珍しいものでも見たかのように、カガリは金眼を見開いていた。
尋ねてきた2人は、この行政府ではそうそうお見掛けしない制服―――深い紺と黒の混じった制服には、胸に金色のバッジ。そして軍に負けず劣らず規律正しく姿勢よく敬礼してくれている―――オーブの警察組織、はっきり言えば「警察庁」のお偉いさん方だ。
街中では普通に見かけられる彼らも、この行政府、しかも内閣まで入ってくることは非常に稀だった。行政府内で見かけるとすれば、大臣たちにとって非常に不都合…間違ってもあり得ないと思うが、汚職などで捜査に立ち行ってくるぐらい。要は「見たくない」人種だ。
しかし彼らは帽子をとり、こうして礼を取ってきてくれている。つまりは黒い話ではなさそうだ。
「どうした?警察庁じきじきの来庁とは珍しいな。」
カガリが感嘆の声と共に目の前の応接ソファーを勧める。
幹部らは再度敬礼し、カガリと対面して並び座した。そして一人が苦笑しつつ話し出す。
「いえ、我々の来庁というと、いささかここは座り心地が悪いことが多いのですが、今回は「感謝」と「依頼」に参りました次第です。」
「『感謝』?」
内閣で警察のキャンペーンもしたことはないし、一体何だろうと訝し気なカガリに、もう一人の幹部が口を開いた。
「実は、こうして代表のお時間を割いていただくまでの話ではないのですが…ここのところオーブでの農作物の盗難被害が相次いでいるのはご存じでしょうか?」
「あぁ、よく知っている。」
カガリは表情を引き締める。
ここのところ多いのだ。農作物を収穫寸前で盗み出し、遠方に売りに行ったり闇取引で高額転売する輩が組織的にあることを。監視カメラなども用意してはいるらしいのだが、彼らはその辺りも周到に情報収集し、非常警報やカメラの配線を事前に切断し、それで堂々と盗みに入っている。
特に南国オーブで採れる「パパイヤ」「マンゴー」「パイナップル」をはじめとする高級フルーツを盗み出していると聞き、多くの食品を他国からの輸入に頼っているオーブの中で数少ない一次生産品であるそれらは貴重な資源でもあるため、カガリにとっても他人事ではない。
「それで?今年も盗難届が相次いでいると聞くが、私に直接話に来るということは、何か国を挙げての捜索でも計画してきたのか?」
勇んで問いかければ、彼ら二人は顔を見合わせ、何故か少し微笑んだ。
「いえ、先ずはそれで感謝を申し上げたいことがありまして。」
「は?」
盗難と感謝?何か農作物と間違えて、犯人が不発弾でも掘り出していってくれたのだろうか。
すると一人が語り始めた。
「実は、毎回狙われる農園がありまして、今年もきちんとカメラなどの防犯展開していたらしいのですが、その裏をかかれたそうで見事に電牧(※電気が流れている柵。触るとビリッとする)も監視カメラも切られていたそうなのです。ですが、それに気づいた農園主がまだ夜明け前の農園に慌てて走っていくと、農作物は無事。で、代わりに縛り上げられた男たちが十数人も転がされていたそうです。」
「しかも、どうやら犯人確保をしてくれたと思われる人物が走り去る後姿を主が見ておりまして。犯人たちからも事情聴取を聞くと…」
「どうにも制服が『オーブ軍』の物ではないか、ということに至りまして。」
「それで、何方なのかとオーブ軍に問い合わせをしたのですが、『極秘事項』と言って取り合ってくれず。…なので代表の元に参った次第であります。」
交互にリズムよく報告する二人に、カガリはひたすら「…はぁ。」と相槌を打つ。
確かに職業軍人、ましてやオーブ軍であれば、複数人の素人相手にだって勝てる自信はある。…だがいまいちわからないのは、何故まだ夜も明けぬ農園で、そんなことをしていたのか、ということだ。
『極秘事項』と言って突っぱねたらしいが、極秘任務を農園で行う、なんて話はこちらは聞いていない。
たまたま通りかかっただけ、ということかもしれないが、それにしても善行なのだから誇りこそすれ、わざわざ『極秘』扱いする意味が分からない。
(何故隠すんだろう…?)
