青山潤三の世界・あや子版

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朝と夜のはざまで My Sentimental Journey (第31回)

2011-06-09 20:43:08 | 野生アジサイ




■マルバサツキは、おおむねトカラ列島を中心とした地域に分布します。

九州と台湾の間に連なる南西諸島は、北部の種子島・屋久島、中部の奄美大島・徳之島・沖縄本島、南部の石垣島・西表島といった大きな島々が太平洋に面し、その内側の大陸棚寄りに、小さな島嶼が点在しています。北部は、三島列島からトカラ列島に連なる阿蘇火山帯の延長の島々で、トカラ火山列島とも呼びます。中部では島嶼間の間隔が大きく、途中、硫黄鳥島(別称・奄美鳥島、徳之島の真西に位置しますが、行政的には沖縄県久米島町に所属)を経て、沖縄本島西方の、伊平屋島、伊是名島、粟国島、久米島などに至ります。南部は尖閣列島が相当し、完全に大陸棚上に位置しています。

トカラ火山列島は、北は九州薩摩半島、南は奄美大島に隣接し、途中、屋久島にも大きく近づきます(三島列島黒島まで62km、口永良部島まで13㎞、トカラ列島口之島まで56km)が、いずれの地域とも異なる、独自の生物相を持っています。野生アジサイの一種トカラアジサイ(屋久島産の対応種がヤクシマコンテリギ、日本本土産がガクウツギ、中国大陸産がカラコンテリギやユンナンアジサイ)もその一つで、僕の主要テーマでもあります。「野生アジサイ探索記」とは、このトカラ火山列島を中心とした地域や中国大陸各地への、トカラアジサイやカラコンテリギの探索紀行でもあるのです。

■トカラアジサイの話をする前に、もう一度「野生アジサイ」全体について、簡単に整理しておきましょう。

最初に述べたように、「園芸アジサイ」の母種は伊豆諸島に分布するガクアジサイ、それと同一種で広く日本各地に分布するヤマアジサイを併せたものが、狭義の「真の野生アジサイ」です。種としてのヤマアジサイは、伊豆諸島周辺域のガクアジサイ、北日本産のエゾアジサイ、その他の広い地域に分布するヤマアジサイ、葉に特殊な成分を持つアマチャ、等々の、亜種や変種に分けられています(ガクアジサイとヤマアジサイは一般的には別種として扱われ、ここでの学名は慣例に従ってそのように表記しています)が、実はヤマアジサイやガクアジサイの地域ごとの相関関係は著しく複雑で、現在でも実態はほとんど解明されていません。

 
 
北日本のエゾアジサイは、装飾花が常に濃い青色(写真左上:秋田/岩手県境山地)。関東を中心とした地域は、白い装飾花が基本(下左:八ガ岳山麓、下左:鎌倉、明月院の栽培個体ではなく周辺部の山中に生える在来野生種)。西日本産はより複雑で、ガクアジサイのように色の鮮やかな個体(写真左上:広島/島根県境山地)や、後に述べるガクウツギやコガクウツギとの雑種由来の個体なども、少なからず見られます。

 

ヤマアジサイには、様々な野生の品種があり、アジサイ愛好家によって、それぞれに細かく名前が付けられています。しかし、これらの特徴的な外観の変異は、基本的な分類とは無関係。末端部の変異は、マニアやコレクターによって事細かに調べられ“多くの種類”に“細分”されているわけですが、そのこととは裏腹に、どのような系統関係にあるかなど、基本的な事項は全く分かっていない、というのが実情です。写真の2枚は、愛好家により育てられている野生の品種で、右下の鮮紅の装飾花を持つ個体は、長野県南部などの限られた地域に出現します。

さて、野生アジサイとは、最も狭義には、ヤマアジサイとその近縁種群を指しますが、その他にも、アジサイと名がつき、外観がヤマアジサイに似た、アジサイ属の野生種が、何種かあります。

コアジサイ
タマアジサイ
ヤハズアジサイ
ツルアジサイ(ゴトウヅル)
クサアジサイ(別属)

このうちコアジサイを除いては、血縁的には、ヤマアジサイや園芸アジサイとは大きく離れているのですが、一般には、それらも「野生アジサイ」として認識されています。一般の人々や、アジサイ愛好家にとっては、アジサイ的な外観の、アジサイと名のついた、アジサイ属の種は、類縁関係がどうあろうと、疑いなく“アジサイ”なのです。



タマアジサイ(写真左2枚、山梨県西沢渓谷/群馬県榛名山)は、本州の中部に分布し、東京周辺の低地や山地では、ヤマアジサイ以上に普通に見かけます。おおむね白花のヤマアジサイと異なり、鮮やかな紫色を帯びているため、むしろこちらの方が、“アジサイ”的な印象を醸し出しています。しかし類縁的には真のアジサイとはごく遠い間柄にあることは、何よりも他のアジサイと違って、開花前の花序が球状の苞ですっぽりと覆われてしまうことからも、察しがつきます。種としては、本州中部のほか、飛び離れて伊豆諸島とトカラ火山列島に、2変種(ラセイタタマアジサイとトカラタマアジサイ*1)が分布し、唯一の同属種(*2)、ナガバノタマアジサイが、台湾の山地に分布しています(写真右2枚、太魯渓谷~合歓山間の山腹の断崖にて)。
*1:後で述べる真のアジサイに近縁のトカラアジサイとは別の種で、三島列島黒島とトカラ列島口之島に稀産します。
*2:中国大陸湖北省西部に第3の種が分布している可能性があります。

