ベートーヴェン: ピアノ協奏曲第5番作品73「皇帝」、ピアノソナタ第28番作品101
ピアノ: エレーヌ・グリモー、ウラジミール・ユロフスキー指揮シュターツカペレ・ドレスデン
2006年、2007年、DGへの最新録音。
こんなに美しい「皇帝」を弾いてくれるとは思わなかった。第4番を入れたのは大分前で、あの演奏を聴けば不思議はないにしても、こんな風にうまく力の抜けた、このピアノとオーケストラが同じ楽想をゆっくり美しく紡いでいく第1楽章が見事に弾かれた演奏は、久しぶりである。私にとっては、そう今でもよく聴くフリードリヒ・グルダの演奏以来だろうか。
「皇帝」というと第4番より力強いというイメージを持ってしまうが、それも第3楽章の冒頭くらいで、他の部分は4番よりリリックといってもいいくらいである。
この第1楽章の特徴はグレン・グールドの解説(TV番組の録画が出ている)で、教えられたのだが、グリモーの演奏で、冒頭のちょっとねばったフレージングがグールドのそれと似ているのは象徴的だ。
ユロフスキーは名前からしてスラブ系だが、今ドイツで売り出し中らしい。演奏は今どうしてもこういう古楽器奏法の影響があるものになってしまうのだろう。すこしがさがさとした感じでピアノと合っているかどうか。グールドの場合は自分がノン・レガートでもオーケストラはレガートが勝ったスタイルを好んでいた。
もっとも今回の録音では、オーケストラのマイクがオンになりすぎ、バランスが悪くなっているようにも聞こえ、そのせいもあるだろう。
カップリングが作品101というのはなんとも趣味がいい。この曲はこの後のソナタ4曲と比べても勝るとも劣らない。それはグルダの演奏を聴けばわかる。
グリモーの演奏は皇帝とは異なり、自分の感じたとおりに細部を思う存分動かした、振った表現になっている。音の強弱は特に変ったところはないが、フレージングの表情はあやが目立ち、特にリタルダントが強調されているところが多い。
これは第4番にカップリングされた作品109、110でもあったことではある。感じたものを表現としてその振幅を出来るだけ広げるということなのだろう。
彼女が自分に向き合ったときの本質的なものはこういうソロにあるのかもしれない。とはいえロマン派の曲ではそれほど感じないのにベートーヴェンで、そういえば「テンペスト」でも、感じるのは、やはりベートーヴェンという人の作曲の力なのだろうか。つまりそうやっても曲の形と力は決して失われないし、逆にそれが際立つ箇所もある。だから彼女も作曲者を信頼しているのか。
考えてみると若手のピアニストはコンチェルトの録音でデビューしてもいずれはソロが多くなるのに、グリモーの協奏曲録音の多さは目立っている。演奏者にとって、楽譜に定着された曲に向き合い音を出すということは自分を知ることにつながるのだが、相手が作曲者だけでは外界と折り合いをつけるところまで行かない場合もあるのだろうか。
だから彼女にとって協奏曲は重要な意味を持っているのかもしれない。
ところで今CDは簡単に作られ、それほど大家でなくても多くの録音が発売される。しかし女性ピアニストの「皇帝」は非常に少ない。アルゲリッチにだってないだろう。もっとも彼女はコンサートでも確か1番と3番くらいしか弾かないが。
これは「皇帝」というイメージが大きいのか、最初にふれたようにこの曲の解釈の常道で力強く弾かなければと考えられているからか、また別の問題なのかはわからない。
確かLPレコードの時代はジーナ・バッカウアーという人の録音があって、女性が弾く「皇帝」としてかなり珍しがられた記憶がある。
買って聴いた輸入盤は初回限定のDVD付であった(DVD無しも同時発売)。映像は「皇帝」と「クレド」(アルヴォ・ペルト)の録音風景、そしてクレドのCD国内盤についていたバッハ前奏曲ハ長調、さらに多くのポートレート(!)。
贔屓だからとはいえ、見る価値はある。今回の映像を見ると、以前はきれいだがどこか近寄りがたい雰囲気があったのが、かなりやわらかくなった気がする。
フリードリッヒ・グルダがモーツアルトをまとめて録音したのは先ず1980年、それは昨年3枚組CDでDGからリリースされた。
the GULDA MOZART tapes
