Sydney Yajima


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10月 11月 そして12月

2009-10-19 15:41:19 | Weblog
あと わずか2ヵ月半で今年も終わる。

鳩山氏が首相になり、一ヶ月がたち、日本中 大騒ぎになって彼を検証しているが、まだ、一ヶ月しか経っていないのに、彼に何ができるのかということを、あまり誰も何も言わず、「ああ あるべき、こう しかるべき。」と忙しく めまぐるしく 騒ぐ。

もうちょっと、様子を見なければ、分からないはずだ。

野党である 自民党も、相当に質が落ちてしまったようで、まるで 自分たちの景気対策が良かったかのようなことを言っている。が、こちらは十分な時間を与えて失敗した 没組 なので、いまさら、公共投資の必要性などといって、国民を振り向かせることができるわけがない。それは秀吉が、公共事業が好きで、聚楽第やら、大阪城を建てて喜んでいたうちに、本人が死んでしまって程なく、様々な変化や内紛、そして 戦争が行われたのに似ているかもしれない。もちろん、当時とは違い、今は、刀や槍で殺し合いをして決めると言う時代ではないにせよ、底辺の人民の共感がなければ、当時とて 侍として大将になり、将軍にまで上り詰めることはできなかったと聞く。今は分かりやすく投票という民意の鏡があるために、より、人民にとって良い政治が行われる仕組みができやすくなってきている。

いずれにせよ、もうあとせめて半年は、様子を見なければ、鳩山政治が良いのか悪いのかなど、分かるはずもないということを、今日は思う。

それにしても、景気対策は難しい。

方法は、しかしないこともない・・・
これは、移民政策をもっと緩やかにすることだ。すると、不動産の値段が上がり、食べ物の値段もあがり、諸物価の高騰がインフレを引き起こし、ビジネスに活気が出てきて日本中にまた、活気が出てくる。

移民は主に、中国と韓国からになるのであろうが、当然 ヨーロッパからもアメリカからも受け入れる。そうなると、渾然とした国際社会 つまり マルチ カルチャリズムができあがり、日本中に様々な国民と文化、人種 言語、宗教が入り込んで、犯罪も増える代わりに、所得と、ビジネスチャンスが増えるだろう。
多分、鳩山政権は最終的にこの方向を模索してくると私は思う。これは下手な公共事業に何兆円使うより、効果がてきめんで、しかも、コントロールが 人数の上限決定と、それぞれの移民のもつポテンシャルということで できやすい。

例えば、中国でお金持ちの中国人といえば、かなりの資産を持っている。彼らを優遇して日本での事業展開を持ちかければ、彼らは日本にやってくるだろう。韓国のエリートたちに日本での永住権を付与すると言えば、きっとやってくるはずだ。オーストラリアもアメリカもヨーロッパからもイスラエルや中東の人たちも、インド人や、ロシア人にも、それぞれ、資産と学歴と職歴で点数をつけて上位の人間に移民許可を与える。日本に不足している看護師などは優先的に入れる。

しかし、ビジネスチャンスは増えるが日本人に落ちこぼれが出てくるかもしれない。彼らは順番に新しい競争社会の枠組みに入れないまま排他されてしまう。犯罪も国際化し、凶暴かつドラッグ問題などの深刻さも出てくるが、それは実際には今でもあるわけだ。警察がより忙しくなるだろうが、それも、仕方のないことと、考えた と したら・・・だ

などなど、問題はあるだろう・・・
それにしても、景気対策として、もっとも早く かつ、有効な手段は移民政策の緩和という大きな日本の転換になるというのは、いみじくも日本が日本人だけのものではないという言葉と、一致するとは思わないか?


語るべきことと、語ってはならないこと

2009-10-18 03:13:16 | 世界情勢
日本には、憲法9条をはじめ、多くの摩訶不思議な問題がある。憲法9条が合憲であると最高裁が判断を出した昭和の後期。
私は、日本を離れた。

当時、中曽根首相が、アメリカに行き、不沈空母の話をし、小田実という作家が涙を流しながら、「あの愚鈍の帝王だと言われていた鈴木首相でさえ、アメリカに行きもっとまともなことを言っていた。世界平和について話していた」と言うのを予備校の教室の中で、20人ほどの若者に混じり、聞いたことがあったかもしれない。また、その小田実というおっちゃんに、文句を言いに行ったことさえあったかもしれない。 遠い過去の若気の記憶を辿ると、恥ずかしいこともたくさんある。

今の時代になって、ふと思う。

あれは、何だったんだろう?
まるで、熱にうなされたように、今何かをしなければならない。とふつふつと感情の奥底でわいていたものは、なんだったのだろう?

