城郭 長谷川博美 基本記録

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日本国蒼然!貴方の求める歴史!貴方の求める観光!①

2020-09-29 21:01:14 | 社会観察
日本国蒼然!貴方の求める歴史!貴方の求める観光!①
さて下図は歴史と観光の断層を概論的に私が
表記した図表である。貴方が下図の何処に今
どこに所属して観光や歴史を語っているか?
一目瞭然に解る様に模式化にしたものです。

◆歴史と観光の断層
類例①
   観光ガイドさんに遺跡構造の解説を求める人。
観光地でその遺跡の解説を求める事は的外れである。
下図Bは考古学の分野城郭研究の分野に属するもの。
貴方の本心とは?AやBやCを求める研究思考の人。

類例②
   城跡ハイクで城郭解説が無く不満を発する人。
Gの観光/城郭ハイクに参加して城郭遺跡の解説全く
無かったと不満を申し述べる人。貴方の価値観本心
はAやBやCを求める研究志向の人。ハイキング
は観光行楽の分野に属し下図のG類に属する価値観。

類例③
   歴史探訪、歴史観光、古戦場巡り、紀行目的
で来たのに現地遺跡を詳細に解説する本格城郭研究
家にうんざりする人。これ勿論Gに属する行楽観光
憩い、リラックス、遊びなど、リクリエーシヨンの
価値観を持つ人です。実は是が日本の観光の定番で
観光城郭、博物館城郭、創作歴史名所が日本の主流。
旅行の本質は食べて、飲んで、見てくつろぐ事です。

類例④
   戦国武将〇〇の〇〇城の遺構を見学に来たの
に現地では観光ガイドさんの案内する場所は本当の
城郭遺跡から1000mも離れた観光看板に案内されて
城郭遺跡見学者はもうカンカンに憤慨してしまう事
も!?これも観光と史跡見学との強烈なる断層です。

類例⑤
  成績優秀な学生だった先生に史跡を案内して
もらったら!本当の遺跡から500m離れた看板を
案内されてガッカリ!先生は暗記が得意な優等生
でもDの教科書はABCの学門研究が進歩すると
昨日の教科書と今日の教科書と明日の教科書へと
あっさり書き変えら何と「歴史」とは軽い物か?

★真実、事実、現実のAを求める人は日本人に
は何と希少な事か?歴史って文字だけが歴史か?

◆対談者
しかし長谷川先生!下図を参照しますと左方向
は史実や、それ以上の真実や現実を追究しようと
する人間の心の動き「学際派」としての志向性が
解ります。また右方向に行きます現代の観光や
産業を基盤とする、人間の営みや現実を見る様
に思います。さて私個人は空想や幻想を求めて
いる訳ではなく真実を求めております。しかし
右方向は人間の快楽原則に従った遊びの世界や
娯楽性が存在、また現代観光産業の側面さえも
見えて来ます。さて貴方は何を求めていますか?
自分の志向する方向性を冷静に自己分析する事!

          貴方の求める歴史や観光の傾向を分析
          ←真実性の傾向にある/創作性の傾向にある→
A真実
事実
現実

B考古学
遺物
遺跡/城郭
唯物論
一次資料
※記録
民俗学
C記録
文献
日記
文献史学資料
一次資料
※記録
民俗学
D教科書
試験
受験
歴史劇
教師
E軍記
地誌
伝記

二次資料
F伝説
伝承
家譜
系図
神話
※伝承
民俗学
G観光
土産
行楽
名所旧跡石碑
地域振興大河ドラマ
観光組合
真実
検証証拠
当時の記録
暗記記憶学生
経年経過記録
伝承記録
創作創造
歴史小説
1段階
2段階
3段階
4段階
5段階
6段階
7段階
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賤ケ岳合戦 東野山城 出丸発見 その①

2020-09-29 06:10:53 | お城日記
賤ケ岳合戦 東野山城 出丸発見 その①

2020/9//27田畑氏と東野山城の出丸を求めて
林道西谷線の山尾根稜線を踏査した既に私は
新砦を2009年数カ所発見して図面化している。
しかし今から11年前の相当する。
▼林道西谷に隣接する出丸砦図
▼長谷川博美作成 縄張図 片流堀切に注目!

2020/9/27田畑氏と同道してこの遺跡写真
を撮影し2020/10/17の見学会の下見をした。
▼人口の削平面Aの現地写真2020/9/27

▼片流堀切に注目!削平Aに注目
◆城郭遺構所感
 天正11年賤ケ岳合戦は余呉谷を基準にして語られ
る事が多い。しかし越前の柴田勝家が江越国境から
南下する為には余呉谷(北国街道)だけではなく丹生
谷も利用して高時川上流より湖北平野(滋賀県北部)
に至る事が可能である。しかしこの通路は一般に
極めて狭隘であり北国軍の南下には適していない
しかし秀吉は柴田のもしも、高時川上流(丹生谷)
から柴田が南下した場合をも考えて丹生谷視認
可能な佐彌山南部方面にも丹生谷から柴田勢が
新入する事を警戒して今回紹介する砦群の傾向
として丹生谷に向かって当時の胸壁とも言える
土塁を設定し普請工事を推進したと私は推理す
る。田畑氏の後にある土塁は、丹生方面に機能
しており、片流の堀切も土塁も丹生谷を睨んだ
羽柴秀吉方の番所や陣所や見張り(哨戒施設)と
私は推理している。
▼発掘現場の田畑氏

▼片流堀切と土塁/犬走の現地遺構写真2020/9/27

ウッデイパル城郭フオーラム御案内
日時 令和2年10月17日
集合 JR北陸線余呉駅
時間 10時10分
講師 長谷川博美
会長 池月会長
理事 田畑氏
送迎 送迎バスあり
城郭 堀秀政 東野山陣城
   東野山出丸遺構
   佐彌山出丸遺構
   現地城郭遺跡検分
参加費用 2500円 
※ 特製弁当 資料レジュメ 現地遺構解説あり
★申し込先
 ウッデイパル余呉城郭係 0749-86-4145
 丸梨喰うーハローヨイヨゴ 0749-86-4145

付記
 田畑喜久弘氏と言う人は滋賀県多賀町の
佐目区、明智光秀伝説の城発見においても
常に、その輝かしい功績の裏側側に隠れて
縁の下の力持ち的存在に甘んじておられる。
スタイリッシュな流線型のスポーツカーも
エンジンなくば、走らない!立派な建物も
礎石なくば柱を立てる事が出来ない!地味
で目だない裏方の堅実な人が社会に必要だ!
▼2013年の朝日新聞滋賀版/片木記者記事
▼長谷川博美 滋賀県多賀町 佐目講演
▼この見学会の規格も田畑氏の助力貢献が大きい!
▼長谷川博美 伊庭山城遺跡 鳥瞰図


コメント (1)
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