どこまで話しましたっけ? 2~3日中断していただけで、分からなくなってしまいました。確か、アジサイ属には入れてもらえないでいるイワガラミだけれど、血縁上は、タマアジサイやツルアジサイといった一部のアジサイ属の種より、むしろ真のアジサイ(ヤマアジサイや園芸アジサイ)に近い、という話でしたね。話があちこちに行ったり来たりなので、何が何だか分からないかも知れません。これまでに話した内容を、もう一度整理しておきましょう。
緑字:園芸種アジサイやその原種「ガクアジサイ」「ヤマアジサイ」にごく類縁が近い種。
青字:一応野生アジサイだが、園芸アジサイや「ヤマアジサイ」との類縁は遠い。
赤字:アジサイとは全く別の仲間。
≪上≫
■園芸植物としての「アジサイ」の由来(伊豆諸島産の野生種「ガクアジサイ」が西洋で改良され日本に里帰り)。
■有名園芸植物の原種で日本の南西諸島に固有分布し、西洋で作成された後、里帰りしたユリ科の「テッポウユリ」。
■伊豆諸島固有種オオシマザクラを母種のひとつとして、日本で作成されたバラ科の園芸植物「サクラ(ソメイヨシノ)」。
【実際の血縁関係と、学術的な命名(学名、殊に属名)および一般的な呼び名(和名)は、必ずしも一致しないという例を、アジサイの仲間の分類で示した表】。
■南西諸島固有種のマルバサツキを母種のひとつとして、日本で作成されたツツジ科の園芸植物「栽培サツキ」。>(附:ヤクシマシャクナゲ)
≪中≫
(附:冒頭部分にマルバサツキとトカラ火山列島の話の続きを)
■園芸植物「アジサイ」「ガクアジサイ(栽培)」の原種の一群、「ガクアジサイ(野生)」「ヤマアジサイ」「エゾアジサイ」。
■アジサイの名は付くが、血縁的にやや離れた野生アジサイ「タマアジサイ」と「ツルアジサイ(ゴトウヅル)」。
■アジサイと名の付かない野生アジサイ「ノリウツギ」。
■アジサイの仲間ではないアジサイ科の「ウツギ」の仲間と、スイカズラ科の「タニウツギ」の仲間。
■一般にはアジサイの仲間に入れてもらえないが、実は正真正銘の野生アジサイのひとつ「イワガラミ」。
↑[ここまでは前回・前々回に紹介済み]
↓[ここからが今回以降の紹介分です]
(下①)
■外観がアジサイに似た、レンプクソウ科の「ガマズミ」の仲間。
(附:北米産の野生アジサイ「アメリカノリノキ(アメリカアジサイ)」)
■装飾花のない野生アジサイ「コアジサイ」。
■アジサイとは別の属とされているものの、実際には「園芸アジサイ」や「ヤマアジサイ」にごく近縁の「ジョウザン」。
■中国の代表的な野生アジサイ「アスぺラ(オオアジサイ)」は、血縁上は「園芸アジサイ」や「ヤマアジサイ」と遠縁。
(下②)
■「園芸アジサイ」や原種の「ガクアジサイ」「ヤマアジサイ」に極めて近縁の、「ガクウツギ」「カラコンテリギ」の一群。
↑僕にとっての『野生アジサイ探索記』とは、この一群の南西諸島や中国大陸などの各種を探索することであります。具体的には、日本本土(東京都以西)の「ガクウツギ」「コガクウツギ」、屋久島の「ヤクシマコンテリギ」、三島列島黒島~口永良部島~トカラ列島口之島ほか~徳之島~沖永良部島~伊平屋島の「トカラアジサイ」、沖縄本島産の「リュウキュウコンテリギ」、石垣島~西表島の「ヤエヤマコンテリギ」、台湾~ルソン島~中国広西壮族自治区北部山地周辺の「カラコンテリギ」、雲南省の「ユンナンアジサイ」の、それぞれの集団の相互関係、および園芸アジサイの原種群「ガクアジサイ」「ヤマアジサイ」や、それに対応する大陸産の野生種ではないかと考えられる「Hydrangea kwangsiensis(広西壮族自治区)」「Hydrangea stylosa(ヒマラヤ東部~雲南省北部」との関連を解明することです。大半の種や地域集団はすでに撮影し終えているのですが、この仲間の全体像を捉えるに当たって非常に重要な位置付けにある伊平屋島のトカラアジサイは、まだ花を撮影していません(これまで冬や夏にしか行っていない)。今年こそ、花の季節(それが丁度今、4月の下旬です)に
に行ってみたいのです。
■外観がアジサイに似た、レンプクソウ科の「ガマズミ」の仲間
イワガラミや、次に紹介するジョウザンなど、一見アジサイらしからぬアジサイ科の種があるのとは逆に、外観がアジサイに良く似た、アジサイ科とは全く無関係のグループの種もあります。その代表が、レンプクソウ科(旧スイカズラ科から分離移動)のガマズミ属Viburnumの種です。手毬花型のタイプ(アジサイの場合同様に園芸化された品種であることが多い)や、額花型のタイプや、小さな花の集まりだけでなるタイプなど、アジサイの場合と軌を一にしています。さらにアジサイ族とは別族のアジサイ科の一群、ウツギ族のような筒状の大型の花のタイプには、従来のスイカズラ科のタニウツギ族が対応する、と言うことも、面白い符合だと思います(前回紹介済み)。
