醸楽庵(じょうらくあん)だより 

主に芭蕉の俳句、紀行文の鑑賞、お酒、蔵元の話、政治、社会問題、短編小説、文学批評など

醸楽庵だより   1203号   白井一道

2019-10-02 10:59:26 | 随筆・小説



    徒然草31段  『雪のおもしろう降りたりし朝』



 「雪のおもしろう降りたりし朝、人のがり言ふべき事ありて、文をやるとて、雪のこと何とも言はざりし返事に、「この雪いかゞ見ると一筆のたまはせぬほどの、ひがひがしからん人の仰せらるゝ事、聞き入るべきかは。返す返す口をしき御心なり」と言ひたりしこそ、をかしかりしか」。

 雪の降るさまを面白く感じた朝、ある人に言うべきことがあって、手紙を書いてやると、雪のことを何とも書いていない手紙に、「この雪をどのように感じているかと一筆書くほどの風流を持ち合わせない人のおっしゃること、聞き入れるべきか。返す返すも残念なことだ」と返事に書いて寄こしたことこそ、興味深いではないか。
 
 「今は亡き人なれば、かばかりのことも忘れがたし」。

 こんな手紙をくれた人も今はもういない。こんなことも忘れがたいことだ。

 
 「初雪や水仙の葉のたはむまで」。貞享3年(1686)、芭蕉43歳の時の句だ。江戸深川の芭蕉庵にて詠まれた句だと言われている。初雪が降った日、庭の水仙の葉が雪の重みで撓んでいる姿を見て芭蕉は句を詠んだ。雪が降ると降った雪を見て楽しむ。これが俳諧だった。俳諧が誕生する精神風土が兼好法師の時代から徐々に築かれ始めていたのかなと思わせられるような文章がこの『徒然草第31段』ではないかと私は感じた。
 「今日の雪は何か趣きがあるじゃないか。それを何もあなたは感じないのか」と兼好法師の知人が手紙に書いて言ってきた。このようなことに関心を持つことに兼好法師は興味を持ったということなのかなと私は理解した。
 日本人は天気に関心がある。今では天気予報氏がお出かけの服装までアドバイスしている。大きなお世話だとは思うが、便利に利用している人がいるに違いない。
 日本人の挨拶の言葉には天候がある。隣近所の人と挨拶する言葉が「今日は寒いね」と言ったりする。出勤の時、雪が降りだすと「今日は積もかね」と挨拶代わりに言う。天気の具合を言うことが日本では挨拶の言葉になる。
 天候を表す言葉と違う言葉を取り合わせることによって人間までも表現した句を芭蕉は詠んでいる。
「初雪や聖小僧の笈の色」