生涯いちエンジニアを目指して、ついに半老人になってしまいました。

その場考学研究所:ボーイング777のエンジンの国際開発のチーフエンジニアの眼をとおして技術のあり方の疑問を解きます

メタエンジニアリングで考える日本文化の文明化(5) 第4話 イノベーションの負の遺産

2014年03月09日 09時00分43秒 | メタエンジニアリングと文化の文明化
第4話 イノベーションの負の遺産

イノベーションを、その結果が社会にもたらす正と負の価値という観点で考えてみよう。イノベーションはその正の価値によって急速に社会に浸透してゆく。しかし、人間が考えだした技術であるので、必ず負の側面が存在する。負の価値という表現は少々おかしいが、正と負の大きさを比較するのだから、ここでは同じ表現にする。

この様な観点から、もう一度「MECI サイクル」を見ると、

Exploring:こうした課題を解決するに必要な科学・技術分野を俯瞰的にとらえる、あるいは創出するプロセス
⇒ 必要な科学・技術分野とを俯瞰的にとらえる時点で、捕える範囲に逸脱は無かったのだろうか?もっと広く考えるべきではなかったか?

Mining:地球社会が抱える様々な顕在化した、あるいは潜在的な課題やニーズを、問い直すことにより見出すプロセス
⇒ もう一度問い直すことに戻ると、何が足りなかったのか?それは何故なのか?

となるのだが、第1の方向は、この「EとM」の段階で新たなイノベーションの社会的価値を見極めることにある。そこで、負の価値という観点でこの二つのプロセスを捉えると、全く別の方向が頭に浮かぶ。

「イノベーションの神話」(Scott Berkun著 村上雅章訳、 出版 O’REILLY)という本がある。原題「The Myths of Innovation」で、2010 年に改定が行われているが、改訂版の翻訳本はまだ出版されてはいない。




この中では、イノベーションに関して様々な観点から面白い表現が記されている。そのことは、初めに書かれている推薦の言葉から容易に推定される。

“The naked truth about innovation is ugly,funny, and eye-opening, but it sure isn’twhat most of us have come to believe. With this book, Berkun sets us free to try and change the world.“
http://books.google.co.jp/books?id=UFqWi2Ek8f8C&printsec=frontcover&hl=ja&source=gbs_ge_summary_r&cad=0#v=onepage&q&f=false



その発想過程は、「メタエンジニアリング」に通ずるところが多々ある。そしてイノベーションの負の価値をも明確に示している。

一例は、かつて全世界のマラリアを始めとする様々な病原菌を媒介する小さな虫に使われた殺虫剤、有名なDDT の話だった。日本でも、太平洋戦争直後の国内のあらゆる場所で、子供たちが進駐軍から白い粉を頭から浴びせられる写真が評判になった覚えがある。ダニやシラミ退治のためだったと報道されていた。このDDT は間もなく発がん性物質の可能性の疑いにより世界中で生産中止になったのだが、この著書ではまるで、「風が吹けばおけやが儲かる」風の話が述べられている。

DDT の広範囲における使用がペストの大流行の原因になったと云うのである。DDTの世界的な使用とペストの大流行は時代が異なるので、不審に思って調べると、以下のブログがあった。

