「私は知らなかった。これほどまでに清楚で、慎ましい気品をたたえ、しかも生き生きとした生命にあふれたモーツアルトを! 無心が故の演奏の清々しさなのであろうか。改めて、モーツアルトを聴く幸せに浸り、その美しい世界に遊び、……そんな心の旅をさせてくれる梯剛之という音楽家に感謝したいと思う。」
これは音楽評論家の諸石幸生氏が梯剛之(かけはしたけし)さんのCDに書いた解説です。評論家というのはうまいこと書くものですね。この文を読むだけでどんな演奏か聴いてみたくなります。
このCDと出会ったのは13年前。まだ篠山にアパートを借りて勤めていたときのことです。18歳で本格的にデビューした梯さんのはじめてのCDでした。いまでも愛聴している一枚です。そして梯さんは、本を出したといえば読み、テレビでヴァイオリニストの和波さんと対談する番組があれば見入る遥かな存在の青年でした。
4月28日はゴミ捨ての日。こののゴミステーションは歩けば10分ほどかかるので車で行きます。道子さんが「ゴミ捨てに行くついでに『モーニング』で食事をすませてそのまま散歩しようか」といい、ぼくもすーっと賛成しました。田舎で暮らすと、ときにそんなことをしてみたくなります。といってもこの2年間に一度やっただけですが。
だけど近くに一軒だけあるあの喫茶店ではなー。
そうだ! 5分も車を走らせてとなりの町に行けば、ため池のほとりに喫茶店がある。あそこだってモーニングくらいやってるだろう。
車で店の前に行ってみると定休日と立て看板。このまま家に帰る気にもならずなんとなく車を走らせるうちに道の駅に来てしまい、そこで朝食をすませて帰ろうとしたとき案内所のチラシの棚に梯剛之という字が見えました。
明日29日となりの小野市で、梯剛之さんのオール・ベートーヴェン・プログラムの演奏会があると書いてあります。すぐに電話してみると事務所は定休日でした。次の日朝一番に事務所に電話してチケットがあるのをたしかめ、夕方久しぶりにネクタイをしめて出掛けました。
二列目の席でした。目の前で梯さんが弾いています。大げさな身振りや表情を付加することなく、内なる音楽のエネルギーをまっすぐ鍵盤に伝える梯さんの演奏に圧倒された二時間でした。
偶然がいくつも重なってこの空気の振動に身をさらすことができました。我が人生にこんな至福の時間がまだ残されていたとは。
いいえ。偶然はそんなに都合よく重なるものではありません。めぐまれているのです。なにか大いなるものに。
行雲流水の心で晴耕雨読の田舎暮らしをしたいといいながら、自分の人生は自分で仕切ろうとあくせくしていないか。力をぬいて生きてみなさい。
夜道を運転して帰りながら、そんな声が聞えてくるような気がしました。
これは音楽評論家の諸石幸生氏が梯剛之(かけはしたけし)さんのCDに書いた解説です。評論家というのはうまいこと書くものですね。この文を読むだけでどんな演奏か聴いてみたくなります。
このCDと出会ったのは13年前。まだ篠山にアパートを借りて勤めていたときのことです。18歳で本格的にデビューした梯さんのはじめてのCDでした。いまでも愛聴している一枚です。そして梯さんは、本を出したといえば読み、テレビでヴァイオリニストの和波さんと対談する番組があれば見入る遥かな存在の青年でした。
4月28日はゴミ捨ての日。こののゴミステーションは歩けば10分ほどかかるので車で行きます。道子さんが「ゴミ捨てに行くついでに『モーニング』で食事をすませてそのまま散歩しようか」といい、ぼくもすーっと賛成しました。田舎で暮らすと、ときにそんなことをしてみたくなります。といってもこの2年間に一度やっただけですが。
だけど近くに一軒だけあるあの喫茶店ではなー。
そうだ! 5分も車を走らせてとなりの町に行けば、ため池のほとりに喫茶店がある。あそこだってモーニングくらいやってるだろう。
車で店の前に行ってみると定休日と立て看板。このまま家に帰る気にもならずなんとなく車を走らせるうちに道の駅に来てしまい、そこで朝食をすませて帰ろうとしたとき案内所のチラシの棚に梯剛之という字が見えました。
明日29日となりの小野市で、梯剛之さんのオール・ベートーヴェン・プログラムの演奏会があると書いてあります。すぐに電話してみると事務所は定休日でした。次の日朝一番に事務所に電話してチケットがあるのをたしかめ、夕方久しぶりにネクタイをしめて出掛けました。
二列目の席でした。目の前で梯さんが弾いています。大げさな身振りや表情を付加することなく、内なる音楽のエネルギーをまっすぐ鍵盤に伝える梯さんの演奏に圧倒された二時間でした。
偶然がいくつも重なってこの空気の振動に身をさらすことができました。我が人生にこんな至福の時間がまだ残されていたとは。
いいえ。偶然はそんなに都合よく重なるものではありません。めぐまれているのです。なにか大いなるものに。
行雲流水の心で晴耕雨読の田舎暮らしをしたいといいながら、自分の人生は自分で仕切ろうとあくせくしていないか。力をぬいて生きてみなさい。
夜道を運転して帰りながら、そんな声が聞えてくるような気がしました。