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2014年5月12日、数えて六度目の大洗行きを、三泊四日の行程で実施しました。かねて訪れたいと思っていた大洗周辺の二地域、常澄と那珂湊も範囲に含めました。今回の巡礼は、主な移動手段をバスとし、あとは徒歩でゆっくりと回って楽しみたいと考えました。
それで、起点はJR水戸駅北口のバスターミナルとなりました。鹿島臨海鉄道を使わずに大洗へ向かうのは初めてでしたから、新鮮なワクワク感がありました。
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とは言うものの、茨城交通バスの路線網はかなり複雑で、まず水戸駅北口の中村ピルの一階にある茨城交通バスの水戸駅前案内所へ行って色々教えて貰いました。係の方は「大洗へ行くのでしたら、50系統那珂湊行きのバスに乗って下さい、乗り場は3番です」と言い、親切に時刻表と路線案内図まで下さいました。途中で立ち寄りたい場所があることを告げると、「それでしたら52系統の大串公園行きにお乗りになった方が早いですよ、それも3番乗り場からです」と言われ、その足で3番乗り場へ急ぎました。
ちょうど那珂湊駅行きのバスが入ってきましたが、系統番号が28番なので違うようでした。路線図で調べると、大洗を経由して那珂湊へ行くのが50系統で、大洗を経由しないで那珂川沿いに那珂湊へ行くのが28系統だと分かりました。
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時計を見ると8時10分でした。次の50系統のバスは8時39分でしたが、52系統のバスは8時19分なので、52系統に乗れば早く行けるわけです。バス以外は徒歩で移動する計画だったので、20分という時間も貴重でした。とにかく早め早めに行動しよう、と思い、まもなくやってきた52系統のバスに乗りました。乗る際に目的地のバス停名を訊ねると、運転手さんは大きく頷いてくれました。
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パスの整理券です。前回までは鹿島臨海鉄道の切符を記念に撮影していましたが、今回は初めて茨城交通バスの整理券を撮影しました。そういえば水戸駅前案内所で、ガールズ&パンツァー仕様の回数券も扱っていたなあ、と思い出しました。買っとけば良かったかな、と少し後悔しましたが、次の機会もあることなので、その時に改めて購入しよう、と考え直しました。
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バスの車内に貼ってある路線図です。那珂湊営業所管内、とありますので水戸駅発の全ての路線が網羅されているわけではありませんが、それでもかなりの範囲をカバーしているようですね。大洗駅および大洗町全域のバス停が含まれているので、大洗エリアは那珂湊営業所管内に属していることが分かります。
これとは別に、大洗町内を巡回する「海遊号」や「なっちゃん号」がありますから、これらのバスと組み合わせることで効率的に大洗を回る事が出来そうだな、と思いました。
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で、降り立ったのは、「六地蔵入口」というバス停でした。水戸駅から約20分ほど、料金は300円でした。現在は水戸市六反田町となっていますが、かつては東茨城郡常澄村六反田であり、つまりは常澄地域に属します。その常澄の里を手始めに訪ねてみたのでした。
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バス停のある国道51号線から南西方向へと向かう道の脇には「六地蔵入口」の看板が立てられていました。よしここだ、間違いない、と地図を確認しました。
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看板のすぐ下には、「安産守護霊場六地蔵尊参道」と刻まれた標柱が立っていました。常澄地域では最も古い歴史を有する古刹、六地蔵寺への裏参道の入り口であることを示しています。
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早速歩き出しました。奈良に住んでいたころは、週末に歴史散策ハイキングを楽しんでいましたが、その時とあまり変わらない楽しい気分でした。常澄地域は、大洗よりも歴史が古いとされ、現地の長閑な景色にもそれは充分に感じられたからです。
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周囲に広がる水田では、既に田植えも終わっていました。広い青空の下で、雲の流れを映し出す鏡のような田の水面に、点々と稲苗が揺れていました。
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しばらく進むと、左手に鎮守の杜が広がりました。地図で見ると吉田神社でした。吉田神社は常陸国の三宮ですから、その末社は県内至る所に散らばっているそうです。私自身は、吉田神社と聞けば京都のそれを連想してしまいますが、常陸国の三宮の吉田神社との関連は全くないとされているそうです。
でも、京都吉田神社は奈良春日大社の四神を勧請しており、その春日大社四神のうちの第一神は常陸国鹿島の神でありますから、神の系譜上では全く関係が無いわけでもなさそうです。
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吉田神社の杜の脇を抜けて、民家が疎らに点在する田園地域のなかの一本道を辿りました。奈良県の山辺古道とあまり変わらない雰囲気の景色なので、どこか懐かしくもありました。
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景色はだんだんと長閑さを増して、いかにも「常澄の里」という表現があてはまるような感じになっていきました。茨城県の県央地域でも屈指の歴史を誇る古刹を抱く土地ならばでの、情緒ある風景でした。こういう場所をのんびりと散策するのは、とても楽しいことでした。
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バス停から歩いて10分ほどで、最初の目的地である六地蔵寺の裏口に着きました。塀こそ真新しいものでしたが、その内にある杜は鬱蒼とした深みを帯びていて、歴史の古さを思わせました。裏参道から入ったので、境内地の北西隅に突き当たって堂塔伽藍の脇から進む形になりました。 (続く)