 

ゴトウヅルは、最近は「ツルアジサイ」の名で呼ばれる傾向が強いのですが、僕は従来通りの「ゴトウヅル」の名で呼び続けています。後述するイワガラミと共に、木や岩を覆う蔓性のアジサイで、北海道(サハリンを含む)から九州(屋久島を含む)までの日本全土の山地に、イワガラミ共々、普通に見ることが出来ます。国外では、台湾と中国大陸に近縁別種のタイワンツルアジサイが分布しています。花序の外観がアジサイ的であることから、タマアジサイ同様に野生アジサイの一つとして扱われますが、やはり類縁的には真のアジサイとは遠縁にあり、どちらかといえば、熱帯アジアや中南米産のアジサイ属の種に類縁性が見出されるようです。写真は、上左が屋久島山頂部(翁岳)の岸壁にへばり付いた大きな株、上右は長野県上高地のオオシラビソの幹に着生した株、写真下は花序(山梨県西沢渓谷)。

真のアジサイとは血縁上かなり離れている、タマアジサイやツルアジサイ(ゴトウヅル)が、一応アジサイ属に含まれ、和名にアジサイの名がつき、一般には紛いなきアジサイの一種と認識されているその一方で、血縁的には明らかなアジサイの仲間なのですが、和名にアジサイの名がつかず、外観もかなり異なるため、一般にはしばしばアジサイとは認識されていない種もあります。

その一つがノリウツギ(より真のアジサイに近いガクウツギについては最後に述べます)。和名にアジサイの名は付かなくとも、少なくてもタマアジサイやツルアジサイよりも、ずっと本物のアジサイに近い存在で、北米大陸東部に在来分布する
アメリカアジサイなどを介して、ヤマアジサイなどとの関連を持つように思われます。

ゴトウヅルやイワガラミ同様、北海道から屋久島に至る日本各地に不変的に見られ、中国大陸にも同じ種が分布しています。花序が円錐状になることから、通常は、他の野生アジサイ各種とは一目で区別がつきますが、中には、他の野生アジサイ同様に平たい花序を持つ個体もあるので、そのような場合には見分けるのは意外に困難です。ただし、開花盛期は、野生アジサイの中で最も遅く、夏の後半になって目にする、薄紫の野生アジサイはタマアジサイ、白い野生アジサイはノリウツギ、と判断して、ほぼ間違いでしょう。











上段3枚はノリウツギ。左端は中国広西壮族自治区南嶺、右2枚は屋久島(中央がノリウツギ一般型の花序の個体、右端は平たい普通のアジサイ的花序の個体)。2段目の2枚もノリウツギ(秋田・岩手県境秋田駒ケ岳)ですが、花序が完全に平坦です。3段目と下段は中国産のノリウツギ近縁種Hydrangea hetelomalla。中国大陸には、ノリウツギそのもののほか、ノリウツギに近縁の花序が平坦な一般のアジサイ型の種が数種あって、四川省や雲南省などでは、おおむね標高2500m付近を境に、それ以下の標高にはHydrangea asperaの一群(僕はオオアジサイと仮称しています、後述)が、以上の標高には、このHydrangea hetelomallaの一群(ミヤマアジサイと仮称)が野生アジサイの主体となります。3段目左は四川省康定、中央は四川省ミニャコンカ、右と下段は雲南省香格里拉、いずれも標高3000m余の地点。

野生アジサイの一種であるノリウツギやガクウツギに冠せられた“ウツギ”という名は、同じアジサイ科でも、アジサイとは全く別の仲間の、バイカウツギ族ウツギ属の日本産の一種の和名です。ノリウツギやガクウツギを含むアジサイの仲間と、ウツギやバイカウツギなどのウツギの仲間には、様々な相違点がありますが、最も分かりやすいのは、ウツギの仲間には装飾花がなく正常化が大きな普通の花であることです。

全体の雰囲気が似ていることと、茎がしばしば中空になる(従って“空木”)ことから、ウツギとは無関係のアジサイの仲間の幾つかの種にも、“ウツギ”の名が冠されているのですが、アジサイよりもさらにずっと類縁の離れた、スイカズラ科
のタニウツギ属やツクバネウツギ属などにも、ウツギの名が冠されています(さらにバラ科のコゴメウツギ、ミツバウツギ科のミツバウツギなど)。



 
本家ウツギ族の種は、日本にはウツギ属のウツギDeutzia crenataやヒメウツギD.gracilisなどに、バイカウツギ属のバイカウツギPhiladelphus satumiを加えた8種が分布していますが、いずれも花は純白です。しかし、中国大陸にはカラフルな種が多数あり、むしろスイカズラ科のタニウツギ属のような趣を呈しています。写真は、Deutzia rehderiana(またはその近縁種)。四川省ミニャコンガ7556mの氷河の末端付近の原生林中にて。


