2016年に公開された、城定秀夫 監督・脚本によるピンク映画。第28回ピンク大賞で優秀作品賞と新人女優賞を獲得した傑作です。
街の交差点で交通量調査のバイトをしてたフリーター男・春生(麻木貴仁)は「1000人目の女を嫁にする」と決め、実際に1000回目でカウントした女性・真琴(古川いおり)をロック・オン。
5年後、町工場で働くようになった春生は、真琴がエリート商社マンの夫と住む家のすぐ近所にアパートを借り、夜な夜な真琴の生活を覗き見、朝は真琴が出したゴミを持ち帰ってチェックする等、立派なストーカーになっていたのでした。
読唇術まで習得し、真琴と夫の会話を読み解き、プライバシーを全て把握する春生の本格ストーカーぶりに、最初は笑いつつも嫌悪感を抱くんだけど、街で真琴にちょっかいを出すチンピラに殴りかかってフルボッコにされる姿など見る内に、春生の想いは純粋に恋なのではないかと思えて来ます。
もし1000回目にカウントした女性が全く好みのタイプでなかったら、いくらバカでもこんな事はしてないでしょう。たまたま1000人目の女性がストライクど真ん中だっただけで、そういう意味じゃ運命の出逢いと言えなくもありません。
だけど、どんなに彼が真剣に彼女を想ったところで、所詮はストーカーの一方通行。積もり積もった欲求不満を馴染みのデリヘル嬢を抱いて晴らすんだけど、その翌朝に目覚めて横を見ると、憧れの真琴がすぐそばで寝てるから驚いた!
ここで、真琴の出したゴミを春生が漁った数日前まで話が戻り、今度は真琴の視点から同じ出来事が描かれていきます。
その時に真琴が捨てた「お宝」の歯ブラシ(春生は毎日それをしゃぶってる)が実は旦那の物だったことやw、一緒に捨てたワンピースが旦那の実家から送られたプレゼントだったことが判明します。しかも彼女は「今日はお宝よ」と呟きながらゴミを捨てるんですよね。
つまり、こっそりストーキングしてるつもりの春生の存在に、真琴はとっくの昔から気づいてた。さらに理想的な円満夫婦に見えた旦那との関係が実はそうじゃないらしいこと、そして真琴という女が見かけ通りの天使じゃないってことが、この1シーンだけで分かっちゃう巧みな構成。
真琴は、良妻を演じて夫とセックスだけしてりゃ裕福な生活を送れると思ってる実はビッチな女で、夫が会社の同僚と不倫してることも見て見ぬフリをしてる。
だけどやっぱり人間だから、夫が出張を装って外泊した夜には気分がモヤモヤし、酒に酔って春生のアパートを見下ろしてみたら、ストーカーのくせにヤツは商売女を連れ込んでる。その怒りと酔った勢いで春生の部屋に忍び込んだ真琴は、その状況を夢だと思った春生にキスされ、そのままチョメチョメしちゃったというワケです。
それが夢じゃないと判ってうろたえる春生に、真琴は「一言でも何か喋ったら警察に訴えるわよ」と言って脅し、その日から気が向けば春生を呼びつけセックスするようになります。
発言を許されない春生は真琴のなすがままの奴隷であり、主人公の視点が入れ替わったと同時に加害者と被害者の立場も逆転しちゃったワケです。
いや、春生はそもそも真琴の為(真琴を嫁にする為)に就職し、引っ越しまでしてるワケだから、最初から彼女に全てを捧げる人生なんですよね。
それが男と女、オスとメスの最も自然な関係であり、愛人を作りながら妻を養う真琴の夫も、種付けこそが使命であるオスの生き方を忠実に実践してる。城定監督はそういうことを描きたかったのかも知れません。
結局、真琴の夫は社内不倫がバレて地方へ左遷されることになり、それを知って春生は想いを彼女に伝えます。
「あんな男のことは忘れて、俺と一緒に暮らそう!」
「喋んないでよ。今のままが良かったのに」
「結婚しよう!」
「……じゃあ、指輪。私、安い女じゃないの。飛びっきり大きなダイヤがいいな」
それで春生は、新薬の人体実験という裏バイトでお金を稼ぎ、一世一代の買い物をするんだけど、真琴は夫と一緒に地方へと引っ越しちゃう。
夫婦が乗った車を愚直に走って追いかける春生に、たまたまそれを見かけた馴染みのデルヘル嬢が「ガンバレ~!」って声をかけて、さわやかに物語は幕を閉じますw
哀れと言えば哀れだけど、オスの本能に沿った明確な目標を持ち、なんの疑問も抱かずに突っ走る春生に対して、最初に感じた嫌悪感はもうありません。ただ無意味に「生きてるだけ」の私から見れば、むしろ羨ましいぐらい。
それは真琴にも言えることで、結婚の本質なんて大方あんなもんでしょう。それを幸せと感じられた者の勝ちです。
ろくでもない人間しか出て来ないのに本作が心地好いのは、主人公たちがとにかく前しか向いてないからだろうと私は思います。ホントそうありたいもんです。
この映画、クオリティーは城定秀夫級だけど描かれるキャラは城定さんっぽくない(だから他の監督の作品だろう)って思いながら観てたのに、最後のクレジットでやっぱりこれも城定作品だと判って、私はもう感服致しました。
今までレビューした城定作品群の中でも『エロいい話』シリーズみたいなファンタジー喜劇もあれば『僕だけの先生/らせんのゆがみ』みたいに暗いサスペンスもあり、作品がバラエティー豊かでどれも面白い。
ケーブルテレビの録画予約は作品のタイトルだけ見て選んでますから、別に城定作品を追いかけてるワケじゃない。なのにこうして頻繁に観てる=作品数もずば抜けて多い。それでいてほとんどハズレが無いという驚異的な高打率。エロ映画の世界にこんな凄いクリエイターがいたなんて!
主演の古川いおりさんも、以前観た別監督によるVシネマの時よりずっといい。新人女優賞受賞も頷けます。ストーカー役の麻木貴仁さんも上手いし、やっぱり役者を生かすも殺すも演出しだい。
今回は特に、ストーカーする側とされる側の視点の逆転、その鮮やかな見せ方にやられました。エロ描写の有無は関係なく、これは映画として純粋に面白かったです。