うたたね日記

アニヲタ管理人の日常を囁いております。

触れたい唇

2024年01月30日 22時05分27秒 | ノベルズ

「まいったな…」

鏡に映った自分の表情を見て、思わず失笑する。
碧い光の中に刃を隠した瞳。涼しげな口元も鼻筋も、特に変わっては見えない。
だが、自分にだけはわかる。どこか生気が失われているのだ。

理由は―――「ただ一つ」

洗面台に両手をつき、青い前髪を垂らしながらゆっくりと目をつぶり、ただ一言、

「カガリ…」

彼女の顔を、名を思い出すだけで心臓が音を立てる。
だが、今の自分にあの歓喜が湧き上がらないのだ。

数か月前、彼女に呼び出された先で、謎の食べ物”もん…”なんとかに付き合わされ、彼女に勧められるまま口にしたものは、何とも奇妙なものだった。まぁ、味は悪くなかったが。
美味しかったのは、目の前で満足そうにそれをほおばる彼女の笑顔。
久しぶりに会い、二人きり(実際はSPに囲まれていたが)になって、大事な仕事の報告をするはずだったのに、何故か初めてのデートの様力んでしまった自分を見透かしたような、彼女の言葉と笑顔であっという間に緊張が解けた。
瞬間、湧き上がってくる耐えがたい望み

(―――もっと一緒にいたい!)

あの後、SPに囲まれ、それでも彼女との時間を少しでも作りたくて、彼女を抱くと軽々と壁の上に駆け上がる。
「うわぁ!」
あの時受けた彼女の細い腕―――首筋に回ったそれが触れるだけで、あれだけいとも簡単に飛べたのだ。今自分一人で駆け上れ、と言われても、その気力は全くない。
首に回された腕の力、顔にまとわりつく金の髪、そして彼女の香りと、間近で輝く金の瞳。
あれだけ味わったはずなのに、たった数か月で、まるで何年も断食しているかのように身体の全てに力が入らないのだ。

「何をしているんだ、俺は…」

頑張れよ、代表―――そう言って彼女を見送ったはずなのに、自分の方が先に渇望してしまうとは。

いけない。そのまま軽く首を横に振って、気持ちを切り替える。ロンググローブを両の腕にはめ、コートをひっかけ任務に向かう。

ふと
「ん?」
コートのポケットの中に入れていたUSBメモリ。中身は大した内容ではない。
それこそ数か月前、カガリに手渡したものと同じ型式のものだ。
一応、あの後入り続けた情報を集めていたものだが、さして重要性があるわけでもない。でなければこんなポケットに無造作に入れているわけはない。
だが、触れて思った―――(これは口実になるか)と。

「メイリン、急用ができた。少し遠方に出るので暫く戻れないかもしれない。」

出向先のターミナル本部で、先ほど脱いだばかりのコートに腕を通しながら、彼女に振り返らずアスランは告げた。
「お出かけですか?しかも遠方って…」
データのやり取りは確かに地球の裏側、オーブとファウンデーションの距離位など数秒もせずに届く。
重要な情報であっても、メイリンの組んだ10000桁の乱数中継により、ハッキングされる心配は1ミクロンの心配もない。
メイリンが怪訝な表情になったが、ふと彼女の目が何かに気づいて見開いた。
「あ、そうか!もうそろそろ補給が必要な時期ですね。」
少し揶揄い気味な彼女の口調に、少し口元をまげて眉を顰めるアスラン。
「補給?何のことだ?」
「いえ、何でもありません。気を付けて、ご・ゆ・っ・く・り、いっていらしてください♪」

そう言ってメイリンは手元のノートパソコンを閉じると、その向こうでニッコリと笑って見せた。

 

***

 

アスランがオーブに到着すると、もうすっかり日が暮れていた。
「まいったな、気流が乱れていなければもっと早く着けたのに。」
口では不服を申し立てていても、心は早鐘の様に一路、行政府へと車を走らせる。
もうカガリはアスハ邸に帰っているだろうか。
そうして内閣府の警備員に、普段は持ち歩かない認証カードを見せつける。
「これはザラ一佐!」
一斉に敬礼してみせる彼らに気にも留めず、口早に
「カガ…アスハ代表はどこに?」
「まだ執務室の方にお出でです。」
その声を背にしてアスランの足は早まる。小走りに、そして何時しか大理石の階段を音を立てて駆け上がった。

