醸楽庵(じょうらくあん)だより 

主に芭蕉の俳句、紀行文の鑑賞、お酒、蔵元の話、政治、社会問題、短編小説、文学批評など

醸楽庵だより   1161号   白井一道

2019-08-20 11:50:27 | 随筆・小説



    松風や軒をめぐって秋暮れぬ   芭蕉  元禄7年



句郎 「松風や軒をめぐって秋暮れぬ」 元禄7年。『笈日記』。「大坂清水茶店四郎左衛門にて」と前詞がある。
華女 松に吹く風の音を聞くと秋の深まりを感じたことがあったわ。
句郎 遠くからもごうごうという音が響いてきたような記憶がある。松林に囲まれたお寺にいると風の音によって秋の深まりを感じたな。
華女 海浜の松林に吹く風の音も秋の深まりを感じさせたわ。
句郎 和歌では松の梢に吹く風を松籟(しょうらい)と称して深まり行く秋を表現するものとして詠われてきた。
華女 どのような歌があるのかしら。
句郎 「さびしさはまだ馴なれざりし昔にて松の嵐にすむ心かな」という歌がある。
華女 松風は寂しいものとして歌人の共通認識になっていたということね。
句郎 芭蕉のこの句は和歌の遺産の上に乗っている句ということかな。
華女 確かに松風に古人が託した意味を芭蕉は継承しているということかしら。
句郎 松風に古人が抱いた思いのようなものを知らないとこの句を読んでも何も伝わってくるものがない。
華女 都市圏に住む人にとって松林に吹く風音の寂しさのようなものを経験することがなくなってきているからこの句を鑑賞することの難しさがあるように思うわ。
句郎 松風を詠んだ和歌と俳諧の発句との違いなどもわかりずらいと思う。
華女 「軒をめぐって」というところにこの句が俳諧の発句になっているあかしがあるのよね。
句郎 「軒をめぐる」という言葉に江戸時代の庶民感覚が表現されているということだと思う。
華女 私もそう思うわ。「松風や軒をめぐって秋くれぬ」。本当にこのとおりだわ。毎年、秋はこうして三百年前も今も秋は暮れていくのよ。
句郎 松林に吹くごうーごうーという音の響きを聞いた者でないとその寂しさを実感を持って感じることはないだろうな。
華女 自然環境が変わっていくと伝わらないことができてくるということね。
句郎 それに伴って新しい俳句が生れ、流布していくのじゃないのかな。
華女 この芭蕉の俳諧の発句は歴史的なものとしてこれからも残っていくということね。