 
スイカズラ科のタニウツギ属は、イメージがとてもウツギに似ています。日本産に関して言えば、本物のウツギの仲間は全て純白なのに対し、タニウツギの仲間はカラフルで、一目で区別がつきますが、中国にはウツギの仲間にも似たような色調の種があるため、ときにこんがらがってしまいます。写真は、やはり中国産で、日本のタニウツギWeigela hortensisの仲間。ハコネウツギW. coraeensisやニシキウツギW. decora同様に、花色が白から赤に変わっていきます。広西壮族自治区と湖南省の省境の山、南山にて。



さて、タマアジサイやツルアジサイ(ゴトウヅル)のように、園芸アジサイの野生種であるガクアジサイやヤマアジサイとは類縁がかなり離れてはいても、一般には野生アジサイの一員として認識されている種がある一方、別の仲間のウツギの名が冠されているノリウツギやガクウツギのように、類縁的にはより真のアジサイに近いにも関わらず、人によっては、アジサイの仲間と思われていないのかも知れない種もある、と書いてきました。

とはいっても、ある程度の植物の知識を有する人ならば、それは誤解で、ノリウツギやガクウツギも、ちゃんと野生アジサイの一員であることは知っているはずです。

しかし、和名にアジサイの名が付かないだけでなく、外観もアジサイとは大きく異なり、なおかつ“学術的に”アジサイ属でもないとなれば、植物をよく知る人々の間でも、まずアジサイの仲間には入れて貰うことは出来ません。それぞれアジサイ属とは別の属に含まれている、イワガラミ、シマユキカズラ、ジョウザン、バイカアマチャ、ギンバイソウなどが、それに相当します。

イワガラミは、蔓性で、葉や株の全体はゴトウヅルに酷似していますが、装飾花が一枚であることなどから、アジサイの仲間とは全く別物として扱われることが一般的でした。でも、基本的な形質を詳細に調べて行くと、装飾花の数をはじめとした幾つかの(外観上は目立つ)末端的な形質と、名前(和名)と、書類上の所属(属名)が異なるだけで、本質的には、他のアジサイ属の種と何ら変わらない、ということが分かります。でもって、イワガラミも、“アジサイの仲間”に加えようじゃないか、と事あるごとに提案してきたのですが、「属が異なるのだから別物」と完全無視、受け入れてもらえないできたのです(「属」を絶対視する傾向は、科学「的」信仰ではあっても、「科学」と相同ではありません)。

ところが、近年になって、分子生物学的な手法(DNAの解析)によって、イワガラミもまぎれもないアジサイの一員であることが立証されました。ほかにも、バイカアマチャやジョウザンなど、これまでアジサイとは外観が大きく異なることから、別の属に置かれていた幾つもの種が、アジサイ属の一員とされてきたタマアジサイやツルアジサイ以上に、真のアジサイに血縁の近い“アジサイの仲間”であることが確認されたのです。

アジサイだけではなく全ての生物において、分子生物学的な解析が行われる以前から、外観に惑わされない基本的な形態の比較により同じような答え(従来の見解とは大きく異なる分類の組み換えの提案)がもたらされていたわけですが、大抵の場合は、一般的常識からすれば余りに突拍子もない組み換えに思えることから、一般への普及は認められないできたのです。しかし、ここにきて“DNAの解析”という錦の御旗によって、一気に新しい見解の側に雪崩れ込んで行きつつあります。

例えば、ジョウザンがアジサイ属の一員であることを完全無視していた人々が、DNA解析の結果、アジサイ属の一員であるどころか、真のアジサイに極めて近縁であること(すでに基本形態面の比較からその事実は指摘されていたのですが)が示されたとたん、慌ててアジサイ属の一員に加えるだけでなく、和名までジョウザンと呼ぶのを止めて“ジョウザンアジサイ”と呼ぶべき、などと主張し始めました。本当に頭が固く、融通のきかない人たちばかりだと、2重の意味で呆れてしまいます。ジョウザン「常山」は古くから伝わる由緒ある呼び名です。名前が違っても、見かけが違っても、同じ仲間は同じ仲間、名前が似ていても、見かけが似ていても、違う仲間は違う仲間、と、柔軟で、かつ確たる信念を、どうして持てないのかと。

 



 
イワガラミ。外観上、装飾花が一枚であることが、他の野生アジサイ各種と大きく異なります。蔓性で、岩や樹木を覆い、花の無い時期には、酷似するゴトウヅル(ツルアジサイ)との区別は困難を極めます。北海道から屋久島に至る日本全土のほか、台湾や中国大陸に近縁の数種が分布しています。また、紀伊半島の一部と奄美大島などには、装飾花を欠く近縁群のシマユキカズラを産しています。写真左2枚は屋久島安房林道、右上は群馬県榛名山、右下は松本市近郊で撮影。




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