メドレー日記 Ⅱ

by 笠羽晴夫 映画、音楽、美術、本などの個人メドレーです

アレサ・フランクリン

2018-08-17 15:04:06 | 音楽一般
アレサ・フランクリンが亡くなったという。1942年生まれの76歳。
 
彼女のゴスペル主体の歌をアルバムで好んで聴くわけではないが、代表的なヒットである「小さな願い(I say a little prayer)」や「ナチュラル・ウーマン」はそれぞれを作曲したバート・バカラック、キャロル・キングのベスト演奏アンソロジーでよく見るものである。
すぐれたライターにとって、提供しがいのあるシンガーだろう。
この2曲は私も歌ったことがある。

なおキャロル・キングと彼女は同い歳である。
 
ゴスペルということで印象深いのはサイモンとガーファンクルの「明日に架ける橋」で、きくところによると、これをアフリカで歌うと、原曲を知らない多くの聴衆はもとからのゴスペルだと思うそうだ。米国でのライヴ録音で聴くと、ここまで行くかと驚く。






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ジェイソン・ボーン

2018-08-13 21:10:12 | 映画
ジェイソン・ボーン(JASON BOURNE 2016米、123分)
監督:ポール・グリーングラス
マット・デイモン(ジェイソン・ボーン)、トミー・リー・ジョーンズ(デューイ)、アリシア・ヴィカンダー(リー)、ヴァンサン・カッセル(アセット)、ジュリア・スタイルズ(ニッキ―)
 
「ボーン・アイデンティティー」(2002)から始まったシリーズの5作目。第1作と第2作は見たと思う。マット・デイモン演ずるジェイソン・ボーンが出てくるのはこのうち四つだそうだ。
アイデンティティーという題名にあるように、CIAの動きの中で、自分は何者と問いつづけながら、謀略と戦闘の中で翻弄されていく、というストーリーは今回も同様。
 
以前一緒だった女性エージェントのニッキーがハッカー組織と手を組んでCIAの機密情報を盗み出し、ジェイソンに接触する。ジェイソンは殺された父親の情報を探ろうという意図もあってそれに入っていくが、それをつかんだデューイ長官は志願してきた女性エージェントのリーに彼らの抹殺を命じ、また狙撃者アセットを中心にチェイスが始まる。
 
実はCIAも一枚岩ではなく、長官は大きなSNSグループの創立者カルーアと強引な取引で登録者情報を自由に使おうとしていて、それにカルーアが対抗する動きとジェイソンの追跡が重なっていく。このあたりは現実のフェイス・ブックやスノーデンの事件を背景にしているのだろう。
 
ただ、映画としての展開は、今日のIT技術とネット社会を反映(それも極端に)して、すべてがコンソール上で探知され、追跡者たちに指示され、またその中の相互連絡あるいはその出し抜きもスマホベースの技術が駆使されている。
 
したがって、きわめて長く派手なカー・チェイスも、格闘も、一昔前ほど、観ていてインパクトが感じられない。これで本質的に何かが決するのではないのでは、と常に思ってしまうからだろうか。
それでも2時間見ていてなぜかそう退屈はしなかった。
 
トミー・リー・ジョーンズ、長官の貫禄はさすがだが、一つ一つの動きはやはり年齢には抗えないか。アセット役のヴァンサン・カッセルはさすが恐ろしさを出していた。
 
リー役のアリシア・ヴィカンダー、はじめて見る人だが近年随分実績があって評価も高いらしい。クール・ビューティの風貌は役にぴたりである一方、スクリーンの中ではちょっと華奢な感じもある。
 
さてマット・デイモン、よくもここまで抑えた演技で我慢したなという感はある。シナリオがそうなのだが。
 
再度いうと、スパイ・サスペンス・アクションもの、今後みなこんな風になってしまうんだろうか?


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モーツァルト「イドメネオ」(メトロポリタン)

2018-08-08 17:16:44 | 音楽
モーツァルト:歌劇「イドメネオ」(K.366)
指揮:ジェイムズ・レヴァイン、演出:ジャン・ピエール・ポネル
マシュー・ポレンザーニ(イドメネオ)、アリス・カート(イダマンテ)、ネイディーン・シェラ(イリア)、エルザ・ヴァン・デン・ヒーヴァー(エレットラ)、エリック・オーウェンス(ポセイドン/神の声)
2017年3月25日 ニューヨーク・メトロポリタン歌劇場 2018年8月WOWOW
 
1982年の故ポネル演出をもとにしたもの。レヴァインはこの時も指揮をしていて、イドメネオはパヴァロッティ、という伝説的なものらしい。
 
「イドメネオ」は作曲者24歳の時の作品で見るのははじめて。いわゆるオペラセリアで、「後宮からの誘拐」から晩年の「魔笛」へと続くジング・シュピーゲルとは全く趣きが違う。
 
舞台は古代ギリシャ、トロイ戦争の後の話で、クレタの王イドメネオはトロイとの戦いに勝つが帰路嵐にあい、海の神ポセイドンに帰って最初に会うものを生贄にささげるという約束をして生きながらえる。ところが顔をあわせてしまったのは息子イダマンテだった。一方イダマンテはトロイの王女でクレタに囚われているイリアと互いに恋仲になっているが、それにここに来ていたエレットラが嫉妬の炎を燃やす。
 
物語の構造が提示されてしまえば後は、音楽と演技をしっかりと見ていくほかはない。そうなるとこの作品、そう面白いというものではなく、少し肩がこる。脚本ばかりでなく、モーツアルトの音楽もである。この真面目な形式のセリア、父と子、それに対する若い世代の愛という要素、24歳のモーツアルトが父を意識して独り立ちをしようと書いた、という説明もあるが、そういわれればという感じもある。
 