当時はそれこそ、自民党の天下だった。日本はバブル前夜で好景気に沸いていて、トヨタは、スープラという500万円を超える3リッターエンジンの車を作り、六本木には、BMWがずらーっと並んで 六本木カローラといわれていた。私は、小田実の話を聞いて、感心したり、不満に感じたりするほど、感受性の強い若者だったはずだが、どこかで、いつのまにか、本来の愚鈍さが芽生えてきて、気がつくと、遊びまわるようになっていた。

ただ、エネルギーを抱えて、そのエネルギーをどこへ向かって吼えれば良いのか?それさえ分からず、ただ一人、様々なことを悩んでいた。多分、いまも、そうなのかもしれない。だから、フリーターと呼ばれる人の気持ちも、社会にどうやって出て行けばいいのか、分からない不器用な人の気持ちも、よくわかる。なぜなら、私自身とても不器用な人間で、とても生きるのがうまい方ではなかったからだ。

小田実の英語の授業は、しかし、今思い返してみても、とてもその後の人生にとって、役に立った。もしあの授業を受けていなければ、今の自分の根本である、英語というものは、おそらく身につかなかっただろう。本来なら、小田実と呼び捨てにするところではなく、小田先生と書くべきところだが、しかし、彼は、単に英語の先生ではなく、ある意味において、日本の歴史的な転換期と混沌とた時期に、社会を斜めに見ながら、つねに憂えていた巨人であったので、あえて、小田実とフルネームで書くのが、正しいように思う。

英語の話に戻るが、英語というのは、どんなにうまく発音が出来るかとか、きれいな文章が書けるかと、言うことではなく、「何を書き、何を読み取るのか?」ということである。と、彼が言っていた言葉は印象的であった。

彼は、自由を愛していた。

私も、もちろん、自由を愛している。
しかし彼の言う自由と、もしかしたら 私の考える自由は、根っこから違うものだったかもしれない。彼は、普遍的なみんなの自由と平和を愛し、それは、理想としてすばらしいものだったかもしれないが、私は、その彼の理想が、彼自身の自由を奪っているように見えて仕方なかった。彼自身の願う理想が、彼自身を蝕んでいったようにさえ思えた。それは、いつも彼が、闘う気持ちを持っていたからかもしれないが、私には とても、時代遅れの機関車が、無理に新幹線のレールを走らせようとしているようにさえみえた。それは それで男の美学としては成り立つかもしれない。だが、どれほど、彼の願う自由と平和が、その当時の私の世代の若者や、その後の若者。もしかしたら、今の若い人たちにとって、理解できるものかどうかは、今でも疑問だ。

彼に言わせたら、「それは君らの勉強不足だよ」と言う事になるかもしれない。

そう、確かに、私たちにとって、マルクスを読むことや、安保の問題を真剣に考えることや、その機会は彼の時代に比べると、あるいは安保闘争の世代や、べ平連の時代の若者(多分、いまは、いいおじいちゃんになっている世代)との隔たりはあるだろう。

ある、大工の友人が言った。かれは無口な男だったが、たまに言う言葉に、いつも核心をついたものがあった。

明治維新で亡くなった志士のような、若者は今はいなくなったと、私が言うと、「それは、そうじゃないですよ」と言う。
「じゃあ、どうだと思う?」と聞くと、彼は
「あれは、その当時の流行だったんじゃないですか。」と言った。

確かに、坂本竜馬も、桂小五郎も、多くの志士たちは、何かの熱にうなされて流行のはしかにかかったような、狂気に包まれた時代の、寵児であったのかもしれない。

小田実も、多分、その時代・・・昭和の戦後という時代の流行の中で生まれた若者としての寵児であったのだろう。

ただ、彼と、長く深いお付き合いをしたわけではなかったが、それでも、なんらかの縁があったことを、今になれば、懐かしく、そして、感謝もしている。

だが、単に流行ですましてしまって、いいものだろうか?と思う。
彼が言っていた言葉に、「明治の時代の人のほうが、今の君たちよりもっと英語が出来たはずだ。福沢諭吉など天才だよ。ああいう人は、一度聞いたら忘れないように出来た頭を持っているんだ。君らも、もっとちゃんと、英語を読めよ。英語の雑誌でも本でも何でもいい。もっと英語を貪欲に読めよ。そして、ただ単に読むなよ。読む以上は、きちんと、その中身を読め。そしてちゃんとその意味を考えろ」
今も、その言葉は私の中に生きている。

私は18歳の自分よりは随分英語が話せるし、読めるし、書ける様にもなったかもしれないが、まだまだ、師の領域には遥に及ばないかな と思う今日この頃である。

憲法9条について、考える・・・か。

まだまだ、ボンクラの私にとって、どこへ向かって、一体 どんなふうに吼えたら良いのか 分からないでいる。

しかし、まだ心の中に ふつふつと沸いてくる気持ちが まだまだ若い頃と変わらず、熱く燃えていることが、自分では厄介だなと思い、もてあましている。

世の中が、理屈よりも経済で動き、そして、世界が理想よりも現実で動いていると私は思う。だから、いくら理想を言っても、仕方ないんじゃなかろうか?と、小田実に食って掛かっても、到底 埋まることの出来ない溝があったということが、今になっても、そこに 横たわっている。

世の中は、私の知る限り、とても汚いものだし、それに、人は私のであった限り、ずいぶんと、自分勝手なもんだ。その自分勝手なのが、自由というものなんだろう。そんな世の中の仕組みを 知っている人間は力を持ち、金を生み、そして、のしあがり、仕組みを分からない人間は労働者となって、働く。プロレタリアート文学のようなことを言うつもりもないが、世の中は、そうなっている。

たまたま、理屈が言える人間が その理屈を支える社会に不満を持った人間たちに共感を得て、本を売って、その本から印税を稼いで、生活をする。なんてことまで、考え始めたら、いろんなことが、どれもこれも偽善に見えてくる。その偽善が嫌だと、言い高士を気取って、海に漕ぎ出してみたなら、水はきれいになっただろうか?結局は、故事の漁師の言うように、「きれいな水で口をすすぎ、少し汚れた水ならば足を洗いましょう」という庶民の知恵が一番賢いのではないだろうか?

