「温故知新でいこっ!」(日向美ビタースイーツ)
ボーカル 山形まり花(CV:日高里菜)、春日咲子(CV:山口愛)
収録作品 音楽ゲーム「REFLEC BEAT」「jubeat」「GuitarFreaks」等、サウンドトラック「Chocolate Smile Girls!!」 曲はこちら。

2016年4月30日、鳥取県倉吉市に遊びに行きました。20代後半に三年ほど鳥取市に住んでいた時期に、毎週の休みに遊びに行っていたので、回数のうえでは150回目ぐらいになると思いますが、今回は倉吉をモデルとする「ひなビタ」の聖地巡礼の初回と位置づけましたので、一回目だという気分のほうが強かったです。
あらためまして温故知新でいこっ、ちょっぴり不便も楽しんでいこっ、まわっていこっまわっていこっ、という歌詞のままに、慣れ親しんだ倉吉の町を朝から歩きました。上図は、倉吉市市役所の舞台から見た打吹地区の街並みです。

倉吉市役所の玄関付近です。かつて伯耆国守護所がおかれて中世戦国期を通じて伯耆国の政治の中心となった打吹山の城跡の北麓に位置し、東には打吹公園の広大な園地が広がります。
今回は車で行きまして、町の各所にある観光客用駐車場のうちの、市役所裏手の観光駐車場に停めましたので、散策の起点が打吹公園エリアにあったわけです。

町並みへのメイン入口にあたる、通称「琴桜口」から見上げた打吹山です。街のどこからでも望まれる、倉吉のランドマーク的な存在です。富士山のように整った円錐形の山ですが、周囲にはそういう形の山がありませんので、遠くからでも識別が容易です。
私自身も、倉吉の内外を移動する際に、この打吹山を目印にして位置や方角を知るのが常でした。
時刻は9時23分でした。自宅を7時きっかりに出発して、中国道や米子道などを経ましたが、いつも二時間半ぐらいで行けます。鳥取市に住んでいた頃は、一時間半ぐらいで行きましたが、今では9号線新バイパスが通るので一時間もかからない筈です。

「琴桜口」の角に立つ、地元出身の横綱であった琴桜関の銅像です。「琴桜口」の通称はこれに因んでいるのですが、私が鳥取に居た頃に交流のあった方々との間で便宜的に使っていた通称なので、地図やガイドブック等に「琴桜口」と書かれているわけではありません。
近くには、琴桜関記念館もあり、その生い立ちと活動の軌跡を見学することが出来ます。

「琴桜口」から進んですぐ右手に観光案内所があります。正式名称は「倉吉白壁土蔵群観光案内所」です。古い街並みで知られる打吹地区の入口にあたります。
打吹地区とは、地図では「倉吉市打吹玉川白壁土蔵群」と表記される範囲であり、平成9年に国の重要伝統的建造物群保存地区に選定され、以後十数年をかけて外観の修復および整備が図られてきました。

倉吉白壁土蔵群観光案内所では、観光ガイド、散策マップ、店舗案内、旅館案内、イベントチラシ、等の全ての資料が得られます。倉吉市は昔から観光地としても知られる地域なので、この種の資料は豊富にあります。
観光案内所は、ほかにJR倉吉駅の駅ビル一階にもありますので、電車利用で倉吉に行く観光客はそちらを利用しています。

そして、4月1日からの「ひなビタ」の倉野川市との姉妹都市提携により、巡礼ファン向けに倉野川市住民票の発行窓口も設けられています。
倉野川市は、「ひなビタ」の舞台である架空の町ですが、モデルは倉吉市であり、景色の一部は倉吉のそれをそのまま使っています。そして「ひなビタ」ファンは倉野川市民と称する場合もありますので、その住民票を、姉妹都市の倉吉市が発行するというノリです。

で、私も発行していただき、倉野川市への「転入手続き」をしました。まったくアホですな・・・。
ガルパンの大洗でも住民票発行のイベントがありましたが、そちらはあんこうチームの五人の住民票で、発行時期も限定でした。こちらは自分の氏名と本籍地をそのまま使いますから、自分の住民票になります。嬉しさが全然違います。発行手続きはいつでも何度でも出来る、というのも素晴らしいです。
住所もしっかり「倉野川市鍛冶町1-1701」となりますから、気分はもう倉野川市民、であります。同時に、芽兎めう率いる「ちくわ軍」の一員に列したことになります。

町並み散策に移りました。角の鯛焼き屋兼土産物屋の「りんりんや」の店先には、上図の和合道祖神の木彫像があります。
長野県の信州地域などで同じような石像を見かけますが、こちらは木像ですので、温かみというか、温もりがただよっていて良い雰囲気です。倉吉在住の仏師、山本竜門氏の作品です。

