古希からの田舎暮らし

古希近くなってから都市近郊に小さな家を建てて移り住む。田舎にとけこんでゆく日々の暮らしぶりをお伝えします。

動物児童文学  『千子の夏休み』 (5)

2011年08月21日 04時05分40秒 | 古希からの田舎暮らし 80歳から
 しばらくして、ゲンから、11時にとめきちさんの家にくるように、とでんわがあった。
 千子は、ちょうど11時にとめきちさんの家につくように、家を出た。
 竹やぶの小道をぬけ、ひらけたところに出ると、ゲンがとめきちさんの家に行こうとしているのが見えた。
 ゲンは、とめきちさんの家のまえで千子をまち、二人いっしょに家に入った。
 光さんともうひとり、見たことのないおじさんがまっていた。
 かべぎわに、白い布をかけた台がおいてあり、とめきちさんの位はいと、ふくろに入ったつぼがのっている。そのよこに写真がたててあり、千子のしっているとめきちさんより、すこしわかい顔がやさしくわらっている。
 光さんが、ロウソクに火をつけて、せんこうをたてた。千子は、ゲンとならんで、位はいに手をあわせた。
 光さんは、ざしきのしょうじをあけた。田んぼと池が見えた。
「このおじさんは、中学のときからのともだちで、いまはどうぶつ病院のお医者さんだけど、いっしょにはなしをきいてもらうよ」
 おじさんは、よろしく、とゲンと千子に頭をさげた。
 光さんは、しばらくだまってけしきを見ていたが、しずかな声ではなしはじめた。
「おとなにはなすことばになるけど、きいてください。ゲンちゃん、千子ちゃん、そしてもし声がとどくなら、なくなったおじいさんにも、たくさん生れて死んでいったモルモットにも、きいてもらいたくて、光という人間のしたことを、はなします。
 ぼくが、おじいさんにモルモットを買ってもらったのは、中学一年のときでした。うれしくて、名前をつけてはなしかけ、まいばんだいてねました。
 そのうち、学校でいやなことがあると、モルモットにあたるようになりました。かわいそうと思う気もちはあっても、モルモットのいやがることをする自分を、とめられなくなりました。それにいつのまにかモルモットがふえてきました。
 ぼくは、モルモットを飼うのがいやになり、すてることにしました。モルモットはふえて11匹になっていましたが、紙のふくろに入れて、池のむこうにおいてきました。
 おじいさんはそれを見つけて、ひろってきましたが、なにもいいませんでした。家のうらに小さい小屋をつくって、モルモットのせわをするようになりました。おじいさんは、ぼくにあてつけがましく飼っている。はらがたちました。ぼくは、ぜったい、モルモットのせわをしなかったし、小屋をのぞこうとしませんでした。
 家をはなれて航空高校に入ってから、モルモットのことを思い出したことはありません。二十三年ぶりにかえってみると、なんと、おじいさんは、まだモルモットを飼っていたのです。びっくりしました。
 おじいさんが死んだら、モルモットをせわする人はいない。だれかもらってくれたら気がらくだけど、こんなにたくさんのモルモットをひきとる人はいない。
 しょぶんしてもらうしかないと思って、どうぶつ愛護センターにでんわしましたが、モルモットはひきとらない、といわれました。
 ぼくは、どうぶつ病院の医者をしているともだちにそうだんしようと思い、きのうモルモットのせわをしてから、行ってわけをはなしました。
 どうぶつ実験には家で飼っているようなモルモットはつかわない。しょぶんするのなら、安楽死がある。ますい注射ならくるしまないだろう、といわれました。
 そうするしかないと思って、きょうは注射をしてもらうことにして、水田さんとこの人とぼくはおさけをのみ、そのままともだちのうちにとまりました。
 けさ、かえってみたら、モルモットの小屋の戸があいています。
 しまった! 戸のまえにあの石をおくのをわすれた。
 モルモットはぐったりしています。1匹ずつ手にとってみましたが、ぜんぶ死んでいました。
 水田さんが、犬のあしあとがある。野犬がおそったのだろう、といいました。
 モルモットは、こわかっただろう。
 モルモットは、いたかっただろう。
 ゲンちゃんや千子ちゃんには見せられない。モルモットは、はかにうめました。
 なくなったおじいさんが、ぼくのすることを、そばでだまって見ている気がしました。
 ゲンちゃんや千子ちゃんには、モルモットは、もらう人があったからあげた、というつもりでした。でもすぐ、うそだとわかる。
 わかっても、ゲンちゃんと千子ちゃんは、なにもきかないで、しんじたふりをするでしょう。
 おじいさんが、ぼくなら、どうするだろう。
 おじいさんがぼくなら、いいわけしたり、ごまかしたりしない。自分のしたことを、しょうじきにはなすだろう。
 どう思われようと、ぼくのしようとしたことを、ありのままはなそう。 
 はなすのは、ぼくには勇気のいることでした。
 はなしをきいてくれて、ありがろう」
 光さんは、頭をさげた。千子はゲンを見た。ゲンは池のほうを見ていた。
 しずかだった。かぜがなくて、8月15日のまひるの太陽が、かーっとてっていた。
「とめきちさんにもらったモルモットは、ぼくが飼う」
 ゲンがいった。光さんはうなずいた。
「それは、ぼくからも飼ってくださいとおねがいする」
 どうぶつ病院のお医者さんをしているおじさんが、いった。
「2匹いるそうだね。それが気になる」
「おすとおす。とめきちさんがえらんでくれたんや」
「それならいいだろう。でも、あとでたしかめさせてほしいけど、いいかね」
 ゲンはうなずいた。おじさんは、もうひとつ気になることがある、といった。
「あのモルモットは、はじめは2匹だった。同じ小屋で飼っているうちに、つぎつぎと子どもがうまれて、ずーっとつづいてきた。よくないことだ。だからゲンちゃんのモルモットには、もしめすといっしょになることがあっても、子どもができないように、手術をうけてほしいんだけど」
「お金がかかるんやろ」
 ゲンにきかれて、おじさんはうなずいた。
 光さんが、いった。
「そのお金は、ぼくに出させてほしい。もし、モルモットが病気になったら、どうぶつ病院につれていってほしいし、そのお金も出す。かってなおねがいだけど、モルモットにはできるだけのことをして大事に飼ってほしい」
「光くんの気もちはわかるけど、たしかにかってなおねがいだな」
「だれにでもたのめることじゃない。ぼくのしたことをぜんぶわかったうえで、モルモットを飼うといってくれるゲンちゃんだから、たのんでるんだ」
「ばあちゃんは、ぼくがモルモットを飼うのをゆるしてくれた。でも本をよんで、手術とか病気とかお金のかかるのが気になってたんや。子どもがつくれないようにする手術は、ぜったいうけさせようと思うし。だからぼく、どうぶつ病院につれていくから、ひようは光さんにせいきゅうしてな。ぜったいばあちゃんに、せいきゅうしたらあかんで」
「よし、わかった。いつでもつれてきなさい。これで、一けんおとくいさまがふえた」
 おじさんがあくしゅしようと手を出した。ゲンは、その手をにぎって、にこっとした。
 お医者さんのけいたいでんわに、でんわがかかった。
「アライグマが7匹つかまったそうだ。しょぶんにたちあうからお先にしつれいするよ」
 おじさんは、かばんをもってかえっていった。
 ゲンがきいた。
「光さん、この家はあき家にしとくの?」
「このままなら5年でくずれてしまうらしい。ぎょうしゃの人が、もしこの家の古い柱や屋根の材木をもらえるなら、ただでこわしてあげるって。だからたのもうと思ってる」
「家のあと地はどうするの」
「どうするつもりもない。草ぼうぼうになる。ゲンちゃんとこで、畑でもつくってくれたらうれしいけど」
「畑はいらん。しごとがふえるだけや」
「クローバーの野原にしたら? モルモットのさんぽができるよ」
 千子がいうと、ゲンがさんせいした。
「そうや。クローバー畑にしよう」
 家をこわして更地になったら、ゲンがクローバーのたねをまくことで、そうだんがまとまった。
「ゲンちゃん、夕方になったら、モルモットをさんぽさせようよ」
 千子にいわれて、ゲンはモルモットをつれて、クローバーのしまに行くことをやくそくした。
 