日本人は真面目だから、ついつい四角四面に考えて、自分を追い込んでしまう。もうちょっと、いい加減になってもいいと思うんだが、私のようなずぼら者の言うことでは、ちょっと、説得力に欠けるかな・・・





二次元思考の人には理解できないこと

2009-10-16 01:18:16 | フリーメーソン
フリーメーソンというのは、そもそも脈々と受け継がれてきた文化であろう。文化というものは、文明と異なり、すぐには理解しにくい。
例えば、ビジネスのなかで、一番理解しやすいものといえば、モノの売買である。
それはGIVE AND TAKEの二次元の世界で、お金という代償を支払えば、その価値があると思われる品物を手に入れることができるというものだ。
ものすごく 分かりやすく、多くの人は だいたい この次元で生きている。だから、何か新しいものを見たとき、それを、「好き」か「嫌い」の二つに分類するだけで、それ以上は進まない。あるいはすすむ必要もないと 考える。
しかし、人間は二次元で割り切れるほど単純な世界には住んではいないことをもっと深く、様々な角度から考えてみてはどうだろう。

文明は、そもそも人間の様々な文化のうえに成り立っている。例えば日本に、勤勉と言う文化がなければ、プレイステーションもトヨタもアニメーションも生まれる土壌ではなかったはずだ。

人間を飼いならす方法として、(断っておくべきだろうと思うので付け加えるが フリーメーソンがあなたを飼いならしているのではない)一番有効な方法は、彼が単純思考で生きてくれるということである。
一般に、言える事は、教養をつむと、人間は様々な 枝葉にまで渡る細かい思考が、知識の増量とともに起こるので、思考回路は複雑になり、だんだんと二次元思考はできなくなってしまう。
しかもやっかいなことに、ある程度の知識がなければ、その思考回路の複雑な中から生まれてくる冗談のセンスや、揶揄なども理解できないために、二次元思考の人間にとっては、「わけの分からないことで、喜んでる人たち」という認識で終わってしまうのはとても残念なことだ。

二次元思考を求めるのは、社会が多くの単純作業を嬉々として行う人間を必要としているためだと思う。司馬遼太郎先生によると、人間の飼いならしということになるが、古くは宗教であり、韓国では儒教であったりする。
先輩をうやまうという思想は、日本では当然の常識だが、アメリカではそういう飼いならし方をはじめからしていないので、その常識はそのままでは通じない。

最新のマネージメントの方法は、フラットでオーガニックということが、言われている。かつては徹底した管理が、生産性を上げると考えられてきたが、今は北欧の文化を受け入れて、より 各ワーカーが、マネージメントと同様の知識、戦略性と会社への理解をもつことが求められていて、それが良いということになっている。
実際にそういうマネージメント手法を取り入れて成功している企業は少なくない。だが、これなどは、文化の土壌について、もっと詳しく検討してみなければ、すぐに導入することは難しいともされている。それほど 文化というものは、根が深い。

人を見ると、「利用できるか できないか」だけの二次元思考で考える人や、「得か損か」、あるいは、「GIVE & TAKE」の人も、同じで、こういう人たちはこの考えから抜け出すことができない限り、一生 マネージメントに管理を求め、その下で生きることに安心を得る(もちろん 虚構の安心には違いないにしても)。そして、世界に連綿と歴史のなかで息づいてきたフリーメーソンなどに出会うと、例によって「好き」か「嫌い」で割り切り、そしてその二次元しか見れない単純な思考だけに、大きな独断と偏見で、意見を言う。意見を言うけれど、全く 幼稚な意見にしかならない独断と偏見の賜物は、笑ってしまうほど 無責任な上に卑怯である。

この人たちが、フリーメーソンのことを云々する資格がないとは しかし、私は決して言わない。誰にでも、どんなことにでも、首を突っ込んでものを言う権利はある。

しかし、人はもう少し謙虚になってもいいのではないかと思うことはある。

もし、自分が愚かであることを悟った人は、もう愚かではないということを、理解できるならば・・・

AGM シーズン

2009-10-15 23:11:32 | オーストラリア資源
いろんなマイニング会社が、11月にはAGMを執り行う。
AGMとはアニュアル ジェネラル ミーティングの略で、日本で言えば株主総会。私はいくつものAGMに参加したが、荒れる場合とそっけない場合がある。しかし、どちらにせよ、社長は説明責任をきちんと果たす。それが仕事だし、また、その責任をきちんとできなければ、株主から反発が出る。
社長秘書というのは、しかし、どうしてどこの会社も大抵意地悪な感じの年配女性が多いのだろう。教養をつけた女性というのは、知性が美しさに現れてとても素敵になる人と、とても意地悪になる人のどちらかになるように思う。これは、教養以前の問題であるのかもしれないが。