「空から猫が降ってくる」http://omegapg.org/?p=236



1950 年代の前半、インドネシアのボルネオ島に住んでいるダヤック族の間で、マラリアが蔓延していました。マラリアという伝染病は、感染すると吐き気や高熱などの症状を引き起こして、感染した人を死に至らしめることもあります。
この事態を重くみた世界保健機関(WHO)は、マラリアの病原菌を媒介している蚊を駆除するために、DDTという殺虫剤をダヤック族の村に散布しました。そしてWHO の思惑通り、この作戦は見事に成功しました。散布したDDT は蚊を駆除し、マラリアに感染するダヤック族の人々は劇的に減りました。
すると今度は不思議なことに、ダヤック族の人々の間でチフスやペストの伝染病が蔓延しました。事態はマラリアの時と同じくらい、もしくはそれ以上に深刻です。よく調べてみると、その原因は大量発生したネズミでした。大量発生したネズミがチフスやペストの伝染病を撒き散らしていたのです。なぜネズミが大量発生したかというと、WHO が蚊を駆除するために撒いたDDT は、蚊だけでなく他の多くの虫も駆除してしまっていたのです。WHO が撒いたDDT で死んだ虫をヤモリが食べて、ヤモリがDDT に汚染されました。DDT に汚染されたヤモリを猫が食べて、多くの猫が死んでしまいました。猫はネズミの天敵です。ネズミを食べる猫が大量にいなくなったために、ネズミが大繁殖したのです。この事態を深刻に受け止めたWHO は、今度はダヤック族の村めがけて、パラシュートでたくさんの猫を送り込みました。これは、WHO が行った「猫降下作戦」です。




この作戦によってネズミの数は減り、チフスやペストの伝染病はおさまり、ダヤック族の村には平和が戻ったとのことです。これは、本当にあった有名な話です。ご存知の方もいらっしゃるかもしれません。
空から猫が降ってくると言うと、何かの怪奇現象のように聞こえます。しかし、この出来事が起きるまでには筋の通った過程がありました。DDT を散布したことが原因となり、その結果として虫がDDT に汚染されました。DDT に汚染された虫をヤモリが食べたことが原因となり、その結果としてヤモリがDDT に汚染されました。DDT に汚染されたヤモリを猫が食べたことが原因となり、その結果として猫が死にました。猫が死んだことが原因となり、その結果としてネズミが増えました。ネズミが増えたことが原因となり、その結果として猫が空から降ってきました。このように、空から猫が降ってくるという出来事が起きるまでには、何かが原因となってその結果が生まれ、その結果が何かの原因となってまた新しい結果が生まれ、その結果が何かの原因となってまた新しい結果が生まれ、という原因と結果が連続する過程を見ることができます。     


「イノベーションの神話」では、続けて自動車事故による世界中での年間死亡者数の問題について述べている。日本国内でも年間1万人を超えた年が何年間も続いたのだが、その間の事故を減らす対策は、概ね交通システムに関するもので、自動車自体への対策は十分ではなかったように思われる。最近になってようやく自動車自身に様々な工夫を取り入れる風潮が現れたが、根本的な事柄はなんら解決されていないと指摘する。さらに電気自動車に触れて、電池式自動車はおそらく急激に広がるだろうが、世界中で電池の大量生産、それに続く電池の大量廃棄が始まると有害物質問題がクローズアップされるとしている。
 
導き出される結論は、イノベーションはいずれ世界中を席巻することになるのだから、初めから公害等が起こらない工夫を全ての面にわたって充分に配慮すべきであるというである。

ある発明がその正の価値の大きさに注目されて、プロセス・イノベーションが急激に起こり、全世界に行きわたるようになる。そうすると、初めから存在した負の側面が覆い隠されてしまい、それに対する対策が不可能なまでになる過程が見えてくる。

イノベーションは、ある文化の中で発生するのだが、それが全世界に広がり、ある時間が経過すると文明になる。文明にまで高められたものが、真のイノベーションと言えるものなのだろう。
イノベーションが負の価値を背負ったままでは、遠い将来にその時代のエンジニアリングレベルは
いったいどう判断されることになるのだろか?これはイノベーションを自身の業務として目指す科学者や技術者に聞いても意味ないことだろう。



ある発明がイノベーションにまで成長するためには長い年月を必要する。プロセス・イノベーションとビジネス・イノベーションの期間が必要だからである。しかし、この間に「メタエンジニアリング」によって、十分に「負の価値」についてのエンジニアリング的な検討を行うことができる。そして、だからこそ、「メタエンジニアリング」による検討が重要視されることになると考える。

この回の文章は、私の原稿を友人の前田君が編集してくれたものを、ブログ用に直したものです。次回からは、優れた日本文化の文明化についての具体例をいくつか示そうと思う。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