2010年7月11日の参院選で自民党は<敗北>した。蓋し、統治能力の欠如を露呈してきた民主党政権の10ヵ月を鑑みれば、改選第一党とはいえ、比例区で民主党に7.5ポイントの大差をつけられたとあっては、それは<敗北>以外の何物でもない。と、そう私は考えるからです。では、政権奪還と保守改革派による長期政権の樹立に向けて自民党はどうすればよいのか。本稿はそれを社会思想の地平から考究したデッサンです。
まず確認すべきは、「この日本の社会では間違いなく保守派が圧倒的多数派である」という事実です。蓋し、ならば、「現下のこの国の政党政治の最大の矛盾は、国民の圧倒的多数を占める保守系有権者の受け皿になる<保守政党>が存在していないこと」でしょう。
7月11日の参院選比例区を見ても、少なくともその三分の1が保守系議員である民主党に投票した有権者を加え、自民党、みんなの党、国民新党、たちあがれ日本、新党改革、日本創新党、幸福実現党の得票率の合計は(民主党は、「31.56%÷3=10.52%」で計算)55.24%に達しており、これに今や社会の上流で活躍する若い層を多く抱えている、而して、そんな若い層を中心に保守の価値観を抱く潜在的支持者が少なくない公明党の例えば10%(すなわち、「13.07%÷10≒1.31」)を加えれば、この国の投票行動を行う有権者の実に60%近くが<保守派>なのですから。
畢竟、野党ボケから脱しきれず、政権維持のために左翼・リベラル派に阿る民主党。他方、与党ボケのまどろみから醒めやらず、民主党政権の自滅による棚ボタ式の政権再交代を予感してか、有力議員各自が内閣総理大臣の椅子を夢見て内部抗争と新党分裂に奔走する自民党。すなわち、それが掲げる政策の一貫性と現実性が皆無という点で「政党の呈をなしていない民主党」と、他方、「組織の呈をなしていない自民党」。そして、郵政民営化反対、公務員制度改革、地方分権推進という単独のイシューに熱心な「専門店的保守系泡沫政党」。これらが我々日本の保守派に与えられているすべての選択肢ではないでしょうか。
昨年の総選挙<8・30>でなぜ自民党は政権の座から追われたのか、あるいは、民主党政権の誕生とはこの国の歴史の中でどのような意味を持つ事態だったのか。これらの点に関しては下記拙稿をご一読いただくとして、重要な点は、その政治的要求の受け皿になる政党が保守派には存在しないという事実は、しかし、単にこの国の保守政治家のレベルの低さにのみ起因するものではなく21世紀初頭の先進国が共通に抱える歴史的必然に源泉するかもしれないということです。
・自民党解体は<自民党>再生の道
http://kabu2kaiba.blog119.fc2.com/blog-entry-767.html
・民主党政権の誕生は<明治維新>か<建武新政>か
http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/ada30326dfc1c4d15b3658955bbbd627
・政治主導の意味と限界
http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/667c6ba4a092a16e5f746fec1ad1cdd7
而して、これまた今までも何回かこのブログで書いたことなのですが、
現在の、①グローバル化の進む、②福祉国家における、③大衆民主主義社会では、行政サービスは国民生活の細部に及び、かつ、膨大。畢竟、財政と予算の観点からはどの政権もどの政党もそれらが解決しなければならない政治課題のほとんどは固定化しています。
例えば、民主党政権が政権の命運を託する高校実質無償化と子ども手当。これらを完全実施しようとも、その総額は(前者が4,500億円、後者が5兆円。そして、その実施に際して廃止される現行の補助金分を除けば)5兆円程度であり、それは、2009年度の一般会計予算と特別会計予算の合算総額の(グロスで443.5兆円、ネットで206.5兆円の後者の)40分の1以下にすぎないのです(一般会計と特別会計の仕組みについては下記資料を参照ください)。
・財務省-特別会計のはなし(平成21度版)
http://www.mof.go.jp/jouhou/syukei/tokkai2106/tokkai2106_00.pdf
逆に言えば、しかし、日本の防衛費総額でさえ5兆円であり、高校実質無償化と子ども手当てに要する新たな5兆円の財源確保は絶望的。要は、ある政党や政権が高校実質無償化や子ども手当て程度の独自の新基軸を打ち出すことでさえいかに予算的にタイトであるか、すなわち、()「財源不如意-税収不足」というだけでなく、()国家予算の使い道のほとんどが固定化していることはこれらの数字を反芻するだけで明らかであろうと思います。
かって鉄血宰相ビスマルクは「政治とは予算であり、その手段は説得と妥協である」と喝破しました。而して、この箴言を踏まえるならば、21世紀初頭の現在、一般に「リバタリズム-新自由主義」が支配するとされるアメリカもフィンランドやスウェーデン等の北欧型福祉国家も先進国においてはすべての国が、その「政治的-予算的」現実においては(資本主義でも社会主義でもない)所謂「第三の道」を選択していると看做しても満更間違いではない。と、そう私は考えています。
畢竟、その政党が政権を担う大志と気概を持つほどの政党ならば、すなわち、国防から教育、医療から産業政策に至る国のすべての行政部面に責任を負う覚悟を抱いている政党である限り、現下の時代背景においてそれらキルヒマンの所謂「包括政党」は左右両翼に広く有権者の支持を求めざるを得ず、また、その結果それらの政党の政策は自ずと接近せざるを得ないのです。
而して、(イ)民主党と自民党がそれぞれ社民党や公明党と連立政権を組むに至った経緯、(ロ)民主党と自民党との政争が政策を巡るものというよりも「政治と金」の問題や「首相の漢字の読み間違い」等々のトリビアルなイシューに収斂すること、そしてなにより、(ハ)(政治プロセスにおいて政策論争が帯びる重要性が相対的に低下することにともない)この国の進む道筋とビジョンを政策の言語で語る政党、すなわち、保守系市民の政治的要求の受け皿になり得る保守政党が不在になる理由はこの時代背景に求められるのではないでしょうか。
二大政党制にせよ連立政権にせよ、しかし、政党政治には基本的条件が存在すること。よって、個別日本において社民党と共産党は(実は、民主党内の左翼とリベラル派も!)政権に参画する資格を欠いていることについては下記拙稿をご一読下さい。
・政党政治が機能するための共通の前提
http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11142645831.html
ハイデッガー流に言えばこのような「過剰だが乏しき時代」において、すなわち、行政権の権限の及ぶ範囲は広大でそのサービスのボリュームは膨大であるにもかかわらず、政治がイニシアチブを取れる余地が極小化している時代において、政党は、就中、「保守政党-自民党」はどうすれば国民の圧倒的多数を占める保守系有権者の支持をもう一度獲得して政権を奪還できるのか。政治の英雄が縦横無尽に活躍することなど絶えて久しい、文字通り顔の見えない大衆が支配する散文的なこの時代状況に自民党はどう適合すればよいのでしょうか。些か長い前置きを終えいよいよこのことの検討に移ります。
◆ナショナリズムは自民党再生の針路か
結論を先取りして書いておけば、本稿の思索の切り口は「保守主義とナショナリズムの交錯と乖離」。而して、この国の進む道筋とビジョンを保守主義の政治哲学に貫かれた政策の言語で語る政党に脱皮することでしか自民党の再生はありえない(近々、民主党の自滅、すなわち、棚ボタ式での政権交代があったとしても、1960年代~1970年代の英国のように以後選挙の度にシーソーゲームのように政権与党が入れ替わる事態のその一方のプレーヤーにしか自民党はなれないだろう)と私は考えています。
尚、本稿では「保守主義」の内容自体について詳しく説明する余裕はありません。よって、私の考える「保守主義」の意味については下記拙稿をご参照いただければ嬉しいです。
・保守主義の再定義(上)~(下)
http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11145893374.html
・憲法における「法の支配」の意味と意義
https://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/f58d7887310d1a4ab95f909423748331
蓋し、一部の保守派がしばしば口にする如く「夫婦別姓、外国人地方参政権、首相の靖国神社参拝等々の保守イデオロギー色の強いイシューを正面から争点に据えれば自民党は政権を奪還できる」とは私は考えません。これは、保守派が有権者の60%として、例えば、今回の参院選で自民党は比例区で24.07%、選挙区でも33.4%と保守系有権者の40.12%~55.67%しか得票できなかった事実を直視すれば明らかではないでしょうか。
蓋し、(「保守主義」との混同を避けるために夫婦別姓反対や外国人地方参政権反対等々の主張を「保守イデオロギー色の強い主張=ナショナリズムの色彩の濃い主張」と呼べば、これら)保守イデオロギー色の強い、ナショナリズムの色彩の濃いイシューに投票行動選択において高いプライオリティーを付ける有権者は保守派においても少数派ということです。而して、ダメ押し的に付け加えれば、そのような「意識の高い有権者-政治好きの有権者」はこの部面での民主党の胡散臭さなど先刻承知しているだろうから、日本を破壊しかねない民主党の危険性についての告知不足などは(すなわち、所謂「情報弱者=保守系の民主党支持者」という仮説などは)、保守系有権者における自民党の相対的に低いマーケットシェアの言い訳にはならないと考えます。
ならば、自民党再生の針路は「ナショナリズムの喚起」ではなく(少なくとも、それだけではなく)「保守主義の哲学に基盤を置いた経世済民のビジョンを示すこと」ではないか。而して、このビジョンの提示は焦眉の急である。パラドキシカルながら、イニシアチブの余地が極小化しているとはいえ行政権の肥大化が常態の現在、時の「政権与党-行政権」の「施策-予算措置」と「意向-立法」が国家と国民を危機に陥らせかねないことは民主党政権による高校実質無料化や子ども手当の導入、あるいは、外国人地方選挙権付与の策動を想起しただけで思い半ばに達するだろうから。ならば、保守派の広範な支持を獲得するための国家ビジョンと政策パッケージの模索は実践性と緊急性を備えていないはずはないからです。
畢竟、現在、先進国ではあらゆる政党や政権が「第三の道」を選択しているとはいえ、その「第三の道」の中には目も眩まんばかりの多様性もまた存在している。このことはアメリカと北欧諸国を対比すれば一目瞭然でしょう。ならば、55年体制が崩壊してしまった現在、また、グローバル化の昂進と国内の地域間格差拡大が同時に進行している現在、55年体制に代わるどのような「第三の道」を希求するのか。しかも、東京都千代田区と福島県南相馬地区が異なるように、あるいは、北海道帯広市と沖縄県宜野湾市が異なるように、これまた、目も眩まんばかりの豊潤な非対称性を抱えるこの国の社会を前提にしていかなる「この国の進む道筋」を提示するのか。蓋し、この模索が自民党再生の針路でないはずがない。と、そう私は考えます。
<続く>
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保守派ではなく保守的なだけ。
絶対的な権力(圧倒的な影響力)をもつメディアと権威に影響される受動的な国民だらけ。
目先の平穏さと目先の利益を守ろうとしているだけ。