店内に、最初の「ひなビタ」キャラクターパネルを発見しました。これは霜月凛ですね。
霜月凛は、「日向美ビタースイーツ」ではボーカルとギターを担当し、DAWシステムを自宅に持っているために曲のマスタリングやミックスも担当しています。日向美商店街の古書店「霜月書林」の娘で、天神高校三年生、成績トップの才媛です。その声を演じているのは水原薫さんです。
ファンのなかでは「りんりん先生」と呼ばれたりしますが、これはもともとは、芽兎めうが霜月凛をそう呼ぶんですね。たぶん、この通称にあわせて「りんりんや」に置かれることになったのかな、と思います。

付近の街並みです。だいたいこういう感じの外見があちこちにあります。江戸期から昭和初期にかけての時期の様相が、街並み外観の整備基準になっています。

一番古い江戸期の景観は、こういう雰囲気です。この景観が続く通りは、中世から近世にかけて伯耆国の水陸運の要衝となった八橋との連絡路でもあり、八橋往還と呼ばれて街並みのメインルートとなっていました。倉吉を代表する古民家や老舗店舗の大半が、この通りに構えを示しています。

そのなかでも、上図の「元帥酒造」さんは江戸期以来の老舗です。看板商品の酒銘「元帥」は、東郷平八郎が倉吉に立ち寄ってここの酒を賞味したことに因みます。
建物は、いまでは「赤瓦七号館」の通称も持ちますが、江戸期の建築で、嘉永年間(1848~1854年)に元帥酒造が創業されて以来の本店でした。

店の戸口の内側に、二枚目のキャラクターパネルを見つけました。山形まり花ですね。風格ある古商家建築にこういうパネルが置かれていても、さほどに違和感を感じないのが、倉吉の倉吉たるところです。

店先に置かれる大きな福禄寿の木像がひときわ目立ちます。これも山本竜門氏の作になるもので、元帥酒造といえばこの像、といわれるぐらいに知られ親しまれています。
倉吉の街中には、こうした福の神関連の木像が沢山あり、外から自由に見学出来るものだけでも24体を数えます。古い街並み散策のコースの一つに「福の神巡り」があり、こうした木彫の数々を見て回る、という楽しみ方も出来ます。キャラクターパネル巡りの原形のようなものです。 (続く)
ボーカル 山形まり花(CV:日高里菜)、春日咲子(CV:山口愛)
収録作品 音楽ゲーム「REFLEC BEAT」「jubeat」「GuitarFreaks」等、サウンドトラック「Chocolate Smile Girls!!」 曲はこちら。

2016年4月30日、鳥取県倉吉市に遊びに行きました。20代後半に三年ほど鳥取市に住んでいた時期に、毎週の休みに遊びに行っていたので、回数のうえでは150回目ぐらいになると思いますが、今回は倉吉をモデルとする「ひなビタ」の聖地巡礼の初回と位置づけましたので、一回目だという気分のほうが強かったです。
あらためまして温故知新でいこっ、ちょっぴり不便も楽しんでいこっ、まわっていこっまわっていこっ、という歌詞のままに、慣れ親しんだ倉吉の町を朝から歩きました。上図は、倉吉市市役所の舞台から見た打吹地区の街並みです。

倉吉市役所の玄関付近です。かつて伯耆国守護所がおかれて中世戦国期を通じて伯耆国の政治の中心となった打吹山の城跡の北麓に位置し、東には打吹公園の広大な園地が広がります。
今回は車で行きまして、町の各所にある観光客用駐車場のうちの、市役所裏手の観光駐車場に停めましたので、散策の起点が打吹公園エリアにあったわけです。

町並みへのメイン入口にあたる、通称「琴桜口」から見上げた打吹山です。街のどこからでも望まれる、倉吉のランドマーク的な存在です。富士山のように整った円錐形の山ですが、周囲にはそういう形の山がありませんので、遠くからでも識別が容易です。
私自身も、倉吉の内外を移動する際に、この打吹山を目印にして位置や方角を知るのが常でした。
時刻は9時23分でした。自宅を7時きっかりに出発して、中国道や米子道などを経ましたが、いつも二時間半ぐらいで行けます。鳥取市に住んでいた頃は、一時間半ぐらいで行きましたが、今では9号線新バイパスが通るので一時間もかからない筈です。

「琴桜口」の角に立つ、地元出身の横綱であった琴桜関の銅像です。「琴桜口」の通称はこれに因んでいるのですが、私が鳥取に居た頃に交流のあった方々との間で便宜的に使っていた通称なので、地図やガイドブック等に「琴桜口」と書かれているわけではありません。
近くには、琴桜関記念館もあり、その生い立ちと活動の軌跡を見学することが出来ます。

