東日本大震災に対する時の民主党政権の対応の凄まじい拙劣さが露になったこともあってか、「非常事態条項-非常時大権」を欠く現行憲法改正の必要性が一部で唱えられているそうです。他方、この「非常事態条項-非常時大権」に関しては、有事法制の整備の際と同様、それは「国家権力による国民の権利侵害のための橋頭堡、人権蹂躙を帰結する<蟻の一穴>になりかねず容認できない」というリベラル派の意見も散見される。
報道はこう伝えています。
◎超党派議連「現行憲法の欠陥明らかに」-震災関連の非常事態条項の規定なし
超党派の国会議員でつくる「新憲法制定議員同盟」(会長・中曽根康弘元首相)は28日、東京・永田町の憲政記念館で「新しい憲法を制定する推進大会」を開いた。民主党の鳩山由紀夫前首相ら与野党の国会議員や経済団体の代表ら約1200人が出席し、東日本大震災への対応に際し、「(非常事態条項がないなど)現行憲法の欠陥が明らかになった」とする大会決議を採択した。・・・大会には、国民新党の亀井静香代表、たちあがれ日本の平沼赳夫代表のほか、公明党とみんなの党からも代表者が出席した。
(産経新聞・4月28日(木)23時23分配信)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110428-00000660-san-pol
憲法改正、就中、
(イ)憲法9条を焦点とする安全保障体制の憲法的整備
(ロ)参議院の廃止や権限の縮小等々、①大衆民主主義社会における福祉国家というこの国の現状を踏まえ、かつ、②グローバル化の潮流の烈しさいやます現下の人類史の状況を鑑み、それらに拮抗し得る統治機構制度の再構築
(ハ)皇孫統べる豊葦原之瑞穂国という我が国の社会統合イデオロギーの明確化
(ニ)①伝統の尊重、②左右の教条主義の否定、③(もし、「改革」が必要であるとしても)漸進主義的な社会改革と地方再生、④「文化帝国主義=西欧中心主義」の忌避と、十羽一絡げ的な排外主義の否定、⑤自己責任の原則の称揚という保守主義の明確化
これらを内容とする現行憲法典の速やかな改正を支持する私としては、上に引用した報道が伝える動きはもちろん一見好ましいものではあります。けれども、結論から先に言えば、保守主義を基盤とする私の憲法論からは、非常事態条項を設ける憲法改正には反対はしないまでも積極的に賛成することもできない。少なくとも、非常事態条項の不在が現行の日本国憲法の不備とは言えない。なぜならば、
例えば(1)東日本大震災における民主党政権の機能不全の原因は民主党の能力不足に収斂するのであって憲法の規定とは無関係であること
蓋し、(2)本当の非常時には非常事態条項さえも誰も遵守できるはずもなく、要は、非常事態条項はあってもなくても国家権力のパフォーマンスにそう大きな影響を与えるものではないこと
実際、(3)諸国の憲法典を紐解いても、非常事態条項を形式的意味の憲法たる憲法典に書き込むか否かは、その国民の趣味の問題であるか、(例えば、冷戦期間中、西側の最前線にあったドイツでは、その憲法、ドイツ基本法に詳細な非常事態条項規定が置かれることになったことからも容易に推測できるように)その国のおかれた歴史的に特殊な要因によるものと考えるべきこと、ならば、非常事態条項がなくてもあってもそう現実政治に本質的な影響を及ぼさないのならば(本当の緊急時に国家権力の合理的行動を制約しかねない)そのような条項はない方が憲法典の立ち姿としてはよりエレガントかもしれないこと
而して、(4)そのような、あってもなくてもよい非常事態条項に期待される役割は、むしろ、(一方の極では、長年の伝統の中で確立された憲法慣習であり、他の極では、危機が惹起しているその瞬間に主権者たる国民が国家権力の所在とその運用ルールとはいかにあるべきものと理解しているかということ、すなわち、社会学的に観察可能で、また、現象学的にもそこに間主観性が確認可能な)現存在としての国民の「法意識-法的確信」に委ねられるしかないこと。畢竟、そのような国家の危機に際しての緊急時の国制のあり方は、国民の「法意識-法的確信」の規範的表現でもある実質的な意味の憲法に任せられるべきこと
これらを鑑みるに、私には非常事態条項の不在を現行の日本国憲法の欠陥とは考えられないのです(尚、「実質的意味の憲法」または「形式的意味の憲法」を包摂する「憲法」という言葉の意味については下記の註、および、下記拙稿をご参照ください)。
★註:憲法の意味
機能論的に観察された場合、ある国内法体系の内部においては、あらゆる下位の法規にその法的効力を付与し、他方、下位法規の内容に指針を与え制約するという、最高の授権規範であり、かつ、最高の制限規範である「憲法」は、それが存在する規範形式に着目する場合、
(イ)形式的意味の憲法:『日本国憲法』とか "The Constitution of the United States of America" のように「憲法」という文字が法律の標題に含まれている憲法典。および、(ロ)実質的意味の憲法:「憲法」という文字が名称に含まれているかどうかは問わず、国家権力の所在ならびに正統性と正当性の根拠、権力行使のルール、すなわち、国家機関の責務と権限の範囲、ならびに、国民の権利と義務(あるいは臣民の分限)を定めるルールの両者によって構成されています。
