「ゆっくり走れば速くなる」 佐々木功著 ランナーズ・ブックス 1984年
「市民ランナーのバイブル」とも呼ばれる、マラソン・トレーニング本のロング・セラーである。すっかりメタボ体型になった僕だが、涼しくなってきたところで、初心者に戻ったつもりでトレーニングを再開しようと本書を本棚から探し出し、読み始めた。
いきなり、「なにが大切か」と題された前書きに驚いた。
「万全なる準備が必要、しかしもっと大切なのはやり過ぎぬこと!!」
「かぎられた日数内で、万全の準備を考えることは、ともすれば、盛り沢山のトレーニング・メニューの消化を自らに強制しかねない。それは、『悔いなくやるだけのことはやった』と胸をはれる精神的、自己満足の支えにはなろうが、身体の体勢を整えられる、より効果的な手段、方法であるとは言い切れない。」
本書が刊行されたのは、ロス五輪の年の9月で、これはロス五輪のマラソンを筆者が「テレビで見た率直な印象」なのだが、北京五輪のマラソン代表にもそのまま当てはまることではないか!
16年前の春、ジョギングを始めた時のことを思い出す。下駄箱の奥から埃まみれの運動靴を引っ張り出して、外に駆け出した。その時、どんなペースで走っていたか。たぶん、
「ゼーゼー、ヒーヒー」
と息を切らせながら走っていたと思う。つらくても、マラソンとはつらいのが当たり前と思って我慢しながら。
そんな走り方でも、半年後には5kmの大会に出て走っていた。しかし、その後、ぎっくり腰になったり、左膝を痛めたりした。
そんな時期に、トレーニングの知識を知りたくて買った、ランニング情報誌で僕はLSDを初めて知った。もちろん、これは幻覚剤のことでも、ジョン・レノンがビートルズ時代に作った名曲「Lucy in The Sky with Diamonds」のことでもない。長時間、ゆっくりと距離を踏む、長距離走のトレーニング法、Long Slow Distanceの略称である。
著者は現役の競技者時代、いつも故障に苦しめられていた。足に痛みを抱えつつも、ゆっくりと長い距離を踏むだけのトレーニングで臨んだレースの時ほど、むしろ好記録を出せることに気がつき、その理由をつきとめることで、LSDの効用に気づき、それを日々のトレーニングの中心としていった。
まず、LSDによって、身体資源を開発する。
「末梢毛細血管を開発し、心肺機能をも高め、最大酸素摂取能力を高める。それは長距離に向いた体を作っていくということを意味しています。」
さらに、長い時間身体を動かすことで、皮下脂肪を燃焼させて、体重も減らしていくことで、ダイエット効果をももたらす。これを初めて知った時はまさに目からうろこが落ちた。マラソンをしているということで、
「しんどくないですか?」
と聞かれるのだが、
「しんどいと思わないペースで走ればいいのですから、楽ですよ。」
と答えるようになった。
それにしても、このタイトルは実に素晴らしいと思う。だいたい、ベストセラーになるような本というのは、タイトルが実に秀逸で、流行語大賞に選ばれたりするものだが、「速く走れるようになるためには、ゆっくり走るトレーニングが最も重要」という、本書の主要なテーマをわずか11文字で表わしている。
さらにLSDには、疲労回復、フォームの修正、持久的能力の開発などのさまざまな効果が期待できる。ただし、決して即効性のあるトレーニングではない。結果を早急に求められるような環境では不向きである。そのために著者は東洋大学の長距離監督を止め、'80年に新設された新日本電気(本書刊行時には、日本電気ホームエレクトロニクスと改称)の陸上部監督に就任した。結果が表われたのは3年後のびわ湖マラソン、須永宏、阿部文明、松本正と3人のランナーが8位以内に入賞した。翌年もこの3人は同大会に入賞。彼らのびわ湖まで3ヶ月のトレーニング・メニューが記されていたのだが、彼らが花開いたのはむしろその後。阿部はびわ湖に2回優勝し、'87年の世界選手権マラソン代表に選ばれたし、翌年のソウル五輪には、紅一点の浅井えり子がマラソン代表に選ばれた。後にがんで死去する著者と入籍し、その最期を看取った彼女が本書では、ストレッチや補強運動のモデルとなっている。
マラソンを走りたいと思うなら、まず、何をすべきか。トレーニングを行う?