「琴桜口」から進んですぐ右手に観光案内所があります。正式名称は「倉吉白壁土蔵群観光案内所」です。古い街並みで知られる打吹地区の入口にあたります。
打吹地区とは、地図では「倉吉市打吹玉川白壁土蔵群」と表記される範囲であり、平成9年に国の重要伝統的建造物群保存地区に選定され、以後十数年をかけて外観の修復および整備が図られてきました。

倉吉白壁土蔵群観光案内所では、観光ガイド、散策マップ、店舗案内、旅館案内、イベントチラシ、等の全ての資料が得られます。倉吉市は昔から観光地としても知られる地域なので、この種の資料は豊富にあります。
観光案内所は、ほかにJR倉吉駅の駅ビル一階にもありますので、電車利用で倉吉に行く観光客はそちらを利用しています。

そして、4月1日からの「ひなビタ」の倉野川市との姉妹都市提携により、巡礼ファン向けに倉野川市住民票の発行窓口も設けられています。
倉野川市は、「ひなビタ」の舞台である架空の町ですが、モデルは倉吉市であり、景色の一部は倉吉のそれをそのまま使っています。そして「ひなビタ」ファンは倉野川市民と称する場合もありますので、その住民票を、姉妹都市の倉吉市が発行するというノリです。

で、私も発行していただき、倉野川市への「転入手続き」をしました。まったくアホですな・・・。
ガルパンの大洗でも住民票発行のイベントがありましたが、そちらはあんこうチームの五人の住民票で、発行時期も限定でした。こちらは自分の氏名と本籍地をそのまま使いますから、自分の住民票になります。嬉しさが全然違います。発行手続きはいつでも何度でも出来る、というのも素晴らしいです。
住所もしっかり「倉野川市鍛冶町1-1701」となりますから、気分はもう倉野川市民、であります。同時に、芽兎めう率いる「ちくわ軍」の一員に列したことになります。

町並み散策に移りました。角の鯛焼き屋兼土産物屋の「りんりんや」の店先には、上図の和合道祖神の木彫像があります。
長野県の信州地域などで同じような石像を見かけますが、こちらは木像ですので、温かみというか、温もりがただよっていて良い雰囲気です。倉吉在住の仏師、山本竜門氏の作品です。

店内に、最初の「ひなビタ」キャラクターパネルを発見しました。これは霜月凛ですね。
霜月凛は、「日向美ビタースイーツ」ではボーカルとギターを担当し、DAWシステムを自宅に持っているために曲のマスタリングやミックスも担当しています。日向美商店街の古書店「霜月書林」の娘で、天神高校三年生、成績トップの才媛です。その声を演じているのは水原薫さんです。
ファンのなかでは「りんりん先生」と呼ばれたりしますが、これはもともとは、芽兎めうが霜月凛をそう呼ぶんですね。たぶん、この通称にあわせて「りんりんや」に置かれることになったのかな、と思います。

付近の街並みです。だいたいこういう感じの外見があちこちにあります。江戸期から昭和初期にかけての時期の様相が、街並み外観の整備基準になっています。

一番古い江戸期の景観は、こういう雰囲気です。この景観が続く通りは、中世から近世にかけて伯耆国の水陸運の要衝となった八橋との連絡路でもあり、八橋往還と呼ばれて街並みのメインルートとなっていました。倉吉を代表する古民家や老舗店舗の大半が、この通りに構えを示しています。

そのなかでも、上図の「元帥酒造」さんは江戸期以来の老舗です。看板商品の酒銘「元帥」は、東郷平八郎が倉吉に立ち寄ってここの酒を賞味したことに因みます。
建物は、いまでは「赤瓦七号館」の通称も持ちますが、江戸期の建築で、嘉永年間(1848~1854年)に元帥酒造が創業されて以来の本店でした。

店の戸口の内側に、二枚目のキャラクターパネルを見つけました。山形まり花ですね。風格ある古商家建築にこういうパネルが置かれていても、さほどに違和感を感じないのが、倉吉の倉吉たるところです。

店先に置かれる大きな福禄寿の木像がひときわ目立ちます。これも山本竜門氏の作になるもので、元帥酒造といえばこの像、といわれるぐらいに知られ親しまれています。
倉吉の街中には、こうした福の神関連の木像が沢山あり、外から自由に見学出来るものだけでも24体を数えます。古い街並み散策のコースの一つに「福の神巡り」があり、こうした木彫の数々を見て回る、という楽しみ方も出来ます。キャラクターパネル巡りの原形のようなものです。 (続く)