実質的にイスラーム女性を狙い撃ちする差別法案がフランスで成立しようとしています。人権・自由・平等を根拠に人の生命を奪い、信教の自由を制限し、排外主義を押し通してきたこの<精神分裂病国家>のこととすれば特に不思議なことではない。けれど、英米流の健全な保守主義を信奉する者は、モスリム女性がその伝統と慣習に従う権利を踏みにじるフランスの暴挙を傍観していてはならないのではないか。そう私は考えています。
本稿の中心はこの傲岸不遜な法案を推進しているフランス国内の論理を俎上に載せて批判することです。けれども、事は「異文化理解」、しかも、外国における「異文化理解」を巡る難易度の高いもの。よって、いきなりフランスの詭弁の紹介に移るのは些か無謀、鴨。
而して、まず、読売新聞とTimeの報道を紹介します。尚、私の考える保守主義の内容、そして、私の政教分離原則の理解に関しては下記拙稿をご参照いただければ嬉しいです。
・保守主義の再定義(上)(下)
http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11145893374.html
・憲法における「法の支配」の意味と意義
https://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/f58d7887310d1a4ab95f909423748331
・ムハンマド諷刺漫画と表現の自由
http://kabu2kaiba.blog119.fc2.com/blog-entry-188.html
・首相の靖国神社参拝を巡る憲法解釈論と憲法基礎論(1)~(5)
http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11144005619.html
◎欧州初のブルカ禁止法、フランスで成立へ
フランスのサルコジ政権は19日、「公の場で顔を隠す衣類の着用」を禁じるための法案を閣議決定した。法案は、頭から爪先までを覆うイスラム女性の「ブルカ」や「ニカブ」を対象に想定したもの。議会審議は7~9月に予定されているが、議会は与党・民衆運動連合が多数を占めているため、欧州主要国では初の「ブルカ禁止法」が成立する見通しだ。
法案は、官公庁や医療機関などの公共施設に加え、道路を含む公の場所で「顔を隠す着衣を禁じる」と規定。例外はオートバイ運転時のヘルメット、外科手術を受けた後のマスク、カーニバルでの仮装などに限定される。違反者には150ユーロ(約1万7000円)の罰金が科され、女性にブルカ着用を強制した夫や同居人は禁固1年か1万5000ユーロ(約170万円)の罰金刑に処せられる。法の施行は2011年春を目指すという。
ブルカ着用の広範な禁止については、行政最高裁にあたる国務院が「憲法上の根拠を欠く」と警告していた。だが、サルコジ大統領は19日の閣議の冒頭、「政治的責任を負うのは政府と国会」として禁止法成立を目指す決意を強調した。
(読売新聞・2010年5月20日)
◎France and the Veil
France's uneasy relationship with its estimated 5 million Muslims is about to get even more tense. Less than a year after warning that the face-obscuring, full-body Islamic veils worn by some fundamentalist Muslim women "will not be welcome on the territory of the French republic," President Nicolas Sarkozy is moving toward an official ban of the garment he derided as "a sign of subservience." On April 21, Sarkozy ordered his government to present a draft law in May to make wearing total veils that the French call burqas illegal in public places.
The move reflects concerns in France that the proliferation of women wearing Islamic scarves and veils is both a sign of growing Muslim fundamentalism and an overt challenge to the nation's fierce secular tradition. Those same considerations fueled France's 2004 law banning all ostentatious religious symbols in public schools, which applied to students of all faiths but passed only after the number of young Muslim women wearing the hijab headscarf grew.
Supporters of the pending "burqa ban" argue that the garment serves a dual purpose for extremists: it sends French society a visually arresting message of radical Islam's presence and forces adherents to efface their identity and individuality as a gesture of faith. In announcing Sarkozy's decision, government spokesman Luc Chatel said it took aim at "a symbol of a community's withdrawal and rejection of our values" and a "violation of the dignity of women."
Perhaps, but leftist (and even some conservative) opponents of the initiative wonder how the proposed ban can claim to protect the dignity and rights of women who are voluntarily covering themselves up. Polls show that the public is divided, with just 57% backing the measure. Worse, even people who loathe the full veil as dehumanizing and oppressive say a legal ban would prove counterproductive, causing further resentment among French Muslims who already feel ostracized by their fellow citizens.・・・
Official figures put the number of women wearing burqas and niqabs at a mere 2,000. That's a statistical blip in a nation of about 65 million--though apparently big enough to justify a ban in Sarkozy's eyes.
