1980年に放映された、原作=山村美紗/脚本=中島貞夫&関本郁夫/監督=中島貞夫による単発2時間ドラマ。テレビ朝日系列「土曜ワイド劇場」の1編で、正式タイトルは『映画村殺人事件/愛の邪魔ものを消せ』。
冒頭、まさに京都太秦の映画村における時代劇の撮影中、古株チーフカメラマン(西村 晃)が高さ数十メートルある撮影用の足場から転落死するんだけど、彼がアルコール依存症で、転落直前にも水筒に入れた酒を飲んでたことが判り、警察は事故死と判断します。
ところがどっこい!(←死語?) 実は、普段から西村チーフにシゴかれてたカメラ助手(田村正和)が、そのときも理不尽に怒鳴られてカッとなり、背後から突き落としたというのが真相。
あの田村正和さんが殺人犯!? いやそれ以前に、正和さんが撮影所のカメラ助手役って!
当然、こんなハンサムなスタッフがいたら女優たちが放っとくワケがなく、死んだ西村さんに代わってチーフカメラマンに昇格した正和は、めでたく人気女優のしのぶさん(金沢 碧)とゴールイン。
余談ですが金沢碧さんは当時レギュラー出演中だった青春ドラマ『あさひが丘の大統領』でも役名が「しのぶ」で、学園きってのハンサム教師(谷 隼人)と結婚されてました。
それはさておき、人殺しの正和がこのまま幸せになって良いワケがなく、ちょっとご都合主義だけど、西村チーフが転落死した当日、観光で太秦に来てたセールスマン(成田三樹夫)が、その現場をたまたま8ミリカメラで撮影していた!
そう、これをネタに正和は脅迫され、新婚早々1千万円を要求されちゃう。
あんなにスターのオーラを発してても、しょせん裏方スタッフに過ぎない正和さん。いきなりそんな大金は用意できず、異変を察したしのぶさんに詰問され、ついに西村チーフを殺した事実を泣きながら告白するのでした。
あの眠狂四郎が、あの古畑任三郎が、あのニューヨーク恋物語が、新妻の前でビービー泣きながら「殺すつもりは無かったんだよ、ぴえーん!😭」って。
だからこそ正和さんは、この役を引き受けられたんでしょう。強くてカッコいいヒーロー役はもう飽きた、弱くて情けない姿もたまには見せたいんだよって。私も常日頃そう思ってます。
「今日から私も共犯者よ」
正和と絶対的な秘密を共有して、何だか嬉しそうなしのぶさんは、このとき初めて彼と夫婦になれた気がしたのかも知れません。
そう、相手はあの田村正和です。モテモテなんです。実は2人が結婚したことで密かに嫉妬の炎を燃やす、もう1人の美女が身近にいた!
その人は、正和に殺された西村チーフの一人娘(夏 純子)。
かつて正和は彼女と毎晩チョメチョメする仲だったのに、このまま結婚したら職場でさんざんシゴかれてるチーフの息子になっちゃうことに気づき、「私生活まで師匠に縛られたくない!」と一方的に別れを告げたのでした。
夏純子さんはこれより3年ほど前にも、やはりとびっきりハンサムな婚約者だったスコッチ刑事(沖 雅也)に「尊敬する先輩刑事を自分のミスで死なせて、オレだけ幸せになるワケにいかない」ってな理由で一方的に別れを告げられちゃう役を『太陽にほえろ!』で演じておられました。
あのときは最期まで徹底して悲劇のヒロインだったけど、果たして今回は……?
閑話休題。奥さんのお陰でなんとか1千万円を成田三樹夫に支払い、やばい8ミリフィルムを回収した正和だけど、当然これで終わるワケがありません。
三樹夫は自動車のセールスマンであり、今度は西村チーフの遺産が転がり込んだ純子さんに狙いをつけ、新車を売ろうとするんだけど断られ、あの切札を出します。
「あなたのお父さん、殺されたのかも知れませんよ?」
警察が事故と判断したのに、なにをバカなと一笑に付す純子さんだけど、そこで1つのアイデアが閃きます。もし、あのとき父と一緒にいた愛弟子の正和が、師匠を突き落としたんだと仮定すれば…… 面白いミステリー物語になり得るかも知れない!
実は純子さん、脚本家志望でずっとネタを探してたのでした。
その閃きは『落日の五重塔』というタイトルの脚本として結実します。五重塔の建築を手掛けた大工の親分を足場から突き落とし、その名声をまんまと引き継いじゃう愛弟子のストーリーは、明らかに西村チーフと正和の関係を模したもの。
純子さんは本当に正和が父を殺したとは(この時点では)思ってないんだけど、正和からすれば「バレてたのか!?」と疑心暗鬼になるし、そのうえ映画化が決まった『落日の五重塔』のメインカメラを自分が担当することにもなり、どんどん追い詰められて精神を病んでいきます。
そして勿論、味をしめた三樹夫に再び脅迫されるに至り、正和は決意します。三樹夫をぶっ殺す!