いや、違う。トレーニングが出来る身体、トレーニングの効果を受け容れることの出来る器を作ることなのだ。そのために最も有効なトレーニングがLSDなのである。
(余談だが、僕は例の24時間、タレントが走るチャリティ・イベントを全く見る気がしない。「走れる身体」を作り上げてもいない人間(必ず、膝にテーピングをしている。)を炎天下に走らせることがどうして「感動」につながるのか、わからない。)
本書は著者の佐々木氏が語ったものを、報知新聞の陸上競技担当記者出身のスポーツライター、石井信氏がまとめたものだが、石井氏が実にいい仕事をしている。話し言葉で書かれているので、佐々木氏から直接、指導を受けているような気分で読めるのがいい。特に「疲労回復」についての記述が印象的だ。初心者の頃は、「疲労」と「筋肉痛」を混同していたのだが、体内にたまった疲労をLSDによって汗と一緒に体外に押し流す、という表現で「疲労」というのが、身体の奥にたまった、どす黒い液体のごときものとイメージすることができる。
3万人が定員の東京マラソンに20万人以上の申し込みが集まるほどのマラソン・ブームの中、書店に行けば、これまで以上にマラソン・トレーニングの本が多く刊行されている。版も大きく、カラー写真や図版も多く、DVDが付録でつけられている物まである。
しかし、マラソン・シューズをはく者なら、これは一度は読んでおく本だと思う。僕が持っているのは'95年に刊行された第十八版。浅井えり子による続篇も刊行されている。
この本について書こうとすると、僕自身が行ってきたマラソン・トレーニングについても、書きたくなってきた。まがりなりにも、16年で24回フルマラソンを完走してきた。かつては3時間を切ることを目指していた時期もあった。本書によれば、
「単に健康のために走るという世界から一歩抜け出した」レベルでやっていた。
その頃のレベルには再び戻れないかもしれない。しかし、これからマラソンを走ろうと思って、トレーニング等の情報を得ようと思ってサイトを検索して、ここにたどりついたという方々に少しでも役に立つような話を次回以降、少しずつでも書いていこうかと思っているところである。
皆様、お楽しみに。
(文中敬称略)
「市民ランナーのバイブル」とも呼ばれる、マラソン・トレーニング本のロング・セラーである。すっかりメタボ体型になった僕だが、涼しくなってきたところで、初心者に戻ったつもりでトレーニングを再開しようと本書を本棚から探し出し、読み始めた。
いきなり、「なにが大切か」と題された前書きに驚いた。
「万全なる準備が必要、しかしもっと大切なのはやり過ぎぬこと!!」
「かぎられた日数内で、万全の準備を考えることは、ともすれば、盛り沢山のトレーニング・メニューの消化を自らに強制しかねない。それは、『悔いなくやるだけのことはやった』と胸をはれる精神的、自己満足の支えにはなろうが、身体の体勢を整えられる、より効果的な手段、方法であるとは言い切れない。」
本書が刊行されたのは、ロス五輪の年の9月で、これはロス五輪のマラソンを筆者が「テレビで見た率直な印象」なのだが、北京五輪のマラソン代表にもそのまま当てはまることではないか!