とはいえ、勝負の第三幕(ここは評価が高い)では、冒頭のイダマンテとイリアの長い二重唱、そのあとの父イドメネオが神との約束を果たそうと息子に剣を突きつけるクライマックス、その後の大団円を受け取れないエレットラの狂乱など、展開の面白さはある。
 
特にここでは、合唱が音響の効果ばかりでなく、しっかりとした語り手として進行を担い、いわゆるギリシャ悲劇のコロスとなって素晴らしい効果を出している。これは世界一といわれるメトの合唱団の面目躍如といったところだろう。
 
ポレンザーニのイドメネオ、実力は十分で、むしろ上品に演じた感があるが、それがむしろイダマンテとイリアに焦点をあてた形になり、物語の受け止め方としてはこれでよかった。
 
イダマンテは女声のいわゆるズボン役で、カートの歌は力強さよりもう少し透明感に寄ったほうがよかったように個人的には思う。一方イリアのシェラが素晴らしい。澄んだきれいな声で、想いを表出するときの強さもあり、また風貌、スタイルが抜群である。出演時まだ20代だが、コンクールの実績もあるようだ。メトはライヴ・ビューイングでの集客も重要だが、そうなるとガランチャ(カルメンなど)、オポライス(蝶々夫人など)に加え、このシエラも楽しみというものだろう。
 
なおイダマンテとイリアの二重唱を聴くと、イダマンテが女声というのは頷ける。モーツアルト最後のオペラ「皇帝ティートの慈悲」もオペラセリアであるが、ここでもズボン役が使われている。
 
それにしても、ここにどうしてエレットラ? あのアガメムノンの娘であるが、何故ここにいるのかよくわからない。だがここはあの「マリア・ストゥアルダ」(ドニゼッティ)の烈女エリザベッタ(エリザベス)で、演技は素晴らしい。
これを聴くと、モーツアルトのオペラで、その後オペラセリアでなく、またコメディの傑作群でもなく、あのドン・ジョヴァンニが出てこざるをえなかったのは、、、と想像が膨らむのである。
 
ジェイムズ・レヴァインの指揮、作品を自立させることに力を注いで、無駄に力が入っているところがなく、文句のつけようがない。





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ザ・ダンサー

2018-08-02 10:29:09 | 映画
ザ・ダンサー(La Danseuse/The Dancer、2016フランス・ベルギー、108分)
監督:ステファニー・ディ・ジュースト
ソコ(ロイ・フラー)、ギャスパー・ウリエル(ルイ・ドルセー伯爵)、メラニー・ティエリー(ガブリエル)、リリー=ローズ・デップ(イサドラ・ダンカン)
見たのはフランス語字幕版
 
ロイ・フラー(1862-1928)という実在のダンサー、サーペンタインダンスというスカートダンスの草分けの一人で、またこういうダンスの効果を出すための舞台装置、照明などで功績があった人を描いたものである。
 
アメリカ中部の出身であるが、ニューヨークに出てきて、その後パリでフォリー・ベルジュール、オペラ座などで活躍しており、父親がフランス人であったらしいから、フランス語版でも違和感はない。
 
舞台装置の創出については具体的だが、ダンスについては直感的で終わると倒れてしまうというタイプとして描かれている。細部の描きかたはあっさりしていて、むしろ後からああそうだったのかと思わせる作り方(珍しいというほどではないが)。
 
ロイ・フラーについては全く知らなかったが、パリ万博で彼女が評価し多分共演した日本人(映画の中で名前は出してないように思うが川上貞奴のはず)、ロイより後の世代で評価はしたがライバル意識も強かったイサドラ・ダンカンなどとのからみがあり、パリでの、当時の彼女の立ち位置について、理解はできた。
 
ダンス中心の彼女の人生、キーになるのはパリに飛び込んできたロイの才能を見抜いて理解者となりサポートを続けたガブリエルや、恋人、パトロンとしてあやういしかし映画的には面白い関係が続いたルイ伯爵だが、イサドラ・ダンカンを含め、異性・同性の接触、関係が常に全体を包んでいる。そのタッチは、偏見かもしれないが、女性監督ということもあるのだろうか。どこかリリアーナ・カヴァーニに通じるところがあった。
 
ドラマとしてはところどころスリルを感じても結局おさまっていくのは、物足りないところではある。
 
ソコは残っている写真を見るロイ本人に似ていて、またそのダンスのちょっと疲れるくらいのパワーの表出はたいしたもの。
ルイのギャスパー・ウリエルは、こういう雰囲気にぴったりで、「サンローラン」の主人公を演じているらしいのもうなずける(ただサンローランに関してはドキュメンタリーと同時期の伝記映画は見ているが、これは見ていない)。
ガブリエのメラニー・ティエリーがとってもいい、好ましいというか。
イサドラ・ダンカンのリリー=ローズ・デップはなんとその名のとおりジョニー・デップの娘、母はヴァネッサ・パラディだからフランス人といってもよく、出演当時まだ17歳くらいだったはずだが、そう違和感はない。
 
ロイのダンスで使われるのはヴィヴァルディの「四季」、それも激しいところがうまく使われている。イサドラ・ダンカンが舞台ではないところでこれ見よがしに踊るのはベートーヴェンの交響曲第7番第2楽章。この深く悲しく、それでも清新なタッチがある曲を、ロイよりかなり若いがいずれ脅かしてくるこの娘に配したセンスはなかなかだ。


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