それだけと思っていたら、今回Ⅱが2枚組で発売された。1982年録音ということだが、うれしいのはあきらめていたイ短調K.310のソナタが入っていることだ。先のCDについて書いたときに触れたように、この曲の録音は聴いたことがなく、彼がどうして録音しないのか不思議であった。他にも今回はK.331を始め比較的ポピュラーなものが入っている。
全部は聴いてないが、とにかく喉を潤すがごとくK.310を聴いた。
これは本当に遊びがない、真摯で立派な演奏である。モーツアルトのソナタは、大人がいろいろ考えたりいじくりまわすとうまくいかない、子供の演奏に負けることがある、澄み切った悲しさ、など言われることは多い。しかし、グルダは彼が他の曲を弾くときいい意味で楽しませてくれるプレイの要素をここで出さず、このスコアからどうやって音楽を再現しようかに集中している。
だから、彼がベートーヴェンで時折みせる弾き飛ばしていくことによって何かが生まれ、そういう連鎖が一つの世界を作っていく、という具合ではなく、もっと短い曲想一つ一つに表情を意味をつけていく。
最初、グルダにしてはねばった、しつこい進行に聞こえるが、それも気にならなくなり、この曲の簡潔だがよく出来た構造、特に左手の表情、左右のバランスが見事である。
40年ほど前になるだろうか、ディヌ・リパッティの録音を聴き、その演奏が見せる曲の美しい構造、短調らしい表情に感心して以来の驚きといったら大げさか。ようやくグルダの演奏が聴けたということが半分かもしれないが。
考えてみると、モーツアルトのK.310とベートーヴェンの「悲愴」はいろいろな意味で完璧な作品である。
まず、テクニック的にはそれほど難しくなくピアノをある程度集中して習った人ならたいてい弾くことが出来る。そして時間的空間的な構造に無駄がまるでなく各楽章の関係もわかりやい。
弾く人は皆、この素晴らしい世界を深く感じ取ることが出来るに違いない。うらやましいことである。
ベートーヴェンの晩年のソナタなどはその深遠な内容などからより高く評価されることが多いが、曲のまとまりを考えるとそうだろうか。この2つは奇蹟としかいいようがない。
「マッチポイント」 (Match Point, 2005年、英、米、ルクセンブルグ、124分)
監督・脚本:ウディ・アレン
ジョナサン・リス・マイヤーズ、スカーレット・ヨハンソン、エミリー・モーティマー、マシュー・グード、ブライアン・コックス、ペネロープ・ウィルトン
プロテニス選手をやめてロンドンでクラブのコーチを始めたアイルランド出身の青年が、そこで知りあった金持ちの息子と親しくなり、その妹と結局は結婚、彼女の父の会社で出世し始めるが、息子の方の元婚約者の色気に負けてのめりこんでゆく。さてそして事件が、その結末はという話。
演劇でもいいくらい無駄のない台詞運び、映画としてはややリアリティを欠くが、ロンドンのどちらかというと最近のモダーンな舞台装置をうまく使いながら、話は進む。
しかし、やはり終盤は、それはないだろう。いくらタイトルで、テニスのコードボールがどちらに落ちるかで試合は決まる、そう人生もと吹き込まれていたって、これはスノッブ趣味以下である。
この主人公の成り上がり志向、そのぎらぎらしたところをもっと出すとかしていれば、より納得できる展開になったかもしれない。傾向としては「太陽がいっぱい」つまり「リプリー」と似ているのだが、主人公の内面に関する書き込みが弱いのだ。
ウディ・アレンにとってこの映画は、スカーレット・ヨハンソンを使いたい、これまでの彼から想像するに唾をつけたい、それがまずあったのではないか。そこだけに限定すれば、これは彼のそして世の中の男がスカーレットにいだくちょっとよからぬ気持ちを的確に表現できている、とはいえるだろう。
スカーレット・ヨハンソンという人は、そういう期待を裏切らないし、またその先まで行ってくれる。これは「真珠の耳飾の少女」(2003)、「理想の女(ひと)」(2004)と同様だ。この映画は彼女なしには成り立たない、乗っ取ってしまったといえる。
主人公を演じるジョナサン・リス・マイヤーズは、この人たちの間に入るともう少し身長があればと思うが、まずまずの演技か。