 やくそくの時間よりはやめに、千子は家を出た。竹やぶの小道をとおるとき、3週間まえ、はじめてこの道に入ったときは、びくびくして歩いたことを、思い出した。
 小道をぬけて池の見えるところまでくると、ゲンは、さきにクローバーのしまにきていた。
 日がしずもうとしていた。思わず見とれてしまうほど大きな太陽だった。
 ゲンのあしもとにはモルモットがいて、いつものように頭をくっつけて、クローバーを食べていた。
 千子が1匹のモルモットをだきあげた。
 ゲンがもう1匹のモルモットをだきあげた。モルモットは、うでのなかでおとなしくしている。
 千子が夕やけの空を見て、いった。
「千子、あしたのあさ、かえる」
 夕日にむかって、ゲンがいった。
「ぼく、千子ちゃんがおらへんかったら、こころが、この夏を、のりきられへんかったかもしれん」
 千子がきいた。
「ゲンちゃん、『千の風に』うたえる?」
「おんがくの時間にうたった」
「わたしも。うたおうか」
 ふたりは、夕日にむかって、うたった。

    わたしの おはかのまえで
    なかないでください 
    そこに わたしは いません  
    ねむってなんか いません
    せんのかぜに せんのかぜになって
    あのおおきなそらを ふきわたっています

 あさから出なかったなみだが、この日はじめて、千子のほほをつたった。
 千子はゲンを見た。
 ゲンはなみだのもりあがった目で千子を見た。
 夕日がしずんだ。
「冬休みに、またモルモットにあいにくる」
 千子はゲンにモルモットをわたした。
 竹やぶの小道に入るときふりかえると、ゲンは、まだクローバーのしまにたったまま、千子を見ていた。
 
                                      おわり 


    
  
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