上左:ヤブデマリViburnum plicatum湖南省/広西壮族自治区省境南山2009.5.20、上右:ムシカリ(オオカメノキ)V. furcatum屋久島黒味岳2006.4.27、中左:ガマズミV. dilatatum(の近縁種)湖北省恩施2009.5.5、中左:オオデマリV. plicatum f, plicatum(オオデマリの園芸品種ですがアジサイの場合同様にこちらが基準品種となります)湖北省恩施2009.5.5、上左:V. lantanoidesテネシー州グレートスモーキー・ラコンテ山2005.5.18、下右:ニワトコ属のタイワンソクズSambucus formosana台湾合歓山2006.9.9。新しい分類体系では、従来のオミナエシ科とマツムシソウ科がスイカズラ科に併合され、それに押し出されるような形で、ガマズミ属とニワトコ属がスイカズラ科からレンプクソウ科に移行しました。レンプクソウ科は1科1属1種の究極のマイナーな科だったのですが、これでいくらかはメジャーになったわけです。
北米大陸東部に分布するガマズミ属の種Viburnum lantanoidesを紹介したついでに、同様に北米大陸西部を飛び越して東部のアパラチア山脈周辺地域に分布する、北米産野生アジサイHydrangea arborescensを紹介しておきましょう。「アメリカノリノキ」の名があるように、旧大陸産のノリウツギ(別称ノリノキ)に最も近縁とされていますが、ヤマアジサイとも幾つかの共通点が見られます。旧大陸の真正アジサイに繋がる祖先的形質を共有しているものと思われます。2005.7.22、グレートスモーキー山麓にて。
■装飾花のない野生アジサイ「コアジサイ」
アジサイの話に戻りましょう。日本産の野生アジサイの大半は、グループに関わりなく正常花と装飾花との組み合わせで成っていますが、コアジサイは花序の全てが小さな正常化だけから成っています。装飾花を欠く分、正常花が明るく鮮やかな淡青色をしていて、薄暗い林内で一際目を惹きます。関東地方以西の山地帯に普通に見られ、神戸六甲山のケーブルカーの両側を埋め尽くす群落は、息をのむほど見事です。系統的には、ヤマアジサイ、ガクアジサイや、ガクウツギにごく近縁で、それらと併せた一群を「コアジサイ群」と呼ぶこともあります。
コアジサイHydrangea hirta 山梨県櫛形山2002.6.20
■アジサイとは別属、でも実際には「園芸アジサイ」や「ヤマアジサイ」にごく近縁の「ジョウザン」。
「イワガラミ」の項目で、外観が通常の野生アジサイとは大きく異なり、ためにアジサイとは別属にされているけれども、実際はアジサイの仲間の一員、という話を書きました。この「ジョウザン」も、装飾花を欠くことや、果実が液果に成ることから、アジサイ属とは別属のジョウザン属Dichroaとされてきました。しかし、アジサイの仲間の一員どころか、ヤマアジサイやガクアジサイに非常に近縁な(雑種形成も可)、真のアジサイの一つかも知れない、と言うことが、最近になって判明し出したのです。中国ではポピュラーな植物で、薬用にも利用され、ジョウザンD.febrifugaなど10種程が、熱帯アジアにかけて分布しています。同様に装飾花を欠くコアジサイが繊細な雰囲気を持つのとは対照的に、全体に大振りで、葉も常緑で肉厚ですが、花色はコアジサイと共通します。コアジサイが日本固有種で国外に近縁種が分布しないのと呼応するように、ジョウザンは中国~台湾~熱帯アジアの広い地域に分布しますが、日本には分布していません。なお、ハワイ諸島固有のアジサイ科の低木Broussaisia argutaも、ジョウザン同様、ヤマアジサイのグループに近い存在だと考えられます。
ジョウザンDichroa febrifuga(あるいはユンナンジョウザンD.yunnanennsisかも知れません)。二段目左写真の中央に見える枯れかかったピンクの株はユンナンアジサイHydranngea davidii(後述)。下の写真は液状の果実。いずれも雲南省高黎貢山にて。2005.6.30(果実のみ2006.10.4)
■中国の野生アジサイを代表する「アスぺラ」の仲間
