飯盛散策から数日後、いいかげん島原半島から離れすぎました。
島原半島に戻ってきて、雲仙市千々石町を散策します。
雲仙と諌早・長崎をつなぐ重要な拠点なので、過去に何度も訪れています。
その際に、雲仙市役所千々石庁舎に寄りまして、合併前の観光マップをすでに入手済みです。
今回は観光マップに掲載されていた「清水散策と専照寺、温泉神社めぐり(徒歩コース)」を参考に町歩きしたいと思います。(専照寺は以前、『巨樹・巨木観察会』で訪れた事があります。)
まずスタート地点は「千々石ホテル跡地湧水の森駐車場」となっているのですが、“どこだ、そこ?”
とりあえず、地図に従って細い道を軽自動車で進みました。
なんとか、それらしき場所に到着しました。(表紙写真)
大きな案内板には白黒写真が掲載されています。
写真は「大正元年(1911年)10月発行 長崎県千名鑑より転載」と書かれています。
『千々石ホテル主・城代良治が、いつ頃からホテルを経営していたかは確認できないが(手持ちの観光マップには「明治41年開業」と書かれているw)、少なくとも大正元年には洋風建築の千々石ホテルと正面のレンガ門は写真により確認することができる。
千々石ホテルの外観は洋風であるが、内は障子や畳の部屋もあったそうである。広い敷地内には庭園が整備され、観光客を移動する人力車も二台見える。千々石村は千々石海水浴場など景色に富み、また雲仙・小浜への湯治客も多く、内外人が来て遊ぶことも少なくなかった。また千々石ホテルは、よく千々石村の接待の場としても利用されていたそうである。』
(「千々石史談第二号」写真説明から抜粋)平成十六年十月 千々石町
と、この長い案内板を読んでいると、花の手入れをしていたおばあちゃんに話しかけられた。
例えば、敷地内に写真のような石の段差がある。
この段差の上に昔はホテルの使用人の宿舎が建っていたそうである。
など、色々と説明して下さったが、あまり頭に残っていない。
それよりも私の事を市役所から調査に来た人間だと思っているようで、しきりに「保護・保全」を訴えられた。(勿論、その都度『違いますよー』と否定はしたが、理解を得られたかは定かではない。)
別の出入り口から出てみると、立派なレンガ造りの門があった。
おそらく案内板にも書かれているレンガ門だろう。
当時からこの姿で残っているのだろう。
そう思うと「保護・保全」したい気持ちも分からないではない。