まだ闇を探るような感じだが、代表首長から軍に問い合わせれば、流石に突っぱねるわけにはいかないだろう。カガリは頷いた。
「わかった。委細のそちらの感謝の申し出は、私が変わって有難く受けて置く。私から軍に知らせておくから。」
「「ありがとうございます。」」
深々と頭を下げる警察幹部たち。でも確かもう一つあったような…
「で、確か『依頼』とかもあったよな?それもオーブ軍へか?」
「はい、実は取り調べ中、今回逮捕された者達が口をそろえて「俺たちにはオートマタとポッドがあるんだ!機械相手なら、どんなに強かろうが生身じゃ勝てないぜ!」と吐いたようで。もしかしたら今度は機械を使って乱暴に物事を運ぶ可能性もあり―――」
「それで軍に便宜を図ってくれないか?ということか。」
二人は同時に頷く。
確かに警察組織は銃は持っていても、MSやオートマタのような兵器は所有していない。代わりにこの手の犯罪に対して「自衛行使の権利」があり、つまりは軍に協力を求められるのだ。要は「住み分け」をしているが、有事の際は協力を願い出る資格がある。
「わかった。私の方から軍には話してみよう。…しかし、ポッドやオートマタまで使って農作物を盗み出そうなんて…どれだけ高級フルーツなんだ?パパイヤか?それともマンゴーか?」
「いえ『トマト🍅』です。」
「…は?」
余りに即答過ぎて、一瞬聞きそびれたかと思ったが、幹部は冷静に繰り返した。
「『トマト』農園です。代表。」
「と、トマト!?」
思いっきり驚くカガリに、幹部はことのほか丁寧に状況を伝えてくれた。
「はい、このオーブでは気候的に収穫が望めない作物だったのですが、近年ハウス内を冷温化させて、自給自足できないかの研究が進み、その結果、何とか収穫と出荷にこぎつけられたようです。」
なるほど…確かに寒冷地で育つ野菜は輸入に頼っている。しかし普通は温度を高く保つために使うハウスを、代わりに寒冷地仕様に切り替えれば、収穫も可能という訳か。
「なので、トマトと言えど自国産は高価です。犯人の狙いはそこかと。」
「あとハウスも特許はまだ提出していないそうですが、実験として成果が出ているものですので、今後安定収穫が見込めそうな場合、この施設開発の特許も申請するため、オートマタなどに壊されるのは非常に問題だと。」
「そうだったのか…」
我が国の研究と汗と涙の努力で育てたトマトを盗むとは!
カガリは立ち上がった。
「わかった。是非とも協力するよう、軍に連絡しておく。」
「「ありがとうございます。」」
二人が去った後、軍令部に内線を入れようと、受話器に手を伸ばしたところで気が付いた。
(そういえば、捕まった犯人が「十数人」って…―――まさか…!)
***
そして時間は翌日の午前3時。
カガリはコッソリと屋敷を抜け出し、指定の農園へと潜伏する。
無論、日中にキサカに詳細を伝え、陸軍より派遣部隊を要請してはあるが、使いどころを間違うと、犯人が警戒しすぎて農園に姿を見せなくなるだろうし、近隣住民にも迷惑がかかる。
警察は数人で交代しながら監視し、非常事態になった場合軍への直通依頼をする段取りになっているようだ。
これだけの体制を整えて置けば、代表首長のカガリ自ら出ていく必要は全くない。
なのだが
(…どうにも気にになるんだよなぁ…)
その訳は昼間の推理。あの後個人的に農園の状況を調べて気づいた。
オーブの大学をはじめ、農業の研究関連で、冷温化施設の話はまだ学会にも登場していない。
つまりは未知の分野。モルゲンレーテをはじめ産業技術は世界でも特に優秀だ。モルゲンレーテなら、こうした農作物の方に技術を転用することも可能だろう。しかし現在はまだ軍用品の開発中心だ。「そこ」にカガリは引っ掛かる。
(もしかしたら…)
カガリは検索対象をを国外に広げた。するとカガリの予想通り
(―――!あった!)
これで確信に繋がった。
(私の予想が正しければ―――!)
最後は現場で確認したい―――と思っていたその時。
<ゴゥン、ゴゥン>
機械音と共に微弱な振動が近づいてくる。
(来た!オートマタの駆動音だ!)