こういう話、ダニー・デ・ヴィートあたりが撮ると、運命と環境にのたうちまわる人間を、ユーモアとペーソスたっぷりに描いてくれるのだけれど。
「自画像の証言」 (東京藝術大学大学美術館陳列館 8月4日~9月17日) 東京藝術大学創立120周年記念企画
卒業制作の自画像160点あまりを並べた、珍しい展覧会である。著名な画家のものもあるが、多くは知らない、また中には画家をやめてしまった人もいる。
1898年に黒田清輝の考えで油絵専攻の学生にはかならず自画像を描かせ、それを大学が買い上げることを始めた。
考えてみれば、自画像という考え方はそれまで日本になかったであろうし、ヨーロッパだってルネッサンスからである。
見ていくと、自画像への対し方はいろいろあると感じられ、とにかく正直、誠実に描いたもの、弱さをえぐりだし冷静に描いたもの、ちょっと気取ったもの、よく見せようとしたもの、様々である。面白いのはそういう態度そのものも自画像の要素であろうし、それが結果として出ていてこちらにも伝わってくることだ。
おそらく描いていって、そういうことは画家にもわかってくるだろう。しかしそれがいやだからといって、これではだめだと反省したからといって、全部変えることは出来なかったのではないか。つまり絵筆の動き、タッチはそれでも同じようになったのではないか。ここらは文章、文体というものと共通するものだろう。
年代順に見ていくと、戦後に女性が出てきてこれまでとは違った新鮮な感が出ている、と思ったら不思議なことに気がついた。
1955年から一気に1973年へ飛んでおり、その間がない、作者の生年でいくと1930年生まれの次が1947年生まれである。
受付の人に聞いたところ、この間は卒業制作がなかったそうである。これは油絵科だけが作品を買い上げてもらえるのは不公平という理由で騒動になったせいらしく、その後かなり経って日本画、彫刻など美術すべての専攻について共通のものとして再開されたとのこと。
これは非常に残念なことである。こういう蓄積がこんなにも素晴らしい財産になると当時の人たちは気がつかなかったのだろうか。
また1970年代後半あたりから、本人とわからないようなもの、抽象画、絵とはいえないものなどが出てくる。そして10年後くらいにはまた具象も多くなってくる。これは日本の画壇の風潮なのか、それとも前述の中断・再開後の混乱によるものなのかどうかはわからない。また1986年の村上隆に象徴されるように、フラットなものが多くなっている。
そして平成になり、この何年か、特に女性アーティストのものがいい。今30歳前後の女性の活躍にはこれまでもいくつかの機会に気がついていたことではあるが。
有名な画家がこのときいい自画像を描いていたかどうか、それはこちらの先入観もあるだろうから、その評価はいい加減かもしれないが、それでも歩いて見始めたときに、やはり熊谷守一、青木繁は目立っているし(2人は1904年の同期)、荻須高徳(1927年)の立体感、存在感もいい。
なお、これを見るきっかけになったのはNHK教育テレビのETV特集「日本人と自画像」(8月19日)で、この企画から展覧会が生まれたともいえるようである。今後、少なくとも権利問題がクリアされたものについては、デジタルアーカイブとして公開されることを望みたい。
前田智徳が2000本安打を達成した。
怪我がなければ首位打者もとっただろうし、もっと早く2000本、といわれているのはそのとおりだし、落合、イチローが認める天才打者というのも、報じられているとおりである。
一番の魅力はジャストミートしたときの打球で、彼はホームランバッターではないといわれるが、打った途端にわかるホームランという打球では彼のが一番だ。
熊本工業高校を出て広島カープに入った多分2年目だったと思うが、オープン戦でそのとき驚異のスイッチヒッターとして輝いていた高橋慶彦の代わりに見慣れない前田がよく先発していた。そう、彼も最初は内野手であったし、足も速かった。
前田の性格からすればもちろん一つの通過点に過ぎないだろう。しかしとにかくよかった、いくらいい選手でも何か形がないとあとあと語られない。この打者がプロ野球の世界に鮮明な記憶を残すためにも、うれしいことであった。
おめでとう