さて、オーストラリアが今後利上げを続けて行うことで、いずれ アメリカドルを抜く日がやってくる。不動産に冷や水をかけてバブル化した価格に喝を入れて、価格是正に向かうことは、短期的には不況を呼ぶことになるかもしれないが、長期的には マーケットの自浄作用としては、必要なことである。

アメリカのダウが10000ポイントを昨日越えたが、私は、アメリカ経済の底は打ったという考えにはまだまだ反対で、まだ二番底、下手をすると三番底も来ると思っている。

ただし これは私の意見。
それよりも、インフレにより、食料価格が急騰し 世界中に飢えの出ることが問題だ。世界人口の20%にあたる10億人にかなり深刻な飢餓状況が訪れることが 大きな問題になっている。

日本にとって 関係のない話だろうか?それとも、おおいに、何かかかわり、その人たちを救い出す方法を考えるべきなのだろうか?

フリーメーソンのミーティング

2009-10-15 03:04:38 | フリーメーソン
フリーメーソンの ミーティングは今も、世界のどこかで休むことなく、行われている。
ミーティングは通常、第一階級からはじまり、第二階級、そして 第三階級へと続く。その日の予定によって、第一階級だけの日もあるし、第三階級まで行くときもある。また、一年に一度は、インストレーションが行われ、新たにポジションが変わるので、そのときは、第三階級以上のところまで、上がる。これは、ここに残ることができるのは、一度はチェアーに座った人間でなければならないので、人数は大分減ってしまう。

ミーティングは、その中心となる人物、ウォーシュフル マスターによって、仕切られる。ロッジの部屋は、多少国によって違いはあるが、ほぼ似たようなものである。(そのうちに、写真を取ってアップしよう)

フリーメーソンの教義には、多くの事象が入っているが、これは、書けない。なぜ書けないのかという質問には、答えない。理由は、書けない、話してはならない、そしてどこにも一切どんな形でも残してはならない。そういう、してはならないことは、してはならないということなのだとしか言いようがない。この、ものすごく単純だが強力な決まりが、フリーメーソンの兄弟の仲を決定的につなげる役目を果たしている。

こんな 団体は他にはないだろう。

どんな 団体にもノームがある。例えば阪神タイガースのファンが、縞模様の服を着たがるように、日本の選手がピンチになると、「にっぽん!!!にっぽん!!!」と応援するオリンピックの観客席にも ノームがある。お互い何の結びつきもなく、名前も知らない同士であっても、これだけの共同作業ができるノームが、スポーツという媒体を通してできあがる。
もちろん、フリーメーソンにもノームがあり、それらは 言語、握手、行動、 様々に現れている。フリーメーソンの人間にとって、その言語、握手、行動は、分かるのだが、入ったばかりのメンバーであったり、あるいは、熱心ではないメンバーにとっても、一般の人と同様にわかりにくいものであろう。 

分かり始めると、いろんな面白いことが理解できるようになる。例えば英語でBBC放送を聞いていても、英語の理解が、変わってくる。放送している人間のほうも、仮にその原稿を書いた本人がメーソンの人間であったなら、絶対にその独特な言い回しを、ついつい随所に使ってしまうものだからだ。

ところで、この英語が厄介者で、一般に通じる英語ではないことが多く、したがって、ネィティブであっても、理解できなかったり、あるいは、発音できなかったりする。まして、日本人が、それを暗記し、理解し、しかもネィティブの人間に対して教義を教え聞かせるなどという段階に来るまでに、一体どのくらいの苦労があったのか、想像してみてはいかがだろう?

世界のどこにいっても、その日から兄弟として受け入れられ、しかも、インテリジェントな人間と、様々なコネクションがあっという間に出来上がるというソサエティーがあったとしたら、それに 入れることのできる程度の知能がある人間にとっては、おそらく、躊躇することもなかったに違いない。



ダイナミック

2009-10-14 22:49:25 | オーストラリア資源
アメリカはオーストラリアに14ビリオンを、不動産に投資している。それはトータルな数字だが、もちろん対オーストラリア投資比率としては世界一だ。
日本はバブルのとき、ゴールドコーストのみを買い捲った。だが、バブルが弾けるのと同時に、そそくさと売ってしまった。

今中国がすごい。個人なのか国単位なのも分からないが、客家とか、華僑という別の国会に属していない単位の出資者もいるため、実態などは不明のまま、ただ分かっていることは、どんどんと今 オーストラリアの、株式、資源、土地が買われているということだ。

中国人にモノを売るということを、オーストラリア保守層は歓迎していない。なぜなら、彼らは有色人種だからだ。そうではない。共産主義国家だからだという人もいるけれど、一枚 一枚 本音を探れば結局は人種差別にいきつくことになる。なぜなら、彼らはイギリスやアメリカが買うことには さして抵抗もしないからだ。共産主義国家が良くないという根拠は、資本主義が弊害を起こすというのと同じほど 具体性と説得力には欠ける。少なくとも、現金を持って買いに来ている相手に対して通じる話ではない。


オーストラリアには、売り手がいることも忘れてはならない。売り手の理論としては、必ず、「オーストラリアの地理的な条件」を出す。地理的に、ここは、アジアだ。
実際、オーストラジアという表現もあるほどで、特に、世界経済を長い目で見ている 例えば、スイス銀行などはそう表記することさえある。

日本が世界第二位の地位を中国に明け渡す日が近づいているが、すぐに、また第二位に返り咲くであろう。なぜならば、世界第一位が中国になり日本がそのときは世界第二位になるであろうからだ。
アメリカでは今日、JPモーガンが予想を上回る結果を出したと発表しているが米ドルの資産価値が下がっているか、下がり始めている今、いくら米ドル単位で数字をあげたところで、虚しいゼロが並ぶだけではないだろうか?