栽培されているアジサイの原種「ガクアジサイ」や「ヤマアジサイ」の一群は、ほぼ日本列島固有(北海道~屋久島、ほかに朝鮮半島南部にも野生が知られています)で、中国大陸には(ほとんど)分布していないようなのです。園芸アジサイは日本に負けないほど人気があって、至る所で栽培されていますが、おそらくは古い時代に日本から(またはユーロッパ経由で)導入され、全土に普及したものだと思います。
ごく一部地域(浙江省など)に、野生ではないだろうか、という記録もありますが、日本から持ち込まれたものの逸出個体が野生化したものなのか、在来個体群が遺存的に分布しているのか、定かではありません。また、福建省など中国東南部の幾つかの地域と、雲南省北部~ヒマラヤ東部から、ヤマアジサイの一群に含めても良いと思われる複数の野生種が報告されていますが、実態は不明です。僕自身、「昆明植物研究所」の標本館に所蔵されている、膨大な数のアジサイ属の標本を現地に泊まり込んで3日がかりでチェックしたことがありますが、見つけ出すことは出来ませんでした。ただ1種、広西壮族自治区北部の山地に分布する、Hydrangea kwangsiensis(僕は「ニセヤナギバアジサイ」と仮称しています、外観はヤマアジサイやガクアジサイとは似ても似つかないのですが、基本的な形質は、ヤマアジサイの一群と一致します)だけが、ヤマアジサイの一群に含まれるものと思われますが、僕はまだ野生の株は実見していません(今年こそ見て見たい)。それ以上のことについては不明。いずれにしろ、中国におけるヤマアジサイの一群は、非常にマイナーな存在であることは、間違いありません。
中国を代表する野生アジサイは、アスぺラ(通常、種名から「アスぺラ」と呼び習わされていますが、僕は「オオアジサイ」の名を提唱したいと考えています)です。真のアジサイに近縁なガクウツギの一群(「カラコンテリギ」「ユンナンアジサイ」)が分布しない地にも広く分布し、同じ地域でも標高ごとに多くの種に分化しているようです。鮮やかな色彩といい、密に装飾花を纏った大きな花序といい、まさに中国の「ガクアジサイ」「ヤマアジサイ」思わせますが、血縁的には、かなり遠縁の一群です。
一般には、日本の「タマアジサイ」と同じ群に含められていますが、小花序ごとに多数の尖った三角型の苞が取り巻くなどの固有の特徴をもち、開花前の花序全体を大きな苞で丸ごと球状に包むタマアジサイとは明瞭に異なり、僕は別群として扱っています。
中国では最も普遍的な野生アジサイですが、なぜか日本には分布していません(四国や九州の山地に稀産するヤハズアジサイが、このグループの一員かも知れない)。台湾には、タマアジサイ群の「ナガバノタマアジサイ」と、アスペラ群の「ヒロハノオオアジサイ」が同じ山に見られ、開花期も同じですが、生育する標高が明らかに異なります(合歓山の中腹では、
前者が標高1000~1500m付近、後者が標高2000~2500m付近、ただし下に写真を紹介した南部山地では、標高1000m余の地点に後者が見られ、必ずしも標高が生育地を決定する要因とはなっていないようにも思われます)。
開花盛期は、カラコンテリギやユンナンアジサイが、日本のガクウツギやヤクシマコンテリギやトカラアジサイ同様、初夏(4月下旬から5月にかけて)なのに対し、夏のさ中から後半(7月下旬から8月)となります。その季節に咲く中国の野生アジサイ(ジョウザンの開花盛期はもう少し早い6~7月)の主役は、以前にも述べましたが、標高2500m付近を境に、それより上部ではノリウツギの一群のミヤマアジサイH.heteromalla、下部ではオオアジサイ(アスぺラ)のグループと言うことになると思います。
このあと一気に(下の2)「ガクウツギ・トカラアジサイ・カラコンテリギ」の項も書いてしまおうと思っていたのだけれど、体調がとてつもなく悪く、一日中意識朦朧としています。今日はここらで終了して、ひと眠りしましょう。
2011.4.15 AM3:00
アスぺラ(オオアジサイ)Hydranngea aspera 四川省成都西方山地(西嶺雪山~二朗山)2009.7.27~8.4。下右(ヒロハノオオアジサイH.longipes)のみ台湾南部山地(霧台)2003.7.9
上左:アスペラの若い花序。小花序の蕾の回りを、先の尖った多数の苞が取り囲んでいます。四川省宝興県2010.8.5
上右:アスペラの子房(果実)、子房は下位で、外面への盛り上がりは見られません。四川省西嶺雪山2009.8.6
下段2枚:アスペラ。ほとんど装飾花のみから成る、手毬型に近い個体です。四川省宝興県北部2010.7.18