そろそろ山頂に近づいて来ました。
揚城戸跡です。
番所跡です。
右に行くと、岩殿城跡と山頂になります。
左に行って見ました。
ここからもとてもいい眺めになっています。
山頂に行く途中に馬屋跡がありました。
やっと山頂に着きました。
岩殿城の説明がありました。
すごい岩山の上に、戦国時代小山田氏のお城があったのだな~と感心しました。
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清和源氏の血を引き、数百年の歴史を誇った武田氏が、織田・徳川連合軍によって滅ぼされたのは1582(天正十)年3月。
勝頼主従は大和の田野で最後を遂げた。
岩殿城を目指した勝頼一行を阻んだのが城主小山田信茂だった。
「大月市史」はこう書いている。
「岩殿篭城に勝算がなく、主君勝頼の安全を保証する見込みもなくなった今、とる手段はただ一つ、郡内の混乱を未然に防いで自滅から逃れることであった」
「戦国の領主として、彼は家と領土を守り抜く義務があった」
勝頼の死後13日目、信茂と一族は甲府・善光寺で織田信勝によって殺される。
※山梨百名山より
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今では考えられないような、恐ろしい時代だったんだと思いました。
岩殿城跡の案内図です。
山頂まで登ったのは何年ぶりかな~!
山頂から見える大月の町です。
山頂から左側に見える景色です。
中央高速道路が見えます。
流れている川は桂川です。
左の山の上に見える家並みは桂台です。
矢印方面に用水池があるようです。
時間が遅いので行くのはやめます。
岩殿・円通寺跡に行く矢印がありました。
倉屋敷跡
登山道にあった咲き出しそうな花の蕾です。
名前は分りません。
やっと烽火台に着きました。
ここが岩殿山で一番高い所です。
ちょうど5時のチャイムが鳴りました。
早く下まで降りないと・・・
何となく不安になってきました。
本丸跡
岩殿山の一番高い所に本丸があったようです。
烽火台跡のすぐ側にありました。
帰りかけたら、途中にカタクリが咲いていました。
以外な発見でした。
桜をアップで撮りました。
きれいです!
やっとふれあいの館まで降りて来ました。
ちょうど夕日が沈むところでした。
帰り道、夕日を浴びた桜の向こうに、富士山をうっすらと見ることが出来ました。
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これで「岩殿山の桜」は終わります。
最後まで見ていただいてありがとう御座いました。