日本は、将来、ハイテクと省エネで勝負するのだから、脱石油とともに、鉱物資源の獲得を全力を入れて行わなければならない。そこにどんなためらいもあってはならない。なぜなら、それこそが、日本の生命線になるからである。アメリカのように金融にのみ走ってはならない。それは同じようにゼロを並べる結果になって終わってしまうからである。私の言うことを疑ってはならない。なぜなら、私は一切あなた方からお金を取らずに とても大切なことを、誠心誠意伝えているからである。

今回の表題は、ダイナミックだ。

ダイナミックな変革というのは、今後やってくる 革命のことだ。
革命は、なにも武力だけで行われるものではない。名誉革命のような政治的な革命もあれば、産業革命のように、ものづくりの社会形態の変化による革命もある。だが、21世紀の革命は違う。それは、エネルギー革命だ。それはある日を境に、ダイナミックに行われるであろう。なぜ、今、羽田空港をハブ化することを大騒ぎしているのか?それはリニアモーターカーが実用化されるということだ。東京大阪間が、67分で行くことができるようになる。時間の短縮はすべてを早める。そう、日本に今、もっとも必要なモノは、石油ではない。電気だ。そしてマグネットである。ネオジウムのほとんどを中国に頼っている現在の状況であるならば、技術と交換する交渉を通じて、中国との連密な関係を築くほうが理にかなっている。それがアメリカの反発を受けたとしても、だ。

アメリカは、もう、マッカーサーの時代のアメリカではないのだ。ジョンウェインのアメリカでもない。今は、世界がより多様な文化のの表面化と そのそれぞれが、融合を繰り返す過渡期に入っているのである。

なぜ、今なのか?
それは、今でなければならないという必然性があるからなのである。

長年眠っていた、獅子。中国がむくりと起き上がった。

人種差別

2009-10-13 22:03:39 | 世界情勢
人種差別と立ち向かうことを、ためらってはならない。なぜなら、日本人は有色人種であり、しかも 有色人種の中では、成功した部類に入るからだ。
私たち日本人はアジア人種であり、有色人種であり、被差別人種になる。
人種差別をする発想の根本は 古くはゲルマン民族から始まる。ゲルマンとは今の英語発音ではジャーマンのことでドイツ人になる。ドイツといえばヒトラーとすぐに思い浮かべる人が多いかもしれないが、アングロサクソンであるイギリス人の大多数も過去に多くの人種差別を行ってきた。もっとも、イギリスとドイツの人種はかなり近いので、例えばイギリス王室はドイツ系の人間だし、かつて、ヨーロッパから世界へと進出していったイギリス系の移民たちによる国々、アメリカ合衆国やオーストラリア連邦などは、今も強く人種差別の問題が深く残っている。
オーストラリアに関して言えば、アメリカよりももっと人種差別はひどいと思われる。もともと文化の似たもの同士であれば、お互い 多少の問題を抱えながらも、兄弟げんかのように、いずれ どこかで収束する。日本と韓国や中国も、お互いどこかで、「まあこの辺で・・・」と落としどころを探りながら、議論をする。それが文化というもので、いずれにせよ箸を使って米のご飯を食べている人間同士の話し合いなのである。

さて、人種差別と戦う方法は、人によってさまざまだろう。

あなたは、どんな風に考えるだろうか?
たとえば、プラカードを持って、「差別反対」と街を練り歩くことで、本当に差別がなくなるだろうか?
新聞広告を出して、「差別をなくそう」といって、どのくらい効果があるだろう?
一人ずつ、差別する人間をぶん殴って解決できるだろうか?
教育で解決するというが、日本の同和問題や、在日問題とは本質的に違うのが、「見た目」の違いが明確であるという点である。教育よりも見た目という非常に分かりやすく かつ、違いが出しやすい価値観は、教育だけでは難しい。なぜなら、より生理的な好き嫌いという頭で理解している価値観以外のものが出てくるからである。
どんどんと混血をすすめて、お互いがそんなことで差別しあうことが そもそもつまらないことだと感じるようにする。という方法はとても有効だ。だが、それには100年も200年もかかるだろう。少なくとも、今すぐ有効な決定打ではない。
レジティメイト セオリーで、徹底的に管理懲罰を与える方法。とてもドライだし、差別の陰湿化を誘う懸念もある。

