蛇という生き物に、興味がある。
別に蛇が好き、というわけではない。理由はよくわからないが、気になるのである。
いつごろから気になりだしたのかも判然としない。ただ、こんな思い出がある。
子供の頃、母親と二人で山登りに行ったことがあった。頂上に向かう途中、登山道に、出し抜けに蛇が現れた。すると母親は、飛び退いて悲鳴を上げたのだ。
蛇が苦手というのは、別段珍しいことではない。
しかし、小生の母親は、熊本の山の中で生まれ育っているのである。ほんの数件の民家があるばかりで、辺り一帯を自然に覆われた、人間よりも狸と狐の数が多いような、そんな田舎の出なのだ。蛇だって、日常当たり前のように目撃していたはずだ。
「なんでクソ田舎出身のくせして蛇なんか怖がるんだろう」
そのことが不思議でしょうがなかった。
ちなみに、同じ土地で生まれ育った祖母もまた、蛇を苦手としている。
小生自身はそのクソ田舎ではなく、ごく普通の住宅街で生まれているのだが、取り立てて蛇を怖いとは思わない(噛まれるのは怖いけど)。
子供の頃は単純に、「女は男より弱いから、蛇が怖いのだろう」と決めつけていた。しかし、それはやはり単純考えと言わざるを得ない。
では、母と祖母は、なぜ蛇を恐れるのか。
わかりやすい説明としては、「ファルス嫌悪」が挙げられる。
ファルスとは何か。
それは、精神分析学の用語で、平たく言えば「ペニス」のことだが、具体的には「ペニスに象徴される、父権社会での、男にのみ付与された特権全般」のことである。
これだけではわからないと思うので、もう少し説明する。
文明には大きく分けて、父権社会と母権社会がある。
男がその統合の中心にあり、権威・権力・地位などを、ほぼ独占しているか、女よりも優先的に手に入れやすい構造を有しているのが父権社会で、その逆が母権社会だ。
結婚や離婚において、男の側に有利な条件が揃っていたり、姦通や売春行為を犯した際に、罰せられるのは女だけ、という法律がまかり通っていたり、といった歴史的事実を、聞いたことがあるのではないだろうか。
例えば日本だと、同じだけ仕事をこなしていても、男のほうが昇進しやすいだとか、そもそも女は、寿退社することを前提に、男性社員の嫁候補として雇用されるとかの、男女間の不平等がある。
男中心の社会において、能力や努力とは無関係に、男が、ただ男であるというだけの理由で享受できる権利。それがファルスである。そして、ファルスを図像的に指し示すのがペニスなのだ。
精神分析学は、父権社会の中で、父権社会の影響による精神の病を診断する中から生まれた。フロイトの言う「ペニス羨望」、つまり、女がペニスを欲しがる心的欲求は、ファルスに由来する(だったと思う。たぶん)。
あとはもう、説明不要かと思う。
ペニスを蛇に見立てるのは、ポルノでは使い古された手法なわけだが、両者は外形上連想されやすい。
つまり、父権社会において、女性はファルスに嫌悪を抱きやすく、その嫌悪感が、イメージ上の連鎖で蛇嫌いへと転化する、というわけだ。
(後編に続く)
オススメ関連本・鈴木光太郎『増補 オオカミ少女はいなかった――スキャンダラスな心理学』ちくま文庫
別に蛇が好き、というわけではない。理由はよくわからないが、気になるのである。
いつごろから気になりだしたのかも判然としない。ただ、こんな思い出がある。
子供の頃、母親と二人で山登りに行ったことがあった。頂上に向かう途中、登山道に、出し抜けに蛇が現れた。すると母親は、飛び退いて悲鳴を上げたのだ。
蛇が苦手というのは、別段珍しいことではない。
しかし、小生の母親は、熊本の山の中で生まれ育っているのである。ほんの数件の民家があるばかりで、辺り一帯を自然に覆われた、人間よりも狸と狐の数が多いような、そんな田舎の出なのだ。蛇だって、日常当たり前のように目撃していたはずだ。
「なんでクソ田舎出身のくせして蛇なんか怖がるんだろう」
そのことが不思議でしょうがなかった。
ちなみに、同じ土地で生まれ育った祖母もまた、蛇を苦手としている。
小生自身はそのクソ田舎ではなく、ごく普通の住宅街で生まれているのだが、取り立てて蛇を怖いとは思わない(噛まれるのは怖いけど)。
子供の頃は単純に、「女は男より弱いから、蛇が怖いのだろう」と決めつけていた。しかし、それはやはり単純考えと言わざるを得ない。
では、母と祖母は、なぜ蛇を恐れるのか。
わかりやすい説明としては、「ファルス嫌悪」が挙げられる。
ファルスとは何か。
それは、精神分析学の用語で、平たく言えば「ペニス」のことだが、具体的には「ペニスに象徴される、父権社会での、男にのみ付与された特権全般」のことである。
これだけではわからないと思うので、もう少し説明する。
文明には大きく分けて、父権社会と母権社会がある。
男がその統合の中心にあり、権威・権力・地位などを、ほぼ独占しているか、女よりも優先的に手に入れやすい構造を有しているのが父権社会で、その逆が母権社会だ。
結婚や離婚において、男の側に有利な条件が揃っていたり、姦通や売春行為を犯した際に、罰せられるのは女だけ、という法律がまかり通っていたり、といった歴史的事実を、聞いたことがあるのではないだろうか。
例えば日本だと、同じだけ仕事をこなしていても、男のほうが昇進しやすいだとか、そもそも女は、寿退社することを前提に、男性社員の嫁候補として雇用されるとかの、男女間の不平等がある。
男中心の社会において、能力や努力とは無関係に、男が、ただ男であるというだけの理由で享受できる権利。それがファルスである。そして、ファルスを図像的に指し示すのがペニスなのだ。
精神分析学は、父権社会の中で、父権社会の影響による精神の病を診断する中から生まれた。フロイトの言う「ペニス羨望」、つまり、女がペニスを欲しがる心的欲求は、ファルスに由来する(だったと思う。たぶん)。
あとはもう、説明不要かと思う。
ペニスを蛇に見立てるのは、ポルノでは使い古された手法なわけだが、両者は外形上連想されやすい。
つまり、父権社会において、女性はファルスに嫌悪を抱きやすく、その嫌悪感が、イメージ上の連鎖で蛇嫌いへと転化する、というわけだ。
(後編に続く)
オススメ関連本・鈴木光太郎『増補 オオカミ少女はいなかった――スキャンダラスな心理学』ちくま文庫