16年前の春、ジョギングを始めた時のことを思い出す。下駄箱の奥から埃まみれの運動靴を引っ張り出して、外に駆け出した。その時、どんなペースで走っていたか。たぶん、
「ゼーゼー、ヒーヒー」
と息を切らせながら走っていたと思う。つらくても、マラソンとはつらいのが当たり前と思って我慢しながら。
そんな走り方でも、半年後には5kmの大会に出て走っていた。しかし、その後、ぎっくり腰になったり、左膝を痛めたりした。
そんな時期に、トレーニングの知識を知りたくて買った、ランニング情報誌で僕はLSDを初めて知った。もちろん、これは幻覚剤のことでも、ジョン・レノンがビートルズ時代に作った名曲「Lucy in The Sky with Diamonds」のことでもない。長時間、ゆっくりと距離を踏む、長距離走のトレーニング法、Long Slow Distanceの略称である。
著者は現役の競技者時代、いつも故障に苦しめられていた。足に痛みを抱えつつも、ゆっくりと長い距離を踏むだけのトレーニングで臨んだレースの時ほど、むしろ好記録を出せることに気がつき、その理由をつきとめることで、LSDの効用に気づき、それを日々のトレーニングの中心としていった。
まず、LSDによって、身体資源を開発する。
「末梢毛細血管を開発し、心肺機能をも高め、最大酸素摂取能力を高める。それは長距離に向いた体を作っていくということを意味しています。」
さらに、長い時間身体を動かすことで、皮下脂肪を燃焼させて、体重も減らしていくことで、ダイエット効果をももたらす。これを初めて知った時はまさに目からうろこが落ちた。マラソンをしているということで、
「しんどくないですか?」
と聞かれるのだが、
「しんどいと思わないペースで走ればいいのですから、楽ですよ。」
と答えるようになった。
それにしても、このタイトルは実に素晴らしいと思う。だいたい、ベストセラーになるような本というのは、タイトルが実に秀逸で、流行語大賞に選ばれたりするものだが、「速く走れるようになるためには、ゆっくり走るトレーニングが最も重要」という、本書の主要なテーマをわずか11文字で表わしている。
さらにLSDには、疲労回復、フォームの修正、持久的能力の開発などのさまざまな効果が期待できる。ただし、決して即効性のあるトレーニングではない。結果を早急に求められるような環境では不向きである。そのために著者は東洋大学の長距離監督を止め、'80年に新設された新日本電気(本書刊行時には、日本電気ホームエレクトロニクスと改称)の陸上部監督に就任した。結果が表われたのは3年後のびわ湖マラソン、須永宏、阿部文明、松本正と3人のランナーが8位以内に入賞した。翌年もこの3人は同大会に入賞。彼らのびわ湖まで3ヶ月のトレーニング・メニューが記されていたのだが、彼らが花開いたのはむしろその後。阿部はびわ湖に2回優勝し、'87年の世界選手権マラソン代表に選ばれたし、翌年のソウル五輪には、紅一点の浅井えり子がマラソン代表に選ばれた。後にがんで死去する著者と入籍し、その最期を看取った彼女が本書では、ストレッチや補強運動のモデルとなっている。
マラソンを走りたいと思うなら、まず、何をすべきか。トレーニングを行う?
いや、違う。トレーニングが出来る身体、トレーニングの効果を受け容れることの出来る器を作ることなのだ。そのために最も有効なトレーニングがLSDなのである。
(余談だが、僕は例の24時間、タレントが走るチャリティ・イベントを全く見る気がしない。「走れる身体」を作り上げてもいない人間(必ず、膝にテーピングをしている。)を炎天下に走らせることがどうして「感動」につながるのか、わからない。)
本書は著者の佐々木氏が語ったものを、報知新聞の陸上競技担当記者出身のスポーツライター、石井信氏がまとめたものだが、石井氏が実にいい仕事をしている。話し言葉で書かれているので、佐々木氏から直接、指導を受けているような気分で読めるのがいい。特に「疲労回復」についての記述が印象的だ。初心者の頃は、「疲労」と「筋肉痛」を混同していたのだが、体内にたまった疲労をLSDによって汗と一緒に体外に押し流す、という表現で「疲労」というのが、身体の奥にたまった、どす黒い液体のごときものとイメージすることができる。
3万人が定員の東京マラソンに20万人以上の申し込みが集まるほどのマラソン・ブームの中、書店に行けば、これまで以上にマラソン・トレーニングの本が多く刊行されている。版も大きく、カラー写真や図版も多く、DVDが付録でつけられている物まである。
しかし、マラソン・シューズをはく者なら、これは一度は読んでおく本だと思う。僕が持っているのは'95年に刊行された第十八版。浅井えり子による続篇も刊行されている。
この本について書こうとすると、僕自身が行ってきたマラソン・トレーニングについても、書きたくなってきた。まがりなりにも、16年で24回フルマラソンを完走してきた。かつては3時間を切ることを目指していた時期もあった。本書によれば、
「単に健康のために走るという世界から一歩抜け出した」レベルでやっていた。
その頃のレベルには再び戻れないかもしれない。しかし、これからマラソンを走ろうと思って、トレーニング等の情報を得ようと思ってサイトを検索して、ここにたどりついたという方々に少しでも役に立つような話を次回以降、少しずつでも書いていこうかと思っているところである。
皆様、お楽しみに。
(文中敬称略)
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