私の経験から言えば ともかく、友達になることだ。
友達になれるかどうかはその人の器量にもよるが、ともかく そんな努力をすることが、一番の近道で、「あいつは、日本人だが、意外と俺たちと同じ価値観をもっているじゃないか。」と意外さをアピールすることがコツだ。もちろん、差別以外の価値観なら多く、日本人はオーストラリア人たちと共有できる。捕鯨問題はあるけれど、多くのオーストラリア人の中には、それほど捕鯨問題を取り上げて文句を言う人も居ないし、ぎゃくに日本にも捕鯨には反対という日本人だっているので、つまりお互い、自由な国同士というステータスがかなり共通の土台として成り立つ。あとは、もっと理解できるように多くの若いオーストラリア人たちを日本に連れてきて、体験する機会を与え、そして多くの日本人をオーストラリアに来る機会を与えてもっと理解でき交流できれば、垣根は消えるはずだ。




中国から見た 東京

2009-10-13 01:37:42 | 世界情勢
北京が首都で、そのほかに 南京、そして西京 そして東京があるという考え。
これが中国(中の国 つまり中心になるという意味)だ。
したがって、このままだと、北京が首都となり東京という地方都市が東の端にあるということになる。

併呑などという生易しいものではなく、本来そうあるべきだと考えている。それが少なくとも聖徳太子以前からの考え方であり、日本は従属する国と考えられてきた。

しかし、日本は日のもとの国という意味で、国単位より、さらに高い見地である天体のなかのはじめというアイデンティティーを持っている。さらに日本には京都があり、この1200年の都は、すべての 東西南北の真ん中に位置する。
しかし、あることをしなければ国づくりの基本が出来ない。それは遷都だ。

東京へ、天皇陛下にご旅行いただいたのは、もともと勝海舟先生の発案で、実際には、対アメリカという新しい勢力を見据えての英断であったが、今は時代が違う。すでに東京は自らの力で発展する実力を持っているので、幕末の時代とはあきらかに、違っている。少なくとも江戸城を官軍に引き渡した時代は すでに歴史になっている。

もはや、猶予を待つことはなく、京都への天皇陛下のご帰還を速やかに進行させてはどうだろうか?


10月が逝くとき

2009-10-12 00:12:50 | Weblog
10月が逝く
そろそろと
雪が舞い降り
煙突には暖炉の煙が上がる
飛行機がその上を飛んでいくのが見える

若者たちが帰っていく
真夜中の空の下
楽しいときがあったなぁ・・・
自分にも 
そんなときが あった

10月が過ぎ去るとき
またふと同じ夢を見てしまう
僕の腕に抱かれていた人
何年も 一緒に楽しく過ごした人

顔をそむけて隠す
涙が言うことを聞かない
ああ・・・10月が嫌いだ

もういい加減に忘れたほうがいい
そんなことは 分かっている
でも何歳になっても
10月は嫌いだ

意訳 SYDNEY YAJIMA

When October goes...

2009-10-12 00:10:02 | Weblog
And when October goes
The snow begins to fly
Above the smokey roofs
I watch the planes go by

The children running home
Beneath a twilight sky
Oh, for the fun of them
When I was one of them

And when October goes
The same old dream appears
And you are in my arms
To share the happy years

I turn my head away
To hide the helpless tears
Oh how I hate to see October go

I should be over it now I know
It doesn't matter much
How old I grow
I hate to see October go


BY When October Goes Lyrics
Artist(Band):Barry Manilow

コンフリクト

2009-10-11 09:42:14 | 世界情勢
ここに、A社 B社 そしてC社があるとする。
Aには資産がある。
Bには人材がある。
Cにはそのどちらもないが、強い社長がいる。

さて、問題。
あなたが、もしこの3社を自分の支配下におこうとすれば、どうするだろう?

現在の情報当局からの情報によると

まずは、AとBが手を組まれると、かなり手ごわい相手になる。したがって、これは コストがかかっても阻む必要がある。

Cの指導者は、かなり強権的なのだが、所詮 一人だ。孤立しやすい可能性がある。そのためかなり危機意識を持っているようだ。



ところが、現在非常にまずいことに、貯金残高が下がってきている。したがって、金をかけられない。しかし、どうしても3国を支配下におきたい。どうするのが一番いいだろうか?

答えは、簡単。
三社がそれぞれ反目するように様々なかく乱情報を流すのだ。そうすれば、お互いが反目しあうようになり、やがてひとつひとつ落としていける。そのためには、まず、要になるのはBになる。人材があるということは、平均知能が高いことと同じなので、3社が一体になると仮定すればここがトップになるからだ。したがって、Bを押さえる。そして次に、CとBを反目させ、AとCが仲良くなるように仕向ける。
すると、B対ACという形となる。
Bにはいつも肩入れしながら、しかし、Cには徹底的に制裁しよう。するとBはこちらに取り込める。

AとCは時間の問題で、Cの社長が倒れたら、まずCは会社の体がなくなるので、すぐにBとともに、乗っ取りをかける。社長の指導がなくなったCは、陥落するだろう。その様子を見たAはかならず放っておいてもこちらに擦り寄ってくることになるだろう。なぜなら、取引相手がなくなるからである。

さて、このABCを、それぞれ、中国、日本、北朝鮮に当てはめて考えれば、アメリカは、あなた自身になる。つまり、反目状況は、あなたにとって有利だったのと同じようにアメリカにとっても有利になることが分かるはずだ。

