KANCHAN'S AID STATION 4~感情的マラソン論

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マラソンマンの死

2007年11月15日 | マラソン事件簿
11月4日のニューヨークシティ・マラソンの前日、セントラルパークの周回コースで来年の北京五輪の男子マラソン代表選考レースが開催された。

「なんで、ニューヨークシティ・マラソンを選考レースにしないのか?」
という素朴な疑問を抱いた人もいらっしゃるだろう。
アメリカの陸上競技の五輪代表は、全米選手権の結果で決められる。過去にいかなる実績があろうとも、全米選手権で敗れたら五輪代表にはなれない。カール・ルイスやダン・オブライエンのようなスーパー・スターも優遇されたりはしない。

マラソンも同様に、全米選手権マラソンの一発選考で決定される。そして、この全米選手権という大会は、米国籍を有することが参加資格なのである。

世界中からランナーが集う、ニューヨークやボストン、シカゴのような大会は代表選考レースにはなりえない。以下は僕の憶測であるが、ニューヨークシティのように、世界中からジャーナリストが取材に訪れるビッグ・レースの前日に行なうことで、アメリカのマラソン五輪代表を世界にアピールしようと目論んだのではあるまいか?ちなみに、女子のマラソン代表選考レースは、来年4月のボストン・マラソンの前日に当地で開催される予定だという。

元世界記録保持者のハリド・ハヌーシのアメリカへの帰化がきっかけだったのかもしれない。アテネ五輪の男子マラソンはエリトリアからの移民者であるメブ・ケフレジキが銀メダル、女子のディーナ・ドロシン・カスターが銅メダル、ちなみにこの両者は10000mの全米記録保持者である。アルベルト・サラザールやジョアン・ベノイトらが活躍した四半世紀前の輝きをアメリカのマラソン界は取り戻したかのようだ。

おかげで、アメリカ代表選考レースの結果がネットを通じて、ニューヨークシティ・マラソンのスタート前には届いた。今年4月のロンドン・マラソンで初マラソンいきなり2時間8分24秒でゴールしたライアン・ホールが優勝したこと、ハヌーシが4位、ケフレジキが8位で代表入りを逃した事、そして、ライアン・シェイという2時間14分台の記録を持つランナーが9kmでリタイアし、そのまま帰らぬ人となったことが伝えられた。

異例の事態と言えるだろう。ボストンやロンドンなど参加者が3万人を越えるレースで一般参加のランナーがレース中、もしくはゴール後に倒れて息を引き取る、というアクシデントが生じることはあった。今年の東京、よくぞそういったアクシデントが起こらなかったものだと思う。'96年の第100回記念のボストンでも死者が出た。当時、ランニング仲間との雑談の中で、
「こんな歴史的なレースを走った直後にあの世へ行けるなんて、マラソン・ランナーとしては最高の死に方やないか?」
という話題が出た。登山家が山で死にたいと語り、船長が沈み行く船に最後まで居残るというのと共通する境地だろう。しかし、結論は
「好きな事しながら死ぬんやから、本人は本望やろうけど、残された家族や大会の関係者はたまらんで。」
ということだった。

このような、代表選考レースに有力候補として出場するようなレベルのランナーがレース中に亡くなる、というニュースは僕の記憶にもない。

後の報道によるとシェイは肥大型心筋症という持病を抱えていたのだという。今回のレースも医師からの診断を受け、問題なしとのお墨付きを得た上で出場していたのだという。彼も、マラソンでアメリカ代表として五輪代表になるのを夢見ていたのだろう。それを思えば、悲しすぎるアクシデントだ。

シェイの冥福、そしてアメリカ代表ランナーの悲しみを乗り越えての活躍を祈りたい。

それにしても、マラソン・ランナーに心臓疾患はつきものなのだろうか?僕の知人でマラソンで2時間30分台の記録を持ち、トライアスロンで優勝歴もあるが不整脈を理由に競技を断念したランナーがいる。

戦前の五輪で活躍した金栗四三さん、村杜構平さん、孫基禎さんといった人たちは長寿だったのに、戦後活躍した、広島庫夫さんや貞永信義さんといった人たちは、人生80年と呼ばれる現在、70歳前後で亡くなられたのは、「早過ぎた死」ではないかと思えてしまう。

一昨日、往年の鉄腕投手の訃報を聞いたが、脳梗塞から懸命のリハリビで体調を回復させたミスタープロ野球氏の同世代のライバル選手たちがこの数年で次々と鬼籍に入っていくのも胸が痛む。
あるいは、若い時のハードなトレーニング、科学的根拠のない、ただ、身体を痛めつけるだけのトレーニングの後遺症、というのでなければよいが。引退した力士に短命の人が多いのも、新弟子時代に激しく「かわいがり」を受けたせいか?

若い頃に比べて、血圧が高くなってきた僕も気をつけたい。
「マラソンを走るのに必要なものは、愛と勇気と練習量」
と語ったのは、マラソン好きとしても知られた、元タレントの上岡龍太郎氏だが、ここでいう「勇気」とは、「体調の悪い時はレース出場を断念する勇気」のことなのである。
マラソンのゴール直後に死の国に旅立つことに憧れた事は1度もない。





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