醸楽庵(じょうらくあん)だより 

主に芭蕉の俳句、紀行文の鑑賞、お酒、蔵元の話、政治、社会問題、短編小説、文学批評など

醸楽庵だより   1216号   白井一道

2019-10-15 11:09:27 | 随筆・小説



    徒然草44段   『あやしの竹の編戸の内より、』



 あやしの竹の編戸の内より、いと若き男の、月影に色あひさだかならねど、つやゝかなる狩衣に濃き指貫(さしぬき)、いとゆゑづきたるさまにて、さゝやかなる童ひとりを具して、遥かなる田の中の細道を、稲葉の露にそぼちつゝ分け行くほど、笛をえならず吹きすさびたる、あはれと聞き知るべき人もあらじと思ふに、行かん方知らまほしくて、見送りつゝ行けば、笛を吹き止みて、山のきはに惣門のある内に入りぬ。榻(しぢ)に立てたる車の見ゆるも、都よりは目止る心地して、下人(しもうど)に問へば、「しかしかの宮のおはします比にて、御仏事など候ふにや」と言ふ。

 粗末な竹の編戸の内から、とても若い男の、月影に色合いははっきりしないが艶やかな狩衣に濃い紫色の袴、なかなか整った風情のある様子で、小柄な少年を一人供に連れ、どこまでも続く田の中の細い道を、稲葉の露に濡れつつ分け行くほどに、えとも言えないような美しい笛を吹いている、いい笛の音だと聞いて分かる人もいるまいとは思うが、どこに行くのかが知りたくて、見送りしながらついて行くと、笛吹くのを止めて、山際に立派な大門のあるうちに入って行った。榻(しぢ)(牛車から牛を放した時に轅の端の軛を支えておく四脚の台)に轅(ながえ)をもたせかけた車が見えるのも、都よりは目に付いて、下人(しもうど)に聞くとこれこれという宮様がご滞在中でございまして、ご法事がございますのでしょうと言う。

 御堂の方に法師ども参りたり。夜寒の風に誘はれくるそらだきものの匂ひも、身に沁む心地す。寝殿より御堂の廊に通ふ女房の追風用意など、人目なき山里ともいはず、心遣ひしたり。

 持仏を安置する堂に法師たちがやって来た。夜寒の風に誘われてくる薫物(たきもの)の匂いも、身に沁みる気持ちになる。寝殿より御堂の廊下を通る女房が追い風に香の匂いを漂わす用意など、人目のない山里とも言えないような心遣いをしている。

 心のまゝに茂れる秋の野らは、置き余る露に埋もれて、虫の音かごとがましく、遣水の音のどやかなり。都の空よりは雲の往来も速き心地して、月の晴れ曇る事定め難し。

 思いのままに茂っている秋の野のような庭は、こぼれるほどの露に一面がおおわれ、虫の音が恨み言でも云うように、遣水の音がのどかに聞こえる。都の空より雲の往来が速いような気がして、月が晴れるのか、曇るのか、定め難い。


 兼好法師には次のような歌がある。
 「世の中の 秋田刈るまで なりぬれば 露も我が身も置きどころなし」
 秋の野では農民たちが稲刈りに夢中になっている。今まで稲葉に降りていた露は、これからどこに降りろと言うのか。もう露には降り処もない。世の中に飽き果てた自分もまた、この身の置き所をどこにしろというのか、どこにもありゃしないじゃないか。

 「月やどる露(つゆ)の手枕(たまくら) 夢さめて晩稲(おくて)の山田 秋風ぞ吹く」
 もう月光が部屋に射し入る時間になってしまったのか。露が木の葉に降りるように手枕で居眠りをしてしまった。夢から覚めて起きて見ると晩稲の山の中の田圃にはもう秋風が吹いて来ているではないか。

 「手枕の野辺(のべ)のはつ霜(しも)冴(さ)ゆる夜(よ)の寝ての朝(あさ)明(け)に残る月かげ」
 野辺にはもう初霜が降り、初霜が月明かりに冴える夜、朝起きて見ると空にはうっすらと月影が残っているではないか。

 田園生活を謳歌した兼好法師が詠んだ和歌には自然を愛する兼好法師の姿を知ることができる。