フリーメーソンとユダヤ人

2009-10-11 05:39:02 | フリーメーソン
フリーメーソンは、どんな宗教、どんな人種であろうとも、構わない。そこで多くのユダヤ人たちも入っている。教義には多く旧約聖書をもとにしたものがあり、また旧約聖書に書かれていないものも含めると、やはり歴史を感じる。ユダヤ人たちは自分たちのホームのようだと言う。

今のメーソンはイギリス系とフランス系に分かれて当時から交流を絶つということをしてきた経緯があるにもかかわらず、アメリカの自由の女神はフランス系から送られたりアメリカの州によっては、別々のメーソンが乱立していたり、また、新しく別のオーダーを作ったりと、アメリカらしく様々な発明がなされているが、オーストラリアに関して言えば、かなりイギリス的で、しかも保守的で、昔ながらの組織図になっている。
アメリカから、多くの兄弟がオーストラリアにやってくるようになった。最近アメリカの治安が悪くなってきたから、逃げ出しているアメリカの金持ちがシドニーなどにやってくるためだ。オーストラリアはアメリカと仲がいいわけではなく、必要で仕方ないから仲良くしているだけで、本音を言えば多くのオーストラリア人はアメリカ人を好きではない。

アメリカを好きではない国は、実は 意外と多い。イスラム諸国は、みんなアメリカを嫌っているし、ヨーロッパも同じだ。アジアもアメリカを好きではないという国が多い。
日本人ほどアメリカ好きな国は、多分他にあまりないだろう。

フリーメーソンだって、そのくらい 様々に分かれているのだから、よく言われる「ひとつの目的をもって、彼らが世界制覇を企んでいる」という話がいかに出鱈目かということを、知っていて欲しいと思う。

フリーメーソンになることと、フリーメーソンであり続けること、そしてよりよき人間になることに 矛盾はない。人が矛盾を感じるとき、それは大抵自分自身が よりよき人間になるという単純なことを理解していないときに起こる。

男性しかなれないフリーメーソンだが、それに女性がなぜ加われないのか?という疑問は、なぜ 女性しか子供を生むことができないのか?という疑問を持つことに等しいと言う意見もある。男女の権利は平等だが 同じものではない。これは 生物の根源的な科学的見地に立って考えても、生殖機能の明確な違いを理解していれば(言われるまでもなくみんな理解しているが)断じて、違うものなのである。そこで、日本では同性愛や、性同一障害についての議論が始まるかもしれない。
議論はいくらでも複雑になっていく可能性もあるが、根本的にはみんな一致できる範囲で話すことが大事なので、ここでは単に、男女という区別がありそれによって、入れる場所と入れない場所が分かれるという理解でいいと思う。それがトイレであったり、大衆浴場であったりすることと、フリーメーソンであったり、あるいは相撲の土俵であったりすることと、同じように考えてはいけないだろうか?

フリーメーソンに限らず、人間は一定のことを何度も反復練習し、暗記教育することによって、かなり脳の力をつけることができる。その力は、例えば筋肉トレーニングに似ており、反復練習によって体ができてくることと、同じようなものだ。同じようなものというのは、違いがあるからで、それは外見からは非常に判断しにくいということである。ただし、たいていの場合、目を見れば違いがわかることが多い。目には力があり、そこには、その人の器量が映る。

フリーメーソンの多くの人に共通することといえば、その目力がとても強いと言うことかもしれない。目力は、多くの宗教にも共通して尊敬される対象である。また武士道などでも、あるいは 日常の生活の中でも、目は口ほどにものを言う。と言われているほどだ。

人間のコミュニケーションは言葉によるものは全体の25%ほどであとの75%はゼスチャーなどのほかのものによるとディーガンのマネージメント リーダーシップに書いてあった。確かに、そのとおりかもしれない。ここで、セルフ エスティームまで話を広げるつもりはないけれど、そういう形に残らない力によって、人と人がコミュニケーションをしていることが、確実ならば、自分を磨くということは、単にうわべだけの取り繕った姿や、人に気に入られるような気取った話し方より、深くひとつのことを繰り返し学ぶことが、より近道なのかもしれない。

多くの方法がある。それは大学で物理学を研究することかもしれないし、将棋を極めることかもしれない。空手をマスターすることだって、同じだ。それぞれに到達すれば底光りする人間が出来上がるはずで、フリーメーソンの教義であるリチュアルを何度も読んで、その意味を考え、そして何かを悟ることができれば、それは、それで値打ちのあることではないか?と思うのである。

そういうことを何度も繰りかえしている・・・つまり道を歩きながらリチュアルを何度もぶつぶつと口の中で言っていると、変な顔をされるから気をつけよう。







パレスチナ問題

2009-10-10 14:28:24 | 世界情勢
パレスチナ人の多くは、今 ガザ地区でどんな毎日を送っているのだろうか?
清潔なベッドに眠り、学校に子供たちが行き、そして病人は適切な医療を受けることができているだろうか? 飲料水と食事をきちんと人間らしく手に入れることはできているのだろうか?
昨日、私の出会った ある大学教授は 自分自身が パレスチナ人であることを告白し、そして小さな声で「What can we do?」と言った。
もし、イスラエルが正しいことをしているのであれば、なぜ、自分たちが正しいと言わなければならないのだろうか?

