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青森市に向かって国道7号線を
走っていたら堀越城跡の表示が
突然目に入った
これは見なければと
急遽立ち寄った
雲ひとつなく
早朝の津軽平野は岩木山を抱き
土豪が眼前に飛び込む
周囲は誰も居ない
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津軽藩初代藩主津軽為信最後の居城
弘前城へ居城を移すまでの17年間
津軽の中心として機能していたと・・・
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曲輪内を7号線が分断して
惜しい
城跡は基礎石だけだが
不思議と昔の面影を
彷彿させ南北朝時代の
楯(館)として築いたらしい
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詳細は不明と
島津藩勢力の行方に興味をはせた
それにしても土嚢が
幾重にもかさなるが
大軍が攻めて来たら
直ぐに陥落してしまうのではと
思うほど緊張感はない
平城で当時は
この防御策でよかったと・・・
詳しく知りたいと
遠くに聳える
立派な茅葺の建物を訪れると
ここが資料館で
江戸末期に建てた津軽の豪農民家を
移築したものだが
残念ながらここも休館
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コロナ禍
飲食店や酒販売はダメだとしても
資料館などは三密も守られ
人も少ないしルールさえ守れば
良さそうなものだが
公的なものは押し並べて
どこも一律に臨時休館
なんか細かい配慮が欠けてる
ような気もするが・・・
うらめしい
を開示するのは、早計すぎるとのこと、開館するには
パートや臨時職員等の再雇用がありますが、今は
まだコロナ禍での休業補填金の法律が生きていて
パート職員は、家で休んでいて失業給付を貰えるため
パートの人が集まらない。とのこと、ついでに会館すると
建物の保守点検両、清掃料、電気量が大きく財政負担が
大きくなる・・との理由で、もう暫く近隣の施設の
開館の様子を見ながら・・とわが町の審議委員は言い訳
をしています。 極めて役人発想で・・どうにも・・
お答えの仕様もありません (≧∇≦) <(_ _)>
できないと・・・