と、たちどころに潜んでいた警官が農園を取り囲む照明をつけようとする。が――
<パチン!>
「え!?切れた!?」
カガリの方が声を上げた。どうやら警察が張り込んでくると予想して、裏をかいたらしく、その外側から配線を切られたらしい。
「こら!止まりなさい!」
遠くから警官がオートマタと回収用のポッドに近づく。駆動音からして、ただの作業用じゃない。改良を重ねたらしい馬力のある音だ。咄嗟にカガリは声を上げた。
「待て!近づくな!そいつは拳銃くらいじゃ相手にされない!」
カガリが言うより先に、オートマタが警官を一人打ち払った。
「うわっ!」
「大丈夫か!?」
カガリが駆けつけ、突き飛ばされた警官を介抱する。
すると「あ、ありがとうございます。ですが、コレをやられました…」
彼がそう言ってカガリの前に掲げたのは「軍への出動要請コールボタン」
「一番の切り札を、真っ先に封じられるなんて、不甲斐ないです。」
苦渋の表情の警官。それに対し、カガリは平然と答えた。
「大丈夫だ。多分もうこちらに向かっている。」
「え…?だってまだボタンは押していな――」
彼の言葉が終わらないうちに
<ゴオオオオオオ!>
まるで怒りを込めたかのような駆動音と共に、風圧がカガリの髪を慌ただしくなびかせる。
それと同時に背後から
「な、何だよ、アレ!?」
「ま、まさか、MS!?」
「嘘だろ!?軍の施設からこんなに離れたところに、何でこんな早く―――」
「こんな農園の警備にMSなんて来るわけ…うわぁああああああ!」
犯行グループの悲鳴が農園のあちこちから沸き上がる。
カガリは振り返りもせず、負傷者を現場から避難させ続けた。
結果は―――見なくてももうわかる。
***
「随分早いお着きだな。アスラン。」
目の前に降り立ったインフィニットジャスティスを見上げ、カガリが声を上げる。
<か、カガリ!?>
流石に驚いたらしいコクピット内の音声が響くと、慌ててハッチを開けてアスランが下りてきた。
「何でカガリがここに!?」
「いや、お前だって聞いているんだろう?警察庁からの依頼。…てか、寧ろ依頼なくっても来る気満々だったんだろう。」
インフィニットジャスティスによって破壊されたオートマタ数機と作業ポッドが警察車両に運ばれる様子を眺めながら、カガリは昼間の推理を話し出した。
「アレだけの組織の人間十数人を「たった一人」でノセる奴なんて、流石のオーブ軍でもお前くらいしか想像できなかったから。それに、もう一つ―――「農園の冷温化システム」の事。わが国で今まで一回も開発の話が出ていないにもかかわらず、こうして今特許要請を出そうかというくらいまで話が進んでいたなんてさ。お前の入れ知恵だろう?何か見たことというか、聞いたことあるな~って思って、ある記事を開いたら載っていたんだ。「レノア・ザラ」―――お前のお母様が研究されていた実験設備だった。」
「…」
アスランは口を一文字に結んだまま。
言い難いのだろう。代わってカガリが答えてやった。
「言えないよな。だってオーブ軍人は一応『国家公務員』だからな。非営利ならともかく「副業は家族や身内の手伝い以外は認められない」規則だ。だから隠れてこうして見守っていたんだろう?」
「カガリには敵わないな。」
初めて口を開いた彼は朴訥と話し始めた。
「最初は通りがかっただけなんだ。そうしたら色々実験を重ねている様子が分かって、でもやはり素人のせいか、システムがうまく働かないことで行き詰まっていた様子だったから。その姿がどうにも母と同じに見えて…」
「それで、手を貸した、って訳か。」
「あぁ。今度「特許を取るので、是非あなたの名前も」と言われたんだが、流石にそれは断った。でもいいんだ。母の想いと願いが、この地で花開くなんて、それだけでも俺は嬉しいから。」
「アスラン…」
朝焼けに染まる水平線を見つめる彼の横顔は、今まで見せなかったような満足そうで優しそうな表情をしている。
「一応機能がうまく働いているか様子を見たかったんだが、まさか窃盗組織が入り込んでいるなんて知らなくて。偶然居合わせて片付けておいたが、警察から依頼が来たことをキサカ一佐から知らされて。それで自分が行くと宣言していたんだ。」
「よく決行は今夜だ、ってわかったな。」
「収穫時期だからな。もうすぐ出荷されるなら、犯人たちも急いでくるはずだと思って。」
「流石だな。お前の推理も一級品だ。」
なんとなく嬉しさを隠せないアスラン。多分コイツの根本はお母様と同じように自分の好きな研究で、人のためになることをする方が向いているんじゃないかな。そう思ったが
「でも、俺は今の生き方に満足しているよ。カガリの嬉しそうな顔を見られる仕事ができるなら。」
「アスラン///」
真っ向からそう言われると、ちょっと照れ臭い。だが、アスランは更にニコニコと話し出した。
「それに嬉しい事に、このシステムができれば、これでようやくオーブでも『桃🍑』が食べられるようになるじゃないか!」
・・・
・・・
(・・・へ?)
