大いなる愛を捧ぐ

2012-03-07 18:00:00 | 日記風
 地デジが映らんとずっと騒いでいたが、今日は突然BSが映らなくなった。すぐに電気の人が来てくれた。


 何故か原因は不明。そして手痛い出費。


 人を呪わばってやつですかね。

 寝不足状態で、昔のことを思い出して、ついつい、呪いの念波を発していた。



 その人にも届いてるといいけどな。私だけに帰ると言うのは納得いかないぞ。


 しかし電気もんは霊気を受けやすいは本当か?


 大体、感情的に荒れてるときに機械がおかしくなるものね。気のせいでは済まない所がある。


 と、突然静かに帰った生活が一瞬荒れそうになったのさ。





 大いなる愛を。大いなる愛を注いでいれば物ごとトラブルにならないのだろうか?


 大いなる愛を私は今日から捧げ続ける。


 こんなトラブル困るもん。





 春はすぐそこ。心落ち着けた日常を送りましょうね、私。



 春の合言葉は大いなる愛を。

 これで決まりだ。

牛乳の国の人じゃないのね

2012-03-07 15:00:00 | 日記風
 風邪をひいているとき、胃腸が牛乳を飲むと痛み出す。今までそんなことなかったから、これは…もしかして…今更アレルギー??と恐怖を覚えました。

 でも風邪が原因で胃腸が弱っていたのが主な原因のようですね。

 日本人って乳製品を消化する能力が低いらしいんですね。だから弱っている所に乳製品が来てやられたらしい。

 今は風邪と共に痛みも去るようになっている…ようです。



 しかしじゃ、日本人はブルガリアのようになんにでもヨーグルトを入れる食事はダメってことですね。


 読んでいたら、乳製品を食品に主に使う料理もないと書かれていましたが、それもあるんですね。

 オルチャターという牛乳と米のジュースを暑い間よく飲んでいましたが、あの時はまるで平気だったもん。

 でも今飲むとやはりきますね。


 作り方も微妙に忘れてますが…。



 乳製品に強いのは赤ちゃんの時だけと言われますが、それも不思議。そこからその民族特有の強い弱いが出るんでしょうかね。
 
 そうじゃないと母乳飲めませんものね。


 だったら、ある程度飲んでも平気だと思うけどな…。

 弱いらしいんですよ。


 トウガラシに強い国もあるし、そうじゃない国もある。


 日本人ってなんに強いんだろうな。よく考えたら判らなかった。

パン大国でもあったドイツ

2012-03-07 13:00:00 | 日記風
 凄いよく食べるんですって。

 でも小麦粉がとれないからライ麦が主。理想的だな、ダイエット族には。

 でも昔と違い、前は3,4キロのパンを焼いたが今はもっと小さくなっているらしい。
 やはり核家族化が進んでいるんだろうかね。



 ひまわりの種や胡麻をまぶすんだって。健康に良さそうね。

 


 ドイツと言うとあまり記憶にないベルリンが東と西に別れていた分裂の壁のあった場所。

 冷戦時代、逃亡が多かったと聞くけど、見つかると生命を落とすこともある。


 だから逃亡する時は西側の協力者が絶対必要らしい。

 車の前の部分の所へ人が入れる場所を使ってそこに入るとか、子どもなら、買い物かごに入れて入るとか。

 あとは空をグライダーで飛んでいく。



 川が近かったので、特に水を通ってくることに政府は気を使っていたそうだ。
 だからダイビング禁止。自分で道具を作ってそれで潜って亡命する。


 本当に生命がけ。

 


 今はかつて壁のあった部分が開いてるから新しいビルがどんどん立っている。建築家にとっては注目の場所となり面白い建物がどんどん立っているそうだ。


 パリにある、2大百貨店ギャラリーラファイエットも支店ができていて、吹き抜けの場所がまるでガラスのコップをひっくり返したような形になっている。それだけを見に来る人もいるそうだ。

 パリもそういう吹き抜けではないけど、円形で周囲を見回せる場所がある。いい休み場所になっている。

 パリのもう1つの百貨店というと、例のプランタンです。日本にきてますね。


 昔パリに行ってない頃はプランタン銀座に行くと「パリじゃ、パリじゃ…」と思っていた。

 ドイツもいろんな歴史があり、1度訪れるにはいい国かもしれませんね。

 でもドイツ語か…。


 もう知らない場所に行くのは今はノーサンキュウ的な気持ちだけど、ヨーロッパだからそんなに大差ないかな。

涙ひとすじ…

2012-03-07 02:01:10 | 日記風
 いつからなのかな。年が明けてからかもしれない。

 私は泣けなくなっていた。

 理由はよく判らない。



 ドバイで散々中国人と間違えられたせいか。初めて外国でカルチャーショックを味わったせいか。



 とにかく悲しくても泣けなくなっていた。笑うでも泣くでもいい。感情表現ができなくなると詰まるんだよね。上に蓋がされ冷やされたように心が凍る。

 それがさっきやっと泣けた。


 ひとすじ、やっと涙が流れた。


 北区つかこうへい劇団がなくなったことは、本当に大きなことで、師がいなくなることは表現しがたい喪失感があった。


 ここら辺1つの感情ではなくいくつもの感情が入り乱れてるから難しい所ではある。

 けれど泣けない。やっと泣かなくなったのかと思ったら他のことでも泣けない。


 これはなんか変だ…。



 そんなことを思っていた矢先だった。

 少し気持ちが鎮まるでしょう。

 帰って劇団員のように仲間内で話をする方がよかったのかもしれない。

 けれど私は怖かったのだ。本当の感情が外へ出ることが。出してしまうことが怖く誰ともふれあえず、その話をすることもなかった。

 だから余計沈殿してしまったのかもしれない。



 悲しい時は泣いちまえ。

 楽しい時は渡っちまえ。

 その見事な見本かもしれない。



 少しずつ心に区切りがつくだろう。すぐと言うのは無理だ。1年や2年では無理だろう。



 どこかでなにかがどうしても引っかかっている。


 やりたいことはある。しなければならないこともある。それとは別の感情で、心が納得するのにもう少し時間がかかるのだろう。


 まだまだ途中。何もかも途中。

 それは先があると言うことだ。幸せなことかもしれない。