浄心庵・長尾弘先生「垂訓」

八正道と作善止悪

「御垂訓」

2022-04-23 00:35:18 | 浄心庵 長尾弘先生垂訓

 ~ 恩師の「講演集」より ~


            講演集、 一

お釈迦様は「中道」という道をお説きになりました。
真ん中を行きなさいと。
それはお釈迦さまがウルヴェーダーで苦行をされた時に、
「私ほど厳しい行をした者はこの世始まって以来ないであろう」
また「私のあとに私ほどの苦行をする者もないであろう」
と言われたのですが、それ程の厳しい行をされました。
死の寸前までいかれた時、肋骨はすべて浮き出し、
肋骨の上に血管がみみずのように這いまわる程
痩せ衰えてしまわれました、

そんな在る朝、ネーランジャラ川の水面に映った自分の姿を見ると、
まだ三十歳半ばであるのに、
九十歳とも百歳とも思えるような姿が映って見えたのです。
「このまま行けば命はもういくばくもないだろう。しかし、
もし死んでしまったならば、この世に生まれた目的が分からない。
死んでしまっては何にもならない」

と思われた丁度その時、川上の方から天女のようなすばらしい声で
「絃はきつく締めたら切れてしまう。弱く締めたら音色が悪い。
中ほどに締めれば音色が良い。絃に合わせて歌えや歌え、踊れや踊れ」
という歌声が聞こえてきました。
この時にお釈迦様は次のようなことがお分かりになったのです。
「私は以前、あのお城の中で栄耀栄華を極めて暮らしていた
(釈迦は元々王子であった)。

肉の林の如く多くの女性を側に侍らせて酒の池に遊んでいたが、
その中では悟ることはできなかった。
これではいけないと思って今度は厳しい修行を重ねて一心に
苦行をしたけれども、その果てに危うく死ぬ所であった。
そのいずれの両極端に片寄ってもいけない」と。
「両極端に片寄ってはいけない」ということはすべてに通じることです。

例えば食物についても、量はそれ程たくさんは要りません。
ご飯もお茶碗一杯あれば良いし、
おかずも片寄らないようにまんべんなく食べるようにして下さい。
そして感謝していただくことです。
不足を言っていただいたら、どんなご馳走も身につきません。
すべて生きた生命をいただくのです。

米粒一つも野菜も魚肉もすべて新鮮な生命をいただくのであり、
その命に対し感謝をして下さい。
「日々の生活の中で業に報いさせていただきます。
この喜びに対して何分の一かのご恩返しをさせてもらいます」
と言って食事をいただくと、すべてが身体にとって薬となります。
宗教においても同じです。余り打ち込むのも、
また無神論者になるのもいけません。

思想についても、共産主義に陥っても資本主義に陥っても両極端です。
よくストレスが溜まると言います「歪」という字を当てますが、
それは心をひずますから、しんどくなってくるのです。
心を丸くしてひずませないように、何事も片寄らないようにすることです。
私が今こうして話していることを初めから全部信じてもらわなくても
いいのですよ。

まず疑問を持って、これは本当だろうかと検討してみて下さい。
どちらから見ても本当ならば信じていただいたらいいのです。
盲信、狂信は阿片と同じです。


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