goo blog サービス終了のお知らせ 

KANCHAN'S AID STATION 4~感情的マラソン論

マラソンを愛する皆様、こんにちは。
2022年は積極的に更新していく心算です。

2006北海道マラソン雑感

2006年09月18日 | マラソン観戦記
スタート前から「荒れ模様」だった。優勝の有力候補だった、原裕美子に早川英里(前回、英理と書きましたが、間違いです。)らが欠場を表明し、3連勝の期待がかかった千葉真子は事実上の「引退」を表明、ということで、勝負の行方はどうなることかと思われた。

スタート時に気温は30℃を越えていた。過去最高というが、確か、12年前もかなり高温下のレースだった。ご記憶だろうか?エリック・ワイナイナが初マラソンで初優勝した年である。

記者会見で千葉ちゃんが
「頑張るマラソンはこれで最後」
と、表明したことにはファンから驚きの声が上がった。思えば、テレビ番組の情報誌等でこの大会を告知する記事のほとんどが、
「千葉の3連勝なるか?」
という点を見どころとしていた。今にして思えば、それが心の負担になっていたのではあるまいか?もし、彼女が何も告げずにレースに出ていて、今回のように女子のトップについて行けぬレースをしていたら、中継アナは
「どうした?千葉!」
と声を荒げていただろう。

テレビ中継は3つの流れを捉えていた。男子のトップ争い、女子のトップ争い、そして、千葉の走り。

展望でイチオシした、吉田香織が序盤からトップに立ち、そのまま独走優勝してみせた。今回、沖電気の山田幸代、旭化成の下川智子に山口彰子も初マラソンだったが彼女たちは自チームのコーチをペース・メイカーとして走っていたが、吉田は一般参加の男子ランナーたち(おなじみの“のり子大好き”さんや、過去に愛媛マラソンに入賞歴のあるベテラン・ランナーら)をうまく使い、終盤は彼らをも引き離してゴールした。初マラソンとは思えぬ走りと思えた。ゴール後、関係者にお礼を言い、監督にしがみつき、屈託のない笑顔を浮べながらネイル・アートを施した爪をカメラマンに見せる姿に、魅せられた方も少なくなかったのではあるまいか?
2位に6分もの差をつけての勝利は立派なデビュー戦である。

思えば、彼女が所属する資生堂ランニングクラブというチームは、同社の美容部員だった、「女子マラソンの母」とも呼ばれる松田千枝さんの競技生活を支援する事から始まり、松田さんに憧れて転職してきたリース会社勤務のOL、谷川真理さんらを迎え入れるなどして成り立ってきたチームで、実業団女子駅伝での優勝を目標に立ち上がったチームとは一味違っていた。

今回のテレビ中継の解説も務めていた金哲彦さんと早稲田大競走部で同期だった川越学さんが監督に就任以後は、駅伝の強化に方針を変えたが、全実女子駅伝の上位を維持するにつけ、マラソンでも実績が上がっている。今年に入ってからも嶋原清子がアジア大会代表になるは、弘山の名古屋女子でのマラソン初優勝と、マラソンに関しては、今一番勢いがありそうだ。

アジア大会も含めて、今後の代表選考レースが楽しみになった。来年の世界選手権の代表の半数が、それこそ土佐礼子以外は全て資生堂から選ばれる可能性もなくはない。
(もう、東京で土佐が優勝すると思っているのかよ。)

今回の参加者で、最も「世界選手権代表」への意欲を持っていたと言われる、堀江知佳は30kmでリタイア。テレビではよくわからなかったが、レースに出場していた知人によると30km過ぎてからの向かい風が、暑さで疲弊した身体にはかなりきつく感じられたのだという。

その知人、ママさんランナーとしておなじみの星野芳美さんが4位に入賞。彼女によると、
「風の影響で終盤にペースダウンしたランナーが多くて4位にまで上がった。本当に運が良かった。」
とのことである。
「運も実力のうちですよ。」
と言われるが、苛酷な条件のレースでは、やはり経験がモノを言うのだろう。余談だが、彼女は秋篠宮妃と同い年である。
5位には、過去2回の優勝歴を持つ田中千洋さんが入った。2人目のお子さんの産休明け初マラソンだった。

男子のレースは見応えがあった。暑さを警戒してか、スローペースになった集団から抜け出したのが大塚製薬の岩佐敏弘。以後、コース・レコードを破るペースで独走。トラックではアジア大会代表になるなど、実績十分だがマラソンではいまだに2時間10分17秒を越えられないままだ。

壁を破るための果敢なチャレンジか、無謀な暴走か?結果的には30kmで失速して集団に追いつかれてしまったが、思えば12年前にこのようなレースをして見せたのが、川嶋伸次さんだった。その時の川嶋さんはリタイアに終わったが、その6年後で初めて五輪出場、と遅咲きの花を咲かせた。岩佐にとって、この失敗が以後のレースにつながることを祈りたい。

展望にて、トヨタ九州のランナーたちが、かつての旭化成のようにチーム同士で激しい競り合いを見せてくれればと期待したが、本家の旭化成が見せてくれた。前年優勝の渡邊共則以外の旭化成出場者を把握していなかったせいなのだが、30km過ぎてからは渡邊と、旭化成の後輩、久保田満、大塚製薬の片岡祐介と3人の勝負となった。先に述べたように、暑さに向かい風が加わる条件の中、渡邊が「旨み」を見せた。片岡を先頭で走らせてスタミナを温存し、片岡の脱落の後、中島公園でのスパートでマラソン2回目の後輩を退けた。
(それにしても、相変わらずレース終盤のカメラの切り替えがヘタだ。なんで意味も無くテレビ搭からの画面に切り替わるのだ。いつ、スパートをかけるか分からない時は、ランナーの表情を捉えるものだぞ。)

渡邊と千葉ちゃんは立命館宇治高の同期生。
「千葉に代わって、北海道の渡邊と言われるように。」
とは表彰式でのコメントだが、おいおい、欲が無いのか?来年は大阪、再来年は北京だろ(笑)。北海道マラソンは他の国内メジャー大会に比べると気候条件的に「特殊」な大会ゆえに、上位入賞者もスペシャリストになりがちだ。過去にも比嘉正樹さんに佐々勤さんなど、
「北海道では好成績」
というランナーがいた。吉田も久保田も片岡も、次のマラソンを早く見てみたいと思わせた。

今回の北海道マラソン、元世界選手権代表の市河麻由美さんにユニバ-シアード金メダリストの草萱昌子さんも出場し、3時間を切ってゴールしていた。そして、8月6日の冨士登山駅伝で、山頂を折り返す区間を走っていた、あのスピード・ランナー、早田俊幸さんも出場していた。(終盤は、星野さんのペースメイカーを買って出たという。)
千葉ちゃんもまた、このような形でロードに戻ってくるだろう。

吉田に片岡、「展望」でイチオシしたランナーが好結果を出したのは、うれしい。自分で自分をほめようと思う。

※お詫び
前回の「展望」で'90年の大会に来た元世界記録保持者のスティーブ・ジョーンズを3位と書きましたが、正しくは2位でした。お詫びして訂正いたします。




コメントを投稿