西村チーフはあくまで事故死と認定されてますから、本当の「映画村殺人事件」はここから。
三樹夫を映画村に呼びつけた正和は、撮影の本番スタートと同時に忍者のからくり人形に化け、カットが掛かるまでの約1分の間に移動して三樹夫を殺し、またカメラの所まで戻る(そうしてアリバイをつくる)という、まるで『古畑任三郎』に出てくる犯人みたいな密室殺人を企て、実行に移すのでした。
それは成功したかに見えたけど、「お父さんは誰かに殺された」と言ってた三樹夫が死んだことで、純子さんは察してしまう。正和が父を殺し、口封じに三樹夫も殺したことを。
やはり父に可愛がられてた助監督(火野正平)の協力も得て、純子さんの推理はやがて確信となっていきます。
さて、純子さんはどう出るか? すぐ警察に知らせるのか、それとも三樹夫と同じように正和をユスるのか?
いずれにせよ、すでに2人の命を奪ってる正和はもう、後戻り出来ません。
ところが! 映画雑誌に載せるポートレート撮影を口実に、正和を山間部に連れてきた純子さんから出た言葉は、「自首して」でも「金を払え」でもありませんでした。
「今からでも遅くない。しのぶさんと別れて!」
そう、西村チーフが亡くなった今、2人を縛る「愛の邪魔もの」はいないのです。
「私、あなたとなら地獄に堕ちてもいい。いいえ、堕ちたい!」
「…………」
けれど、遅かった。殺しが、また次の殺しへと繋がっていく負の連鎖!
間一髪! 助監督の正平が忽然と現れて、3つめの殺しは未遂に終わりました。
正平はいったい何をしに現れたのか? なぜこの場所が判ったのか? その理由は「火野正平だから」としか言いようがありません。
「私の愛は終わった……これで私のシナリオは完成する」
映画『落日の五重塔』は本来、師匠を転落死させた愛弟子が栄光を手にして終わるブラックな物語だったけど、ラストシーン撮影の直前、純子さんは結末を書き換えます。
それは、歓びの雄叫びをあげる主人公に、五重塔が語りかけてくる、というもの。
「貴様は人殺しだ! 人を殺した血塗られた手で、貴様はオレを建てた!」
「そうよ、あなたは人殺しよ! あなたはその血塗られた手で、父が回す筈だったカメラを回し続けたのよ!」
そして錯乱した主人公が崖から身を投げる!という脚本のト書き通りに、正和も自ら転落死しちゃうのでした。
実はこのドラマの主人公は、正和じゃなくて純子さんだった!
メインカメラマンが撮影中に自殺するというトラブルも何のその、映画『落日の五重塔』はみごと大ヒットを飛ばし、一躍売れっ子脚本家となった純子さんは、京都の実家を売り払って上京するその日、西村チーフの位牌に語りかけます。
「実は私もお父さんを殺そうとしてたのよ、あの日」
独善的な父親のせいで正和にフラれ、そのうえ父が愛人と暮らすために自分を家から追い出そうとしてることに気づいた純子さんは、あの日の撮影で父が高台に登ることを知り、お酒の水筒に睡眠薬を混入させた。
だから最初は、正和が突き落としたとは夢にも思わなかったワケです。
「あなたが邪魔しなければ、私はあの人と結婚して、平凡な女の幸せを掴んでたかも知れない」
一時は「金と名誉さえあれば愛なんて要らない」と開き直り、仕事に打ち込んできた純子さん。
「だけど私も女。あの人のことでは随分と苦しんだわ。最後の最後まで」
結局、本当に愛を棄てて「金と名誉」を手にした純子さん。そりゃ笑いが止まりません。
けど、それで終わって良いワケがありません。たった1人、正平だけは純子の裏の顔に気づいてました。理由は、火野正平だからです。
「僕も一緒に東京へ連れてって下さいよ」
「ダメよ。昔のものは何もかも京都に棄てていくの」
「この水筒の酒、僕も呑んでみました。よく眠れましたよ」
「…………」
正平はカネを要求したりしません。殺人未遂の証拠となり得る水筒と引換えに、西村チーフの位牌をくれと言うのでした。
「あなたのそばじゃ、師匠も安心してお酒が呑めないでしょ?」
「ふふ、そうね。本当にそうだわ」
因果応報。いくら金と名誉を掴んだとて、あの火野正平に弱みを握られたまま楽しい人生を過ごせるワケがありません。
同じミステリーのジャンルでも、真犯人や裏切者を予想するゲーム感覚の(つまり昨今の)ドラマとは違って非常に見応えありました。
ましてや田村正和&西村晃&成田三樹夫&火野正平ですからね! 日曜劇場がいくら看板スターを並べたところで、このメンツの重厚さとオーラには到底及びません。まさに、格が違います。
いや〜、凄かった。凄い時代でした。