「はぁ、はぁ、」
少し上がった息を整える。目の前には見慣れた執務室のドア。その隙間から、まだLEDの柔らかな温かみのある光が零れている。
アスランは、ノックを忘れ手早くノブを回した。
「カガリ。」
開け放ったそこに、彼女はいた。

いたのだが、トレードマークの金髪はピクリとも動かない。

「カガリ?どうしたんだ!?」

足早に重厚なデスクに近づくと、光に揺れる金髪が、小さく波打っていた。
「スー、スー、」
カガリはいた。ただし、机に突っ伏し、心地よさそうに寝息を漏らして。
「はぁ…」
アスランは一安心し、肩で息をつく。そしてそのまま彼女の机に腰を付け、恐る恐る指先でその揺れる髪に触れる。

柔らかくて、温かい…

次第に指だけではなく、手のひらで、そっと彼女の頭を撫ぜる。
「ん…」
「カガリ?」
目覚めたか、と思ったが、彼女は顔を横に向けると一瞬吐息を漏らしただけで、またも安らかな夢の中に戻ってしまった。
いつの間にか遠慮なく、彼女の髪から指先で遅れ毛を払い、指の背でその頬に触れる。
(柔かい…)
ナチュラルメイクの彼女の頬をなぞると、素肌に触れているようでアスランの中に熱が湧き上がる。
「カガリ…」
いつの間にかアスランは彼女の寝顔に顔を近づけていた。
右の人差し指の先で、そっと触れるか触れないかの感覚で、唇に触れる。
潤いのある柔らかなそれは、頬と違って温かく、生々しさをもってアスランに女性を意識させる。
薄いルージュ、零れ落ちる寝息、けぶる睫毛はピクリとも動かず、安心しきって眠り姫は目覚める様子はない。

(ゴクリ)

自身の喉が鳴ったことにアスランは気づかない。

今なら、唇が触れ合えるのでは…?

顔を寄せる。唇に彼女の吐息を感じる。

(もう少し…)

アスランもそっと目を細め、重なる瞬間を待ち望む。

 

 

「クシュン!」
「っ!?」

目の前でその小さな唇が開き、くしゃみ一つ。
持ち前の反射神経で、顔にかかることはなかったが、
「…ムードが台無しだな。」
そう言って苦笑する。そして
「カガリ、風邪をひくぞ。」
その細い肩を揺するが、
「ううん…」
やっぱり眠り姫は簡単に目覚めない。
相当疲れているのだろう。コンパスが立ち上がって、何とか軌道に乗り始めたところにフリーダム強奪事件やファウンデーションの影が潜み始めたのだ。当然終戦締結を結んだところで、各所の火種はまだまだ残っている。それを一人でこの双肩に背負っているのだ。
(できれば君の隣で、君を支えたいのに…)
まだそれは叶わぬ願いと知っている。立場が違う。でも目指す先の夢は一緒だ。何時か二人の人生が重なるときが来るだろう。それまでは、自分がやるべきことをやるまでだ。

もうしばらくすれば秘書官や屋敷からの迎えが来るだろう。
それまでこの姫の眠りは俺が守ろう。

アスランは黙ってコートを脱ぎ、その背にかけてやる。
その瞬間、カガリがふと力が抜け、微笑んだように見えた。
「…全く」
寝顔と微笑み一つで、男一人を虜にしてくれる。本人は全く自覚もないのに。そこが困りものなのだが。
だったら、せめてこれくらいは許してくれよ。

そう心の中で呟き、アスランは柔らかなその頬に、そっと口づける。
そしてそのままゆっくりとドアを閉じた。

 

空港に向かう車の中、ハンドルを握りながら、片手でふと自分の唇を指先でなぞる。
「これで暫くは充電がもつかな。」
苦笑すると急にうすら寒さを感じる。
「しまった!コート―――…」
一瞬ブレーキを掛けそうになったが、アスランはそのままアクセルを踏みなおす。

「そうだ。今度はコートを取りに行く口実が出来たな。」

小さく微笑み、再び口角の上がった唇に触れながら、アスランはあの感触の余韻を楽しむのだった。

 

・・・Fin.

 

===

劇場版公開以降、初めてのSSです。
正直、まだ特典小説も2回しか読んでおらず、劇場本編の内容も十分に咀嚼できていない状態ですので、核のためらったんですが、暫くSSらしいもの書いていないので、リハビリとしてちょっとUPしてみました。

多分落ち着いたら、どんどん書き出すと思います(笑)

いいのよ、誰に読まれなくても。
自分の中の熱を発散させたいだけなので。
同人とはそういうものです♥(´∀`*)ウフフ

 

コメント
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