イスラエル人・・・ユダヤ人は、世界から尊敬される存在であり続けることができるだろうか?
今、彼らはなにか間違いを犯しているのではないだろうか?

中東は、熱くなりやすい血と、たくさんの宗教矛盾を抱え、世界のオイルマネーという欲望にもまみれて、後戻りできないところに来ている。イランに核の疑惑が連日騒がれているのは、その後戻りできない道の先に、第三次世界大戦の入り口があるからだ。

中東は昔、栄えた。
その栄えた歴史は、今、様々なところにその当時の証拠として残っている。日本にも正倉院に多くの宝物が、眠っている。これらは、すべて過去の歴史の中、砂嵐で埋もれたシルクロードに消し去ってしまう陽炎のように、途絶えた交流と、不思議な距離感が、アメリカやイギリスという国々の思惑が絡むと、日本など全くかかわりのない国になってしまう選択肢をとるしかなくなってしまう。田中角栄がこういった「兄弟でも喧嘩はある。中東からの声が日本とアメリカでは 違うように聞こえてもそれはしかたのないことだ」すると、ほどなく、彼は刑務所に入ることになった。日本は自分の国の首相さえ守ることができなかった。

田中角栄は、日本の今日の繁栄の基礎を作った。

私はもっと彼を評価してもいいと思う。その当時、かれがやった金権政治を批判することは、簡単だけれど、実際 あの時代にはそれ以外の方法はなかったのかもしれない。彼は 楽しんでいただろうか?それとも、苦しみながら笑顔で金を配っていたのだろうか? そして それは一体誰のためだったろうか?自分の私服を増やすためなら、もっと他に、手っ取り早い金儲けを彼はすることもできたんじゃないだろうか?

ユダヤ人のすべてが今のイスラエルの政策を、支持しているわけではない。今のイスラエルのやっていることは、もっと、多くの人にとって関心事になるべきだし、メディアがその公平な目で、知らせることは、義務であるさえと思う。その上で、地球規模で、考え 取り組むべきことだ。つまり ユダヤ人が人種差別をされているのではなく、ユダヤ人が、人種差別をしているのではないか?という疑問を持つことは、アンチ セミシズムでもなんでもない。 


マザール ウ ブラハ

2009-10-10 11:02:26 | Weblog
世界中のダイアモンド取引所で言われている言葉だ。
ヘブライ語で「あなたに神のご加護がありますように」と言う意味だ。

ダイアモンドはそういう儀式めいた取引が行われる。
ルーペという10倍に拡大することのできるレンズを、きちんと使えるかどうかで、ダイアモンドの価格が決定される。

ルーペをきちんと使えないバイヤーは ぼられる。というほどルーペの使えることは、大事だと言われている。

ダイアモンドのビジネス

2009-10-10 10:32:41 | 世界情勢
ダイアモンドは、ピラミッドを二つ、上下に重ねたような形の結晶で原石が出てくる。ダイアモンドは、油にくっつく性質を持っているので、クラッシュされた原石の混じった砂利は、油を塗った板の上に流される。板の上に残ったものが ダイアモンドだ。
ダイアモンド鉱山は、露天掘りがほとんどで、それは地下1000メートル以上になることもある。重機で掘りながら大型のダンプカーで土を運ぶ。
作業はいつも危険と隣りあわせだ。
より分けられた原石は、さらに、色や内包物、それに キャラットによってより分けられる。1キャラットとは200mgのことで、例えばゴールドに使われる単位のキャラットとはスペルも違うし、表示も別の意味になる。ゴールドの18キャラットとは日本で言えば18金の合金の意味であって、75%が純金、あとの25%が別の金属ということになる。大抵は、銅か銀が使われる。24金はちなみに100%のゴールドのことだ。これは指で曲がるほど柔らかい。
さて、出てきたダイアモンドはCSOに送られて、そこで、サイトと呼ばれる研磨業者に売られる日を待つ。サイトとは、決まった入札業者のことで、彼らは特別な資格を持っている。
ダイアモンドは、黒い皮の袋に入り、二つの袋がデビアスで提示される。
そのうちのひとつを、中を見ることなしに、サイトは決めて買わなければならない。価値以上のものを買うことができるか、あるいはそうでないかは、運である。
ダイアモンドの原石を手に入れたサイトたちは、その原石を研磨に出す。研磨をする職人は、大抵は、代々の研磨職人で、ユダヤ人であることが多いため、ベルギーかもしくは、テルアビブに送られることが多くなる。
通常はラウンドアップといって、周りの四角を丸く加工し、58面体の面をつけて ラウンドブリリアントカットに仕上げる。角度をつける場合絶妙のプロポーションに仕上げるために、職人たちは腕をみせる。絶妙なカットをGIAでは、アイディアル ラウンド ブリリアントカットと称し、もっとも輝きが表面のテーブル面に反射されるようになっている。こうして、カットするためには多くのカット ロスを覚悟しなければならない。

ダイアモンドは、地球上でもっとも固い鉱物なので、ダイアモンドを研磨するためには、ダイアモンドを使わなければならない。

そうして加工されたダイアモンドが店頭に並ぶまでには、実に多くの人の手を借りなければならないのだ。