猫じじいのブログ

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メジャーリーガの大谷翔平の靱帯損傷は防げなかったか

2023-08-25 11:44:10 | 働くこと、生きるということ

きのう、メジャーリーガの大谷翔平は、ダブルヘッダー第1試合に投手兼DHで出場し、わずか26球なげたところで交代した。試合後の検査で、右肘の靱帯損傷がわかった。

私は、大谷の過労による故障から、過労死の問題を連想した。

けさのテレビでは、なぜ、監督が大谷を適度に休ませ、故障を防げなかったに、話が集中された。そのなかで、ひとり、誰だったか覚えていないが、アメリカ社会では故障の大谷個人の責任も問われるだろうと言った。大谷は非常に体調管理に厳しく、あらゆる享楽や友人関係を拒否していたように見える。

むずかしい問題である。

斎藤環・與那覇潤の対談集『心を病んだらいけないの?』(新潮選書)のなかで、日本人のあいだで「承認は職場で仕事を通じて得るものだと、する発想がまだ根強い」と与那覇が問題提起している。いっぽうで、彼は、「勤勉だとされる日本人がその実、潜在的には自分の仕事を憎みだしている」「今日の平均的な日本人にとって、理想のライフスタイルは『働かないで稼ぐ』ことなのでは」と指摘している。

私も、去年「働かないで稼ぐ」という宣伝ビラが東急の電車内で見て、驚いた。資産活用の宣伝である。多数の日本人にとって、「仕事」とは、与那覇のいう通りなのだろう。だからこそ、メディアは、そのアンチである、修行僧のような大谷を称賛したのであろう。

私も、40年以上前、自分の作ったプログラムが市場に売り出されるというので、ひと夏、その仕上げに一人で専念した。無事、日本の市場に売り出されたが、その秋、坐骨神経痛で、足が痺れ歩けない状態になり、1カ月以上、会社を休んだ。上司から病欠でなく有給休暇を出せと言われた。

大谷はトミー・ジョーン手術を受ければ、少なくとも1年は復帰できない、投げれるまでに2,3年はかかるのではないか、という。

問題は、大谷は好きなことをして、故障したということである。それが、個人の責任と言えるかである。あるいは、監督の責任と言えるかである。

大谷は、周りからのヒーロー視に毒されていたとみることができる。誰にもできない努力をして結果をだすことに快楽をみいだしたのは、それが、大谷の承認欲求を満たしたからと考えられる。メディアは、毎日毎日、大谷と騒いでいたが、それに、今回の故障の責任があると思う。

人は、躁状態に陥ったとき、倒れるまで、走り続ける。倒れるまで走ったことを称賛するのではなく、倒れるまえに休むよう説得することが必要である。



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