分の車で移動したかった。
自分の車が一番楽だからだ。 人様の車の後ろで5時間も6時間も座りっぱなしでいる自信はなかった。
自分の乗り慣れた車で移動できるのが一番だ。
さてさて、江別 開拓記念館では M氏の知人でもあるU学芸員が出迎えてくれた。
これまで作ってきたI奥様のいくつかの作品を「これなら商品になる!」と後押しをして下さった。
I奥様、頑張りましょう。 さすがです!
残念ながら中での撮影は一切アウト。 自分の目でしっかりと見てくるしかない。