ヨーロッパの限りない大地

ヨーロッパの色々な都市を訪問した思い出をつづっていきたいです。

柳田国男を歩く 遠野物語にいたる道

2024-06-01 20:59:51 | ヨーロッパあれこれ

柳田国男を歩く 遠野物語にいたる道

井出孫六 著

岩波書店 発行

2002年11月28日 第1刷発行

 

出生地の辻川から、遠野物語までの柳田国男の足取りを、著者自身も訪問しながらたどっています。

 

日本一小さい家

柳田国男は、福沢諭吉や森鷗外がそうであったように、少年時代に生まれ故郷というものから物理的に引き裂かれてしまった明治人の一人だ。

『定本 柳田国男集』の総索引で彼の生地「辻川」を引くと、わずかに一か所しか出てこない。

しかし『故郷七十年』『故郷七十年拾遺』により、彼の原風景は語り残されることとなった。

 

田山花袋や島崎藤村も柳田と同じ明治十年代、一家離散のような形をとっている。

明治維新から十余年、明治十年代はいかにも少年たちにとって過酷、惨酷な時代だった。

 

「国男少年」考

北条から神戸、横浜に至る初めての旅行

播州の奥の村で「江戸時代」を生きていた少年が、初めて「文明開化」にふれえた瞬間

 

第二の故郷

布佐、布川という町

利根川の河口銚子から帆掛舟ののぼってくる終点が布川・布佐の船着場であった。

布川の舟着場に揚げられた物資は北関東へ、布佐の舟着場にあげられた物資は木下街道を通って江戸へ、まさに海運と陸運の接点としてのにぎわいがそこにあった。

明治時代、あるドイツ婦人がこの辺りの風景をフランクフルトと呼んでこよなく愛した。

 

青春

柳田が生涯、師と呼んだのは、松浦萩坪(辰男)という歌人だけだった。

歌より外に露骨に云えば人生の観方というようなものをも教えられた。

 

1891年(明治24年)から翌年にかけて二年ほどの間に幾つかの私立中学校を渡り歩いて、急階段をかけ上がるようにして五年修了の免状を手に入れた。

 

うたの別れ・・・・・・

柳田国男の回想に、高校、大学を通じて恩師らしい恩師の姿が一切姿を現さないのが一つの特徴だが、ただ一人、大学の二年次にめぐりあった統計学講座の松崎蔵之助についての論及がある。

松崎はヨーロッパ留学から帰り農政学を伝えた。

農村経営にも経済学がなければならないという考え。

農産物の無機質な数字をグラフに表して、農業政策の指針が読み取れはしないか。

 

孤高の農政学

国男の卒業研究のテーマは三倉(義倉、社倉、常平倉)

維新後忘却されていた江戸期の社会保障制度たる三倉の掘り起こしに目を向ける。

 

明治三十年代の農政学は、ピカピカ光り輝くような新品の学問だった。

当時の輸出品目は生糸・茶・米という、純然たる農業国だった。

 

遠野への道のり

日向椎葉村への旅行が1908(明治41年)であることを考えれば、1907(明治40年)の志賀越えの小旅行こそ柳田の注意を峠-山村に向けさせた最初の旅として記念されるもののように思える。

 

山村が峠の死と物流の停止によって、平地の米作地帯にはりあうように現金収入の道をもとめるならば、山畑をすべて桑でうめ、養蚕に頼るしかなく、冬場、灌木を伐って炭を焼くという、モノカルチャーに追い込まれていく。

 

1908(明治41年)5月から8月までの大旅行は柳田にとって昆虫の羽化に似た変化ではなかったか。

柳田の内面で椎葉体験に基づく”羽化”の契機がなかったならば佐々木喜善の話に即座に反応を示すことがなかったに違いない。

 

一週間ほどの遠野の旅の前に、柳田の頭の中には、すでに佐々木の頭脳から搾り取られた百十九の怪異な物語の世界が大きく広がっていた。

旅はこの物語の風景にどのような色彩を塗り込めたらよいかという、いわばロケーション・ハンティングだった。

 

行灯と囲炉裏の時代、どこの家の祖母も母も、二十や三十の昔話をレパートリーとして持つエンターテイナーであった。

 

柳田が佐々木の口を通して聴いたものは、明治という時代が無視し、むしろその水脈を断ち切ろうとさえしていた伏流水だった。

 

『故郷七十年』のなかに生活の風景としての農村は出てこない。

大阪の経済圏に近い播州平野の農村部は早くに商品生産の渦中に巻き込まれてしまった。

辻川は東西南北の交差点で、早くから小さなマチを形成して、農村は近くて遠い存在になっていたかもしれない。


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