すなわち、「憲法」とは、(ⅰ)法典としての「憲法典」に限定されるものではなく、(ⅱ)憲法の概念、(ⅲ)憲法の本性、そして、(ⅳ)憲法慣習によって構成されている。而して、(ⅰ)~(ⅳ)ともに「歴史的-論理的」な認識の編み物であり、その具体的内容は最終的には、今生きてある現存在としての国民の法意識(「何が法であるか」に関する国民の法的確信)が動態的に確定するもの。よって、それらは単にある諸個人がその願望を吐露したものではなく、社会学的観察と現象学的理解により記述可能な経験的で間主観的な規範体系なのです。もし、そうでなければ、ある個人の願望にすぎないものが他者に対して法的効力を帯びることなどあるはずもないでしょうから。
・憲法とは何か? 古事記と藤原京と憲法 (上)~(下)
http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/65231299.html
・憲法における「法の支配」の意味と意義
http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/65230144.html
・天皇制と国民主権は矛盾するか(上)~(下)
http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11136660418.html
畢竟、「非常事態条項-非常時大権」とは何か。要は、「大権」とは「平時の正規の立法機関、日本で言えば国会の承認なしに、軍隊の指揮権の移行、あるいは、予算・条約を含む法規を制定する権限」を定めた憲法の規定という意味にすぎない。ならば、今回の大震災で惹起した政治の機能不全と、例えば、スウェーデン憲法、インド憲法、ブラジル憲法、ドイツ基本法、あるいは、ロシア憲法(88条)、ポーランド憲法(228条乃至234条)等々が定める非常事態とはどこまでも無関係なのです。なぜならば、今回の大震災では、国会が機能しなかったわけではなく、機能しなかったのは民主党政権だけなのですから。それらの諸国の憲法は非常事態をこう定めています。
そして、おそらく、この件に関して最も詳細な条項を備えたドイツ基本法にはこう記されている。
諸外国の憲法の中には、アメリカ合衆国憲法やフランス憲法等々、上記の如き明確かつ詳細な非常事態条項を欠く憲法も少なくありません。否、現行憲法の「衆議院が解散されたときは、参議院は、同時に閉会となる。但し、内閣は、国に緊急の必要があるときは、参議院の緊急集会を求めることができる」「前項但書の緊急集会において採られた措置は、臨時のものであつて、次の国会開会の後10日以内に、衆議院の同意がない場合には、その効力を失ふ」(54条2項及び3項)という規定は、旧憲法の「天皇ハ戒厳ヲ宣告ス」「戒厳ノ要件及効力ハ法律ヲ以テ之ヲ定ム」(14条)やフランス憲法の「戒厳は閣議により定められる」(36条)、そして、アメリカ合衆国憲法の「大統領は非常の場合には、両議院またはその一院を召集することができる・・・」(2条3節)と同様に、広い意味では非常事態条項と言えなくもないと私は考えます。閑話休題。
而して、東日本大震災において露呈した民主党政権のシャビーな統治スキルとは一応別個に、純粋な憲法の立法論として非常事態条項を憲法典に設ける必要があるかどうか/設けた方が良いかどうかは、再々になりますけれども、その濫用の危険性等のむしろマイナーなファクターとは無関係に、その国がおかれた歴史的や国際政治における条件、そして、国民の趣味や美意識の問題に帰結する。
なぜならば、非常事態条項の意義とは、逆に言えば、非常事態においてさえも侵害されることのない最低限の人権と立憲主義的制度の聖別宣言であり、どの国であれ、本当の非常事態にはその非常事態条項さえも守ることが困難であることを想起すれば、非常事態条項の濫用の危険性などは非常事態条項の是非を決めるものではない。すなわち、(そのような規定を備えた憲法を頂くドイツの場合であれ、そうではない日本の場合であれ)非常事態条項さえも国家権力が遵守できない非常時において、ときの国家権力の行為の憲法論的な当不当の評価を分かつものは、書かれざる実質的意味の憲法と、全体としての憲法体系に法的の効力を与える、現存在としての国民の間主観的な法意識以外には考えられないからです。
ならば、例えば、東日本大震災における、
(a)震災直後の被災地への物流の麻痺、(b)不公平感と不信感だけ残した無計画な計画停電、(c)家族同然の多くの牛さんや馬さん、また、家族の一員たる多くのペットを餓死せしめた避難指示の残酷なお粗末さ、そして何より、(d)保安院自体は(自分たちは放射線の数値の高さを知っているがゆえにか)、大震災の2日後には福島第一原子力発電所から50数キロも離れた、しかも、風上の郡山市に退避しておきながら、無意味かつ意味不明な屋内退避勧告なるものを1ヵ月近く出し続け、他方、「数日で戻れますから。福島第一原発が落ち着くまでの期間ですから。とりあえず大急ぎで避難してください」等々、浪江町や双葉町を始め福島県浜通りの多くの人々を騙し打ちの如く、その生活と生計の拠点から引き離し放置した民主党政権の拙劣な対応、等々。
少なくとも、これらの民主党政権の拙劣なパフォーマンスは、現行憲法の不備が原因ではなく(更に言えば、形式的意味の憲法自体の限界でさえもなく)、「政治主導」という無内容なスローガンを信奉するあまりだったのでしょうか、単に、物流にせよ原発の危機管理にせよ、各官庁に蓄積されてきた大震災時の対応マニュアルを無視して、行政組織の能力を十全に使えなかった民主党政権の能力不足に起因する。と、そう私は考えます。
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