(Time・May. 03, 2010)
◎フランスにおけるベール
国内にいる推定5百万人のモスリムの人々をどうやってフランス社会に統合するかという容易ならざる問題が、一層、緊張したものになりつつある。ニコラス・サルコジ大統領が、顔の特定を難しくする、それを着用するイスラーム原理主義の女性も幾らかおられる全身を覆うタイプのイスラーム式ベールは「フランス共和国の領土内では好ましくない」と警告を発してから1年足らず、サルコジ氏は、彼自身が「卑屈の象徴」と軽蔑するこの衣服を公式に禁止する立法措置に動き出した。すなわち、4月21日、サルコジ氏は、フランスではブルカと呼ばれている全身を覆うタイプのベールを公の場所で着用することを違法にする法案を5月中に提出するよう彼の率いている政府に指示したのだ。
このブルカ禁止の動きはフランスにおける非モスリム市民の懸念を反映したものである。すなわち、イスラーム風のスカーフやベールを着用する女性の増大と拡散は、イスラーム原理主義の拡大の徴候であると同時に政教分離を貫いてきたこの国の伝統に対する端的な挑戦の象徴でもある。と、多くのフランス人がそう受け取っているのだ。而して、この同じ懸念に突き動かされて2004年には、公立学校内では一目でそれとわかる宗教的な記号の類の着用を禁止する法律が制定された。もちろん、この2004年の法律はモスリムの生徒だけではなくすべての宗教についても適用されるのだけれども、髪を覆うヘジャブというスカーフを着用する若いモスリム女性が増えてきたことを受けて制定されたのである。
懸案の「ブルカ禁止法」の支持者達は、過激派にとってこのタイプの衣服は二つの目的を持っていると主張している。すなわち、ブルカは、イスラーム過激派の存在をフランスの社会に否が応でも印象づけるものであり、他方、信仰に基づく行為という形式を取りながら、ブルカを着用する女性はそれを着用することで自分の自己同一性と個性を消失させている、と。サルコジ氏の指示を伝える会見の場で、政府広報のLuc Chatel氏は、イスラーム過激派は、ブルカを「社会からの離脱とフランス社会に内在している価値の拒否の象徴」にしようとしており、また、それは「女性の尊厳に対する侵害」でもあると述べた。
しかし、左派の(そして、保守派の中にもいる)このブルカ禁止法案の反対派は、自らの意志で自分の体全体を覆っている女性の尊厳と権利を禁止することの正当化は難しいのではないかと疑問を呈している。世論調査の結果は分かれていて、この法案に賛成しているのは57%にすぎない。更に、一層、法案に対して懐疑的にならざるを得ないのは、この全身を覆うベールは人間性の剥奪であり抑圧であると毛嫌いしている中にも、その法的禁止措置は逆効果であると述べる向きも少なくないことだ。すなわち、法による禁止は、今でも村八分扱いされていると感じているフランスのモスリムの人々の怒りの火に油を注ぐようなものではないか、と。(中略)
公式の統計によればブルカもしくはニカブを着用しているのは2000人にすぎない。而して、この数値は、人口6,500万人のこの国においては統計表の上の紙魚にすぎないだろうけれど、サルコジ氏にとってそれは禁止を正当化するに十分に大きな数値なの、鴨。
以下、モスリム女性のアイデンティティとプライドを踏みにじる傲岸不遜な法案の論拠、蓋し、フランスの文化帝国主義が炸裂している詭弁を紹介します。件の法案を推進しているフランスの与党幹部がその論拠をNew York Timesに寄稿した記事。多くの人に読んでもらいたいから寄稿したのだろうという「寄稿記事」の性格と、「摘み食い的紹介にすぎない」という批判回避を許さないために全訳します。
紹介する記事の原典は、"Tearing Away the Veil"「ベールを剥ぎ取れ」(May 4, 2010)です。著者は、中道右派のUnion for a Popular Movement(UMP:国民運動連合)の幹部にしてパリ近郊のMeaux(モー市)の市長、JEAN-FRANÇOIS COPÉ氏。
MOMENTUM is building in Europe for laws forbidding the wearing of garments that cover the face, like the Islamic burqa and niqab, in public. Just last week, the lower house of the Belgian Parliament overwhelmingly passed a ban on face coverings. And next week, the French Assembly will most likely approve a resolution that my party, the Union for a Popular Movement, has introduced condemning such garments as against our republican principles, a step toward a similar ban.
Amnesty International condemned the Belgian law as “an attack on religious freedom,” while other critics have asserted that by prohibiting the burqa, France would impinge upon individual liberties and stigmatize Muslims, thereby aiding extremists worldwide.
This criticism is unjust. The debate on the full veil is complicated, and as one of the most prominent advocates in France of a ban on the burqa, I would like to explain why it is both a legitimate measure for public safety and a reaffirmation of our ideals of liberty and fraternity.
欧州では、イスラームのブルカやニカブのように顔を覆う衣服を公共空間で着用することを禁止する法の制定が勢いを増している。正に、先週、ベルギー国会の下院は顔を覆うことを禁止する規定が圧倒的多数で可決された。また、来週にはフランスの議会も、私が所属する政党、国民運動連合が提出した決議案をよほどのことがない限り可決するものと思われる。而して、その決議とは、顔を覆う衣服は我がフランス共和国が掲げる理念に反すると宣言するものであり、この決議は同じ趣旨の禁止規定を制定する前哨となるものである。
アムネスティインターナショナルは、ベルギーの禁止規定は「信教の自由への攻撃」であると非難している。一方、ブルカを禁止することでフランスは個人の自由を侵犯し、かつ、モスリムの人々に汚名を着せようとしていると批判する論者もいる。而して、顔を覆う衣装の禁止を批判するアムネスティやこれらの論者は、結局、世界中で過激派を支援しているのだ。
蓋し、これらの批判は正しいものではない。而して、全身を覆うベールを巡る議論は複雑なものであるから、フランスにおけるブルカ禁止法案の最も著名な唱道者の一人として私は、社会の安心と安全を確保する上でブルカの禁止がいかに合法的な措置であり、また、それが自由と友愛というフランスの理念の延長線上にあるものであることを説明したいと思う。
突然ですが、ここでもう一つ予備知識の提供。ちなみに、ブルカやニカブ等のモスリム女性が着用する「ベール」の違いご存知ですか。
蓋し、「ブルカ」は、目の部分に網状の布をつけて全身を覆い隠す服装で、アフガニスタンやパキスタン北部でよく見られる。他方、「ニカブ」は、目の周囲だけを外に出すベールで、サウジアラビアやアラブ首長国連邦などペルシャ湾岸諸国の女性がよく身に着ける。「ヘジャブ」は頭髪を覆い隠すが、顔は外に見せるベールで、東南アジア、イランやエジプトの女性に多い。と、そう言えると思います。
<続く>
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