BⅠ③オオアジサイ亜群(→アジサイ属アジサイ節タマアジサイ亜節Subsect.Asperae)
中国の野生アジサイを代表する「アスぺラ」の仲間/オオアジサイ
中国の代表的な野生アジサイは、アスぺラ(通常、種名から「アスぺラ」と呼び習わされているが、筆者は「オオアジサイ」の名を提唱したいと考えている)。中国大陸の東部から西南部~西北部にかけての広範囲に分布し、ヒマラヤ地方・インドシナ半島北部・台湾に至る。真のアジサイに近縁なガクウツギの一群(「カラコンテリギ」「ユンナンアジサイ」)が産しない長江の北側を含む地域にも分布、同じ地域でも標高や環境ごとに多くの種に分化しているようである。
鮮やかな色彩といい、密に装飾花を纏った大きな花序といい、まさに中国の「ガクアジサイ」「ヤマアジサイ」を思わせるが、果実などの形状が大きく異なり、血縁的には、かなり遠縁の一群で、広義にはタマアジサイのグループに所属する。しかし、小花序の基部ごとに、先の尖った三角型の苞葉が多数取り巻くなどの固有の特徴をもち、開花前の花序全体を大きな苞で丸ごと球状に包むタマアジサイとは明瞭に異なることから、著者は別亜群として扱うことにした。子房は下位で上面が平坦な杯状。花柱は基部から大きく2(-3)分岐。種子は両端が括れ翼状に広がる。花弁は平開し早落(稀に帽子状に脱落)。花序基部には、しばしば葉柄を欠く一対の葉を備える(苞葉の宿存?)。葉は表裏とも密に毛に覆われ、葉縁の細鋸歯は2重鋸歯となることが多い。多数の種に細分されるが、1~数種に統合する見解もある。開花期は7~8月。台湾産のタイワンオオアジサイは同時期に咲くナガバノタマアジサイより高所(合歓山東面では標高1700~2600m付近)に見られる。
中国では最も普遍的な野生アジサイだが、なぜか日本には分布していない(四国や九州の山地に稀産するヤハズアジサイが、このグループの一員かも知れない)。台湾には、タマアジサイ亜群の「ナガバノタマアジサイ」と、オオアジサイ(アスペラ)亜群の「タイワンオオアジサイ」が同じ山に見られ、開花期も同じだが、生育する標高が明らかに異なる(合歓山の中腹では、前者が標高800~1500m付近、後者が標高1700~2600m付近、ただし下に写真を紹介した南部山地では、標高1000m余の地点に後者が見られ、必ずしも標高が生育地を決定する要因とはなっていないようにも思われる)。
開花盛期は、カラコンテリギやユンナンアジサイが、日本のガクウツギやヤクシマコンテリギやトカラアジサイ同様、初夏(4月下旬から5月にかけて)なのに対し、夏のさ中から後半(7月下旬から8月)となる。その季節に咲く中国の野生アジサイ(ジョウザンの開花盛期はもう少し早い6~7月)の主役は、標高2500m付近を境に、それより上部ではノリウツギ群のミヤマアジサイH.heteromalla、下部ではオオアジサイ(アスぺラ)のグループと言うことになると思う。
写真上:四川省西嶺雪山2009.8.6。左:四川省ミニャコンカ2009.7.4。右:四川省二朗山2009.7.27。いずれも標高1800m前後の地点。
アスペラ類の若い花序。小花序の蕾の回りを、先の尖った多数の苞葉が取り囲んでいる。苞葉は開花盛期には脱落する。
上:四川省宝興県(標高約1200m)2010.8.5、下左:四川省青城山(標高約900m)2003.8.1、下右:台湾合歓山(標高約2300m)2005.8.20。
子房は下位で、外面への顕著な盛り上がりは見られない。下列中左のタイワンオオアジサイ(台湾合歓山2005.8.5)において、その特徴がよく表れているが、上と下列中右のマルバオオアジサイ(四川省西嶺雪山2009.8.6)では、幾分タマアジサイのように子房本体の背縁が盛り上がり気味である。下列左はタイワンオオアジサイの正常花花弁(開きかけ)。下列右はホソバオオアジサイ(四川省西嶺雪山2009.8.6)の正常花と子房。
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アスペラの一群は、中国の多くの地域で、複数の種が標高や環境ごとに混在しているようである。著者は各種の区別点について正確な知識を持ち合わせていず、本書では全てを一括し、アスペラ(オオアジサイ)Hydrangea aspera COMPLEXとして扱っておく(特定できる場合に限り、ホソバオオアジサイ、マルバオオアジサイ、タイワンオオアジサイの名を記した)。さらに中国大陸の多くの地域では、垂直分布の上部付近(おおむね標高2500m以上)で、ノリウツギ群の白花種・ミヤマアジサイHydrangea heteromallaの一群に置き換わるが、花の構造などがアスペラに似ているため、意外に区別が難しい。
それらのことを踏まえ、四川省成都西方山地(西嶺雪山~二朗山、標高1200m~2900m付近)での状況を以下に紹介しておく。