昼間管理職のつぶやき

【英さん。の写真俳句プラスアルファの世界☆☆☆もっと・・・俳句オリティー】

ネタは探さない。ネタはそこにある。

田村麻呂あちらこちらに御落胤

2013-04-29 07:15:11 | アウターゾーン
まだ人は少なかった


これが一番一般的なベストアングル


実はこれが英さん。の隠れたベストアングル(木道からは外れた位置より)


ご協力のほど、よろしく


〈アウターゾーン・田村麻呂絶倫説〉
山形県長井市の伊佐沢地区にある「久保の桜」
樹齢1200年と言われる、国指定天然記念木のエドヒガンである。
つっかい棒だらけの、満身創痍の老木で、要介護Ⅴ程度と認定が見込めるが、保存会はじめみんなの介護で毎年美しい花を咲かせている。

時の征夷大将軍・坂上田村麻呂が当地を訪れた際、村の美しい娘の「お玉」と恋に堕ちた。
田村麻呂は、当地に永住して農家を継ごうとも考えた。
しかし、征夷という大目的のために、泣く泣く北へ旅立った。
その時、いつか必ず迎えに来るからと、誓いのしるしに桜の木を植えて、お玉と別れた。
それで、この桜は「お玉桜」とも呼ばれている。

ところが、現地の長老に言わせれば、ちょっと違う。
蝦夷征伐に向かう田村麻呂は、名うての荒くれ男だった。
通過する村では、逆らうと何をするかわからないとのこと。
そこで、この久保の村でも精一杯の酒食でもてなすことにした。
そして、村一番の美女のお玉を一夜の伽に差し出した。
健気なお玉は、村のために必死で職務を果たし、その後、病に倒れた。
村人は、お玉の供養のために、桜の木を植えて、花が咲くたびに涙を流して祈った。

聞くところによれば、福島県の田村市をはじめ東北各地には、坂上田村麻呂の絡む桜が数ヶ所あるようだ。
各地の言い伝えは、似たようなものである。
思うに、坂上田村麻呂は、かなり罪作りな人間であったのではなかろうか。
恋に堕ちたか、手籠めにしたかはわからないが、いずれ絶倫であったことは間違いない。

以上は、言い伝え+英さん。のフィクションである。

お玉の怨念と、田村麻呂の体力で生き続ける「久保の桜」を、是非ご覧いただきたい。
一昨日は、まだ咲き始めであった。
この地方には、このほかにも樹齢数百年クラスの古木が多数ある。

http://www1.shirataka.or.jp/sakura/
http://www.yamakobus.co.jp/teikan/sakura/index.html

昨日も雨で、結構寒かった。
連休後半が見頃であろう。

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コメント (4)
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