非常時にこそあからさまになる人間の本性
みっともない「いまどきの年寄り」にはなりたくない
(筆坂 秀世:元参議院議員、政治評論家)
2020年2月28日、72回目の誕生日を迎えた。「歳をとったなあ」という以外、なんの感慨もない。今最大の関心事は、なんと言っても新型コロナウイルスの感染拡大である。私も細心の注意を払っている。とは言っても入念な手洗い以外には、できるだけ密室の人混みに行かないことぐらいだ
私はCOPD(慢性閉塞性肺疾患)という呼吸器疾患を抱えている。COPDというのは、細気管支炎や肺気腫により、肺の空気がうまく吐き出せなくなり、その結果、酸素不足を起こし、息切れを起こす病気である。このため、新型コロナに感染すれば重症化すると言われている基礎疾患の1つである。
また私は、鼻中隔弯曲症(びちゅうかくわんきょくしょう)という鼻の病気を抱えていた。鼻の中の軟骨が曲がっていて鼻詰まりがひどくなる病気である。このため二十歳過ぎに変形が強い軟骨と骨を切除して、鼻中隔の形を整える鼻中隔矯正手術を行った。それでも完全には治癒しない。今でも呼吸困難に陥って苦しむ夢を見ることがある。
幸いCOPDの方は、原因となった喫煙を止め、定期的に呼吸器科に通い、処方された吸入薬治療によって、息切れ症状は劇的に改善した。ただこういう事情もあって、マスクが大嫌いである。すぐに息苦しくなるのだ。ただマスクをしないで咳をすると嫌がられるので買い物に行くときには、残り少なくなったマスクをかけている。
いまどきの年寄りは」と言われないように
3月2日、政府の専門家会議が「若者が気づかずに感染を拡大させている」として、ライブハウスやカラオケボックスなど、人が集まる風通しの悪い場所を避けるように求めた。若者からは不満の声も上がっているようだが、自らの身を守るためには仕方がないことだろう。
こういう非常時を迎えるとその人間の本性というものがあからさまになる。最近、特に目立つのが、みっともない大人、なかでも高齢者の姿である。
2月18日午後8時頃の福岡市営地下鉄内で、同じ車両の席でマスクをせずに咳をしている人がいるというので、非常通報ボタンを押し、電車を止めた男がいた。テレビでも放映されたが、優先席に座っているので高齢者だろう。車内はガラガラだった。それほど嫌なら席を変えるかいったん下車すればよい。“迷惑爺”としか言いようがない。しかも、この男は偉そうに足を組んで座っているのだ。マナーも知らない。この現場に居合わせた青年によると、車内では「頭おかしいんじゃない」という声が上がっていたそうだ。
2月28日には、山手線でもマスクした女性が咳をしたところ、女性に対して「コロナウイルスの可能性があるから、隣の車両に移れ」と怒鳴る男がいて、それを注意した男性と怒鳴り合いになる場面がテレビで放映されていた。傑作だったのは、この場面を撮影した高校生の「大人気ないなあ」というコメントだ。この男も恥ずかしい姿をさらしてしまった。
トイレットペーパーをめぐっても恥ずかしい行動が相次いだ。あるスーパーでは、デマ情報に踊らされた相当高齢だと思われる男性が12ロール入りのトイレットペーパーを4つもカートに乗せていた。この恥ずかしい映像は全国に放映された。今の時代、どこで誰に撮られているか分かったものではない。
専門家会議は若者に呼びかけたが、私は高齢者に呼びかけたい。裏千家前家元千玄室(せんげんしつ)さんが3月1日付産経新聞の「一服どうぞ」というコラムで「和顔施(わがんせ)」という言葉を紹介されていた。これは仏教の布施の1つで、ほほ笑むということ自体が人の心を和ませる施しになるということだそうだ。人に嫌われる老人ではなく、笑顔で好かれる老人になろうよ、と言いたい。
「善意のデマ」などありえない
先月末から今月にかけてトイレットペーパーがスーパーの棚から消えてしまった。わが家も残りなくなっていたので大いに心配した。原因はSNS上で「トイレットペーパーなどの製造元である中国が、生産をしていないので品薄になる前に購入したほうがいい」というデマ情報が拡散したためである。
このデマ情報を拡散させた1人が米子医療生活協同組合の職員だったことが判明し、同生協が謝罪会見を行った。この職員は、「伝え聞いた情報を確認せず投稿してしまった。転売目的ではない」などと釈明しているようだが、無責任きわまりない行為である。
SNS上には、こうしたデマ情報が溢れている。『週刊文春』(3月12日号)によれば、「お湯を飲むとウイルスに効果的」だとか、「にんにく、生姜、胡椒、唐辛子をたくさん食べるとよい」「ビタミンDが効く」などという情報が出回っているそうだ。
こうしたデマ情報、怪情報を拡散させている人びとに対して、「善意の気持ちで行っている」という見方も相当あるらしい。だがこれは大間違いである。善意のデマ情報や怪情報などあり得ない。
仮にデマ発信者の言うとおりトイレットペーパーの多くが中国製だったとしても、こんな情報を流せばわれ先にと買い占めに走る人が出てくることは間違いない。これは社会生活を混乱させるだけである。この混乱を期待していたのか。それともそれすら想像することができなかったとすれば、その思考能力の貧弱さに驚く他ない。ましてやトイレットペーパーは国産でほぼ十分に足りていたのである。
愛知県にある中部大学が、2月20日に公式サイト上で「アオサに含まれるラムナン硫酸によるヒトコロナウイルスを含む、各種ウイルスの増殖抑制に効果が確認されたことを踏まえ、新型コロナウイルスへの効果を期待したい」と発表したため、海藻のアオサが商品棚から消えるという騒動も発生した。ただ「期待したい」としていたものが、「新型コロナウイルスに対する効果が確認された」という誤解が広く拡散してしまったのだ。誤解が広がったため、現在は公式サイトから削除されている。
いずれにしても新型コロナウイルスに関して、いまだにワクチンは開発されていないし、特効薬も見つかっていない。そもそも新型コロナウイルスのことがよく分かってもいないのに、何がどう効果があるかなど分かるわけがないのだ。
危機の時に卑しい行動はやめよう
イタリアのミラノ高校のドメニコ・スキラーチェ校長が、学校のホームページ上で生徒に向けて書いたメッセージが話題になっている。同校長は、国民的文学作品の一節を紹介しながら、社会生活や人間関係を「汚染するもの」こそが、新型コロナウイルスがもたらす最大の脅威だと説いているのである。
まったくその通りだと思う。殺伐とした空気の時こそ、優しい思いやりの気持ちを持つことが大切である。
愛知県・蒲郡市では、陽性だと判明した50代の男性が「コロナウイルスをまき散らしてやる」と言って、飲食店やパブに行っていたことが判明した。正気の沙汰ではない。言語道断の行為である。
静岡県・焼津市から選出されている諸田洋之県議が大量のマスクをインターネットオークションに出品していたことが判明した。3月9日に本人が行った記者会見によれば、888万円の売り上げがあったそうである。もともと会社で持っていたものなので転売ではないから、悪いことをしたとは思っていないと開き直ったそうである。
1枚せいぜい数十円のものを何倍、何十倍もの値段で販売するというのは、マスク不足につけ込んで金儲けをしたということだ。こういう他人の危機につけ込んでやる金儲けをするというのは、卑しいやり方である。県議以前に、人間として批判されるべきである。
