芭蕉は奥の細道で
那須から殺生石を通って
宿場町芦野へ
そして
田一枚 植えて立去る 柳かな
の句を残している
那須まできたからにはと
白河の関の一歩手前
その芦野が気になり
黒磯から黒田原駅までJRに乗り
そこからバスに乗り継いで
行くことにしたが・・・
バスが
朝晩4本しか運行してなく
途方にくれた
タクシー乗るには距離があり
行くのを断念するか
看板地図の前で
うろうろしていたら
どうしましたかと
駅前に駐車していた
妙齢の女性ドライバー
から声がかかった
大きな声で芭蕉の芦野の里へ行きたいが
バスがないと
それを聞いた
別の女性ドライバーが
芦野へ丁度ゆくから
乗って行きますか?と
嬉しさのあまり
お願いしますと
あたふたと
乗り込んだ
最近は自動車がないと生活できず
バスは少なくなって
よその人には不便になったとか・・・
田圃の中の遊行柳まで
難なくたどり着き
赤い曼珠沙華と
黄金の稲穂の間に
柳がポツンとシンボリックに
のどかな田園風景で
芭蕉はそれを詠んだと・・・
帰りは城下町だつた
芦野集落まで歩き
今は草ぼうぼうの寂れた芦野城跡地
を訪ね
栄枯盛衰を目の当たりにした
タクシーを呼ぼうと
土建屋のおじさんに
聴いたら
こんなところはタクシーは無く
駅から走ってきてまた折り返すから
時間がかかるよと・・・
礼を言ってわかれたが
すぐに車で走ってきて
駅方面に行く用事があるから
乗せていくと・・・
田舎の人々の温かいもてなしで
その親切が嬉しくて
芦野は一生忘れない里となった