合津城址付近をウロウロと歩き回っていると写真の場所に行き着いた。
手持ちの資料には掲載されていなかったが、実際に歩いてみるとこういったものに偶然出会えるのが楽しい。
「1864年2月22日、初めて長崎の地(島原湊)を踏んだ坂本龍馬が島原街道を歩いて初めて宿泊したのが、この深浦邸(旧愛津庄屋)である。
現在も子孫が住むこの地には残念ながら当時の建物は残っていないが、城郭を彷彿とさせる石垣が積み上げられ、豪農の財力をうかがわせている。」
勝海舟・坂本龍馬一行は、22日の朝に島原湊に上陸して1日でここまで歩いてきたんだな~。
すごい健脚だ。
ちなみに坂本龍馬に先立つ、1812年に日本地図を作成した伊能忠敬の一行もここに宿し、愛野地区を測量しています。
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手持ちの資料には掲載されていなかったが、実際に歩いてみるとこういったものに偶然出会えるのが楽しい。
「1864年2月22日、初めて長崎の地(島原湊)を踏んだ坂本龍馬が島原街道を歩いて初めて宿泊したのが、この深浦邸(旧愛津庄屋)である。
現在も子孫が住むこの地には残念ながら当時の建物は残っていないが、城郭を彷彿とさせる石垣が積み上げられ、豪農の財力をうかがわせている。」
勝海舟・坂本龍馬一行は、22日の朝に島原湊に上陸して1日でここまで歩いてきたんだな~。
すごい健脚だ。
ちなみに坂本龍馬に先立つ、1812年に日本地図を作成した伊能忠敬の一行もここに宿し、愛野地区を測量しています。
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