ヴェルディ:歌劇「椿姫」
指揮:ダニエレ・ガッティ、演出:ドミートリ・チェルニャコフ
ディアナ・ダムラウ(ヴィオレッタ)、ピョートル・ベチャワ(アルフレード・ジェルモン)、ジェリコ・ルチッチ(ジョルジョ・ジェルモン)、ジュゼッピーナ・ピウンティ(フローラ)、マーラ・ザンピエーリ(アンニーナ)
2013年12月7日 ミラノ・スカラ座 2013年12月 NHK BS録画
もっと早く見てもよかったのだが、このところナタリー・デセイの二つ(メトロポリタンとエクス・アンプロヴァンス)が続いたので、少し時間をおいていた。
舞台装置と衣装は物語の当時よりは後だが、今よくある現代風でもない。ただ中途半端という印象はなく、むしろ余計なものを省いて物語に集中できるようにはなっている。
それでも、田舎に引っこんでの生活ぶりは、金を使い果たして持ち物をパリに売りに行くというような感じではない。つつましいというべきか。
さてこオペラ、ジョルジジョ・ジェルモンの偽善、アルフレードの幼稚さ、などあっても、とにかくヴィオレッタが中心、彼女は結局思いどおり生きた、それが音楽、歌唱とともに聴く者の胸をうつわけだから、それはダムラウにかかっている。
いぜんより太目で、衣装もあまりおしゃれでなく(これは気の毒)だけれど、歌は素晴らしい。役を考えれば、ちょっと激情的なところや終幕などもう少し「破」があってもいいが、それは肺病で死んでいく主人公の音楽としてはあまりにも立派なものをヴェルディが書いてしまったからしかたがない。
このひとどちらかといえば「アイーダ」なんかのタイプだけれど。
ベチャワのアルフレード、ちょっとやんちゃすぎる感じはあって、あのラス・ヴェガスを想定した「リゴレット」のマントヴァほど合ってはいないけれど、アルフレードとしてはこれでもいい。
ルチッチのジェルモンも、まずまず。以前と違って、当方にとって、この役は偽善がはっきりしている。
カーテンコールで、ベチャワ、チェルニャコフ、ガッティに「ブー」があったようだが、好みもあるだろう。
ガッティに何か問題があったとは思わない。このオペラ、スカラのオーケストラで聴くのは確か初めてだが、ダムラウの歌唱を支えるものとしてしっかりしていたと思う。最近ワーグナーでも練達だし。
チェルニャコフの演出、小道具の使い方に首をかしげるところはあった。たとえば大きな紙の箱をかき回し、アルフレードの未来の花嫁に渡してくれという肖像(写真?)など、、、
それでも、本当の最後、ヴィオレッタが息絶えた後、アンニーナが男たちを扉の外に追いやり、手をそのままにしたポーズで終わるところ、これは見事だった。なによりヴィオレッタが思うように生きたストーリーだということを、アンニーナに表現させた。ザンピエーリもよかった。