「なかなか生の桃って出回らないから、ここで桃の栽培研究をしていると聞いて、それもあって興味が沸いたんだ。」
「え~っと・・・アスラン。大変言いづらい事なんだが…」
「なんだ?」
「ここ・・・『桃🍑』の栽培はしていないぞ?」
「え…?」
たちまち端正な顔立ちが一気に強張った。
「だ、だって確か『桃太郎』って―――」
「それは『トマト🍅の品種』の名前だ。」
可哀そうだが「すとらいくふりーだむ」で一刀両断するがごとくサクッと言ったら、アスランが膝から崩れ堕ちた。
<ガクッ…💧orz>
「お前、ここはどう見ても『桃の木』生えてないじゃないか。…って、もしかして、桃の木を見たことなかったのか?」
<コクン>←挫折したまま頭だけ頷く
「お前、桃が食べられると思って頑張ってたのか…」
<コクン>←まだ立ち直れない
ハァーーーーー(´Д`)ハァ…
アスランが🍑好きなのは知っていたが、まさか盛大な勘違いを冒していたとは。
肩に手をやって慰める。
「まぁ、何時かはこの施設が発展して、桃の木だって育てられるかもしれないじゃないか。元気出せよ。」
「……」←無言の落ち込み。
仕方ない。
「ほら、立てよ。折角だから、私が手料理作ってやるから。」
<ピク>←あ、反応したw
そして、帰宅後―――
「…美味しい…♥」
農園主からのお礼で貰った完熟トマトを使っての、「トマトとバジルの冷製パスタ」。
アスランがおずおずとフォークを巻いて口にすれば、ようやく笑みがこぼれた。
「よかった。トマトもいいもんだろう?」
「あぁ。カガリが作ってくれたと思うと余計に美味しい♥」
多分空腹で仕事した後だから、余計に美味しいのかもしれないが。
もし、私がアスランの為だけの「隠し味」を忍ばせていたせいかな…?
だったら嬉しい。
こうして二人でテーブルを囲んで、つかの間の幸せをトマトと共に存分に味わった。
・・・Fin.
***
こちらは、昨年の8月にUPしました作品です。
もう一年近くたっちゃったんですね…早いなぁ^^;
で、また何で再掲したかと言いますと、Twitterでは言いましたが、実は一昨日、お友達から🍑をいただいたんですよ♥
すっごい大きくて、見事な完熟✨ 香りもとっても良くって、本当に美味しかったです♥
昨年は一個も食べられなくて、悲しい思いをしていたんですが、ここ数日の父の容体を案じてくださったから、「少しでも口に入れば」と、こうして心配してくださって(ノД`)・゜・。(感涙✨)
お陰様であれだけ食欲無くて、げっそりしていた父が、丸ごと一個ぺろりと平らげてくれまして、もう本当に感謝感激なんです✨(T人T*)
こうして、普通にめでたしめでたし♪…で終わればよかったんですが、その父が昨日TVを見ていて「おい、山梨でまた🍑が盗まれたぞ!(# ゚Д゚)」と怒鳴り声揚げまして。
見たら、また今年も農家さんが丹精込めて育て上げた桃を何十Kgも盗まれたんだとか。
「このやろぉおおおおおおおおお!!!####」
桃一個育てるのに、どれだけ苦労と資金を重ねていると思ってるんだ!
炎天下も、風雪厳しき折も、農家さんは有給もなく、必死に育てて我々の食卓に美味しいものを届けてくれようとしているのに!!ヽ(`Д´)ノプンプン
血圧上がっちゃったんで、インジャスに出動要請しました(`・ω・´)ゞ
再掲なので、去年見られた方には同じ話ですけれど、農家さんの無事の出荷を願って、またアップしてみました。
あ、トマトも美味しいです。トマトも